JSTトッププレス一覧 > 科学技術振興機構報 第671号
科学技術振興機構報 第671号

平成21年9月25日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

光照射による不整脈治療装置の開発を推進するベンチャー企業設立
(JST大学発ベンチャー創出推進の研究開発成果を事業展開)

 JST(理事長 北澤 宏一)は産学連携事業の一環として、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進しています。
 この度、平成19年度より慶應義塾大学に委託していた研究開発課題「早期Photodynamic Therapyによる経カテーテル的心房細動治療器」(開発代表者:荒井 恒憲 慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 教授、起業家:二見 精彦)において、心筋組織に対する新しい光照射による治療法「光線力学的治療(PDT)」注1)、の技術を開発しました。また、大型動物(豚)を用いた治療効果の検証に成功しました。この成果をもとに、平成21年8月24日、メンバーらが出資して「株式会社 アライ・メッドフォトン研究所」を設立しました。
 脈が速くなる症状を引き起こす心房細動注2)は、不整脈の症状の中で一番多く発症するもので、日本での患者数が125万人以上と推定され、高齢になると発症確率が急増します。心房細動が悪化すると、左心房内に血栓が発生し末梢血管を閉塞することで、脳梗塞に発展する危険性もあります。治療法は薬物療法が主流ですが、重篤な発作性の症例にはカテーテル注3)を使って心筋の運動を止める「カテーテル下高周波焼灼術注4)」が行われます。しかし、治療原理が熱による組織凝固であるため副作用があることや、治療に熟練を要することが普及の妨げとなっています。
 今回の技術は、光増感剤を体内に投与し、この光増感剤にレーザーを照射して治療を行うものです。これは、従来がんの治療で行われている光増感剤を用いたPDTを心臓の心房細動の治療に応用するもので、熱の発生がなく、副作用の少ない治療が実現します。本技術開発は慶應義塾大学 医学部との共同研究で進めています。現在までに治療器の主要な構成要素である操作性の高い光カテーテルと大出力の赤色レーザー装置を試作し、それを用いたヒトの実際の不整脈治療と同じ運用条件下での大型動物(豚)の心筋の電気伝導遮断に成功しています。
 本治療器が実用化すれば心房細動治療の普及が促進され、高齢者のQOLを高めるとともに国民医療費を低減することが期待されます。「株式会社 アライ・メッドフォトン研究所」は今後、これらの成果を臨床研究さらには臨床治験に発展させ、同治療器の実用化を目指します。
 今回の「株式会社 アライ・メッドフォトン研究所」設立により、プレベンチャー企業および大学発ベンチャー創出推進によって設立したベンチャー企業数は99社となりました。


 今回の企業の設立は、以下の事業の研究開発成果によるものです。
  独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進

研究開発課題 「早期Photodynamic Therapyによる経カテーテル的心房細動治療器」
開発代表者 荒井 恒憲(慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 教授)
起業家 二見 精彦
研究開発期間 平成19年度〜21年度

 独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進では、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業および事業展開に必要な研究開発を推進することにより、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャーが創出され、これを通じて大学などの研究成果の社会・経済への還元を推進することを目的としています。


<開発の背景>

 不整脈の一種である心房細動は、日本での患者数が125万人(出典:日本内科学会雑誌Vol.95, Mar.2006)と多い上に、脳梗塞などの重篤な血栓塞栓症の引き金となります。心房細動の起源は諸説ありましたが、2000年ごろから肺静脈基部に発生する異常興奮が主因であるという説が支持されてきています。
 現在の心房細動に対する治療法は薬物療法が主流ですが、重篤な発作性の症例にはカテーテルを用いた電気的隔離術(カテーテル下高周波焼灼術)が積極的に行われています。カテーテルからの熱作用により心筋を壊死させて、異常興奮の生じた肺静脈病変と左心房間の電気伝導を遮断する方法です。しかし、この手法では機材の改良が進められているものの、熱による副作用が大きく、治療法としての完成度は十分ではありません。
 一方、PDTとは、体内細胞に取り込まれたPDT薬剤にレーザーを照射することにより、活性酸素である酸化力の強い一重項酸素を発生させて治療を行う方法です。PDT薬剤は腫瘍選択性が高く、またそれ自体には毒性はほとんどないため、治療部位に光を照射した場合のみがん細胞を攻撃できる選択的ながん治療法であるところが特長です。また、この治療法の別の特長として非熱的な治療機構であり、光照射を調整することにより治療深度の制御が容易である点があります(図1)。さらに、近年になって、PDT薬剤の静脈注射投与から光照射までの時間を短くしたPDTも行われるようになりました(早期PDT注5))。
 新会社はPDTの特長である非熱性を用いて、開発代表者が有するレーザー関連技術を早期PDTによる電気的隔離術に応用し、心房細動の新たな低侵襲治療法を確立することを目指しています(図2)。

<研究開発の内容>

 本研究開発では、PDT薬剤として現在早期肺がん治療に用いられているタラポルフィンナトリウム(明治製菓株式会社)を採用しました。この薬剤は体から排泄される速度が速いことが特長です。さらに、本研究開発では早期PDT(薬剤の投与直後から治療を開始)を行うことで、薬剤投与量を低減し、PDTの最大の副作用である遮光期間(術後の光過敏症を防ぐための期間)を数日以下にできる可能性があります。
 一方、治療機器としては、高周波焼灼術に用いるカテーテルと同じ操作ができる光カテーテルと、高出力赤色半導体レーザー光源(ソニー株式会社と共同開発)を内蔵した治療照射の制御装置を有する専用医療用レーザー装置とを開発しています(図3)。これまでのところ、大型動物での運用試験ができる光カテーテルと医療用レーザー装置との試作が可能なレベルまで開発が進んでおり、今後さらに完成度を高めるとともに、安全確実な運用方法(照射パラメータ、運用手技)を開発していきます。

