JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第670号資料2 > 研究領域:「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」
資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(CREST)
新規採択研究代表者および研究課題概要

戦略目標:「社会的ニーズの高い課題の解決へ向けた数学/数理科学研究によるブレークスルーの探索(幅広い科学技術の研究分野との協働を軸として)」
研究領域:「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」
研究総括:西浦 廉政(北海道大学 電子科学研究所 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
大石 進一 早稲田大学 理工学術院基幹理工学部 教授 非線形系の精度保証付き数値計算法の基盤とエラーフリーな計算工学アルゴリズムの探求 計算機によって数学的に正しい数値計算結果を得るための精度保証付き数値計算学を計算工学の分野へ導入し、それらの諸問題を誤りなく、しかも現実的な計算時間で解けるようにすることが本研究課題の目標です。計算工学に現れる有限次元非線形系に対する精度保証付き数値計算のブレークスルーによって、人が安心して利用できる誤らない計算工学アルゴリズムを設計可能とし、理工学・産業の諸分野に絶大な波及効果をもたらします。
國府 寛司 京都大学 大学院理学研究科 教授 ダイナミクス全構造計算法の発展による脳神経-身体リズム機構の解明と制御 本研究は、ヒトや動物が動的に変動する環境に適応して活動する基礎となる脳神経系と身体系のリズム制御機構を理解するために、ダイナミクス全構造計算法などの数理的方法を用いて神経系の数理モデルのアトラクタの多様性や引き込み領域を解析することで高度な機能発現のメカニズムを解明し、数理的解析と実機モデルでの実験を通して、リズム調整や歩容遷移などの歩行制御機構の研究から工学的な技術や応用につなげることを目指します。
コハツ・ヒガ アルツーロ 大阪大学 大学院基礎工学研究科 准教授 複雑な金融商品の数学的構造と無限次元解析 複雑に設計された金融デリバティブは仕組商品と呼ばれ、近年盛んに取引されているものの、その未熟な取り扱いが最近の金融危機の一因となったと指摘されています。仕組商品の価格付け・リスク管理のための構造解析は、数学的には高次元または無限次元の問題として扱い、効率的な有限次元射影理論を構築することで、次元縮約のアプローチにより、価格付け・キャリブレーション・ヘッジ・リスク管理のための、金融実務的に実装可能なスキームを与えます。
柴田 良弘 早稲田大学 理工学術院基幹理工学部 教授 現代数学解析による流体工学の未解決問題への挑戦 本研究では、現代数学解析を専門とする数学者と第一線の流体力学者との協働により、流体工学の未解決問題に対して厳密な定式化と解の挙動の解析手法を開発し、それを社会的に重要な課題に適用し精密な実験により検証することによってその有効性を実証します。本研究は過去には緊密な関係にあった数学解析と流体力学を現代のレベルで再び結びつけるもので、恒常的な人類の文化になる種を両者の協働で探求するものです。
鈴木 貴 大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授 数理医学が拓く腫瘍形成原理解明と医療技術革新 数理モデルを用いてがん病態生理発生メカニズムを解明するとともに逆問題研究と連動したがん診断技術を開発します。 計算機と数学理論を用い、 基礎医学実験に基づいたモデリング技法を確立することで、 特に初期浸潤過程において細胞内生化学反応がサブセルの変形をもたらす仕組みを明らかにします。応用として、病態生理の予測、 最適治療法選択・新薬開発ツールの提供、 新しい動作原理による自動細胞診断を実用化します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:西浦 廉政(北海道大学 電子科学研究所 教授)

本研究領域は、数学研究者が社会的ニーズの高い課題の解決を目指して、諸分野の研究者と協働し、ブレークスルーの探索を行う研究を対象とするものです。

数学は全科学を推進してゆく最も大きな駆動力であると同時に、多くの国民に理解され、身近なものとして歩んでゆかなくてはなりません。そのためにこれまで以上に諸分野とつながる開かれた重要な知として大きな期待が寄せられています。とりわけ「孤立した知からつながる知」を切り開く先駆的研究は次世代の数学を形成するひとつの契機となると考えられます。そのために諸分野の研究対象である自然現象や社会現象に対し、数学的手法を応用するだけではなく、それらの数学的研究を通じて新しい数学的概念・方法論の提案を行うなど、数学と諸分野との双方向的研究を重視する研究が対象となります。

平成21年度のCRESTの数学領域では上のような姿勢を保持しながら、人類が抱える多くの困難かつ複雑な諸問題の解決を目指す研究を積極的に取り上げることにしました。金融・経済問題ひとつを取りあげても、これまでの単純な原因―結果図式で理解することは困難です。数学的方法論は多少時間がかかろうとも、そのような問題に対し、最終的に合意形成に至る道筋をつけることができるほぼ唯一の基礎学問と考えられます。この本研究領域の基本的な考えを応募者に伝えるため、これまで日本数学会総合分科会における説明会の開催およびホームページにおいても情報を公開しました。その結果、数学のみならず、他分野を専攻とする研究者からの提案も含め合計30件の応募があり、10名の領域アドバイザーとともに書類選考を行い、12件の面接課題を選び、最終的に5件の提案を採択しました。選考に当たっては、研究提案が数学と諸分野との連携を格段に進めるものであること、研究代表者がリーダーシップを十分に発揮し、期間内に一定の成果が十分期待できるもの、生み出される成果が並置的でなく、提案全体として強いメッセージをもつものを重視しました。結果としてほぼ6倍の難関となり、採択されなかった提案においても優れたものが多くありましたが、本研究領域の趣旨および上記の観点から本年度は不採択とせざるを得ませんでした。当該領域の目指す研究は非常に幅広く、「数学でつながる知」の趣旨をご理解され、今後一層の優れた提案を期待いたします。