<今後の事業展開>

 本大学発ベンチャーはJST事業終了後も、起業母体となった慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 荒井 恒憲研究室、および医学部循環器内科との共同研究により機器開発を継続し、平成22年度末には臨床研究に着手する予定です。本治療器での臨床研究期間は2〜3年を予定しており、その後に臨床治験を開始します。本治療器は薬剤と医療機器の組み合わせから成り立っており、薬剤(タラポルフィンナトリウム)の適用拡大治験および、不整脈治療装置の治験の2つの治験を同時並行的に実施します。併せて本治療器の工学的・医学的な基盤をより強いものとするとともに、薬剤メーカー、レーザー装置メーカー、カテーテルメーカー、医療機器メーカーと協力し、臨床研究用機器の開発、さらには最終的な臨床治験用機器の開発および治験デザインを行います。

<添付図>

図1

図1 PDTによる電気伝導ブロックの特徴と現行法との比較


図2

図2 PDTによる心房細動治療の運用方法(予想図)


図3

図3 試作装置

左:操作性のある光カテーテル
右:大出力PDT用赤色半導体レーザー装置と光カテーテル


<用語説明>

注1)光線力学的治療(PDT:Photodynamic Therapy)
 光増感剤を赤色光で励起することにより、生体内の溶存酸素を活性酸素である酸化力の強い一重項酸素に変え、がんの治療などを行う治療方法です。光増感剤の腫瘍集積性を活かして、選択的がん治療として従来使われてきましたが、今回の治療ではその集積性は用いず、現状の不整脈治療(RF ablation)の問題点である熱による副作用を抜本的に改善するための、非熱的な治療法として利用しています。

注2)心房細動
 代表的な頻脈性(脈が速くなる)不整脈のことです。肺から新鮮な血液が心臓に流れ込む肺静脈の心臓(左心房)との接合部付近に、電気パルスを発生する細胞が出現し、この電気パルスの刺激によって左心房が細かく振動・収縮します。普通は右心房上部の洞房結節から出た電気パルスで心房および心室は順次一斉に収縮しますが、この状態では左心房はその心臓の動きとは関係なく細かく動きます。その様な動きでは左心房内の血液が十分に入れ替わることができず、特に左心耳と呼ばれる部分(左心房の一部で、原始心房とも呼ばれます)の血液が滑らかに動かないことにより血栓が生じ、小さい血栓の塊(栓子と呼びます)が血液循環で末梢組織に運ばれ、脳で詰まった場合脳梗塞を生じます。
 治療は、薬によるものと、薬を使わないものに分かれます。前者では主に血栓の形成を抑制する薬が使われます。後者では、上記の異常な電気パルスが心臓(心筋)を伝わらないように遮断する部分を作成する電気伝導遮断、および発作を一時的に止める除細動(電気ショック)からなります。本治療器は電気伝導遮断の新しい方法です。

注3)カテーテル
 血管に挿入する管状の治療器の総称です。圧力測定、採血、電位測定などの診断用のものから、不整脈治療や動脈硬化の治療に用いられる治療用のものまで、多くの種類が存在します。滅菌上の観点から使い捨て使用を行います。カテーテルを通して行う治療を「カテーテル下」、あるいは「経カテーテル的な治療」と呼び、外科的な傷のほとんど無い、体にやさしい血管・心臓の治療を行うことができます。

注4)カテーテル下高周波焼灼術(Radio-Frequency Catheter Ablation、またはRFアブレーション)
 足の付け根にある大腿静脈から管状の治療器(カテーテル)を心房内に静脈血管の中を通して、先端から高周波電流を通電し、心筋を熱することでたんぱく質を熱的に凝固させて心筋細胞の電気伝導を停止させる、不整脈の効果的な治療法です。電気メスを血管内、心臓内で運用できる様にした装置とも言えます。
 欠点としては心筋の大きな温度上昇による肺静脈の狭窄、心筋の穿孔などの重篤な副作用が生じることのほか、近くに存在する食道の熱障害による狭窄、横隔膜神経の麻痺など中程度の副作用が頻繁に生じることが挙げられます。最近は先端を冷却するタイプもありますが、心筋が60〜70℃になることに変わりはなく、本質的な改善に至っていません。

注5)早期PDT
 従来のがん治療法であるPDTでは、薬剤の腫瘍集積性(排泄性の差違により、腫瘍細胞・組織に薬剤を高濃度で分布させるタイミングを見いだせること)を使用していました。しかし、薬剤投与から長時間(8〜48時間)待ってから治療を行うため、薬剤投与量を大きくする必要がありました。結果として、わずかながら皮膚に光感受性物質が残留するため、治療後2週間から1ヵ月の遮光期間が必要となり、入院期間の延長や環境光制限による患者の不便が問題となっています。これに対して、薬剤投与直後に光照射を行う早期PDTでは、薬剤投与量を減らし、遮光期間を数日程度に抑制できる可能性があります。

<本件お問い合わせ先>

株式会社アライ・メッドフォトン研究所
〒223-0061 神奈川県横浜市港北区日吉4-14-31 DAIMONKAN 208号室
Tel:045-534-7778 ※不在の場合は下記にご連絡ください。

[技術的内容に関するもの]
荒井 恒憲(アライ ツネノリ)
 Tel:045-566-1428 Fax:045-566-1587
 E-mail:
[マネージメントに関するもの]
二見 精彦(フタミ ヤスヒコ)
 E-mail:

独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 戦略的イノベーション推進部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
担当:下田 修(シモダ オサム)、浅野 保(アサノ タモツ)
Tel:03-5214-0016 Fax:03-5214-0017