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資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)
新規採択研究者および研究課題概要

戦略目標:「最先端レーザー等の新しい光を用いた物質材料科学、生命科学など先端科学のイノベーションへの展開」
研究領域:「光の利用と物質材料・生命機能」
研究総括:増原 宏(奈良先端科学技術大学院大学 特任教授/台湾国立交通大学 講座教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
足立 俊輔 東京大学 物性研究所 助教 真空紫外域の低次数高調波による超高速分光 通常型 3年 これまでレーザー光の超短パルス化における空白領域であった、近紫外・真空紫外域(波長100-400ナノメートル)での超短パルス光源を、最新のレーザー技術による高調波発生により実現します。この波長領域は、多くの有機・生体分子の最外殻電子の励起に必要なエネルギーに対応していることから、物理・化学・生物などの広範な分野に対するインパクトを与えると考えます。
石坂 昌司 北海道大学 大学院理学研究院 助教 エアロゾル微小水滴のレーザー捕捉・顕微計測法の開発と展開 通常型 3年 降雨、降雪の初期過程である気相から水滴が発生するメカニズムならびに過冷却微小水滴が凍結するメカニズムを明らかにし、地球温暖化に関わる重要な物理定数を得ることを目指します。そのために気相の温度と湿度を制御可能なレーザー捕捉・顕微分光システムを構築し、雲の発生や降雨(降雪)に関わるエアロゾル水滴の物理・化学過程を光学顕微鏡下で人工的に再現するとともに、これを単一の微小水滴レベルで分光計測・解析する基盤技術を開発します。
雲林院 宏 ルーヴェンカトリック大学 理学部化学科 上級博士研究員 リモート励起ラマン分光を用いたナノ計測法の開発とその展開 通常型 3年 物質や生体のマクロな性質を理解するためにはミクロな世界で起こる化学反応を解明する必要があります。 光学顕微鏡はそれらを可視化する強力な手段ですが、その空間分解能はしばしば生体機能を解明するのに不十分です。本研究では、プラズモン光導波路を用いて、回折限界に縛られない高空間分解能を可能にし、かつ細胞内の分光をも可能にするリモート励起ラマン分光によるナノ計測法を開発することを目的としています。
岡 寿樹 大阪大学 大学院工学研究科 特任助教 量子相関光子による光化学反応制御 通常型 3年 従来の光化学反応制御法は、光を「電磁波」とした理論に基づいています。本研究では、光を量子論的に取り扱うことで初めて取り扱えるもうひとつの自由度「量子相関」を化学反応制御に積極的に利用し、光化学反応の更なる効率的制御を実現します。また量子相関が持つ「非局所性」を利用した効率的なエネルギー移動の制御法を探求し、新奇な光化学反応制御の構築を理論の立場から目指します。
小笠原 慎治 (独)理化学研究所 前田バイオ工学研究室 基礎科学特別研究員 光応答性核酸による単一細胞内での光遺伝子制御 通常型 3年 生物は、遺伝子を「いつ・どこで・どの程度」発現させるかを精密に制御し体を形成しています。特に発生初期では特定のmRNAが細胞内で局在化し、その後の細胞運命を大きく左右しています。本研究では、“光”を使い単一細胞内において任意のタイミングで、任意の期間、任意のmRNAを疑似的に局在化させ、高い時空間分解能で生命情報を取得・操作できる新手法を開発します。この技術は万能細胞の分化制御など、あらゆる生命研究の革新的基盤技術になると考えます。
奥津 哲夫 群馬大学 工学研究科 准教授 光化学反応を駆使した分子結晶成長過程の制御 通常型 3年 光を化学物質に照射すると結晶が成長する仕組みをタンパク質の結晶育成法に応用し、タンパク質の光化学反応により結晶核を生成させ、結晶成長が始まる瞬間を捉えて、質の良い結晶を作る方法を研究します。また、膜タンパク質のように水に溶けづらく結晶化が難しいタンパク質を結晶化する方法を光化学反応の利用によって可能にします。これらの研究成果はゲノム創薬の発展に貢献すると考えます。
小関 泰之 大阪大学 大学院工学研究科 助教 誘導ラマンによる高感度光学活性検出及び高分解能イメージング 通常型 3年 誘導ラマン散乱顕微法は、レーザーの量子限界に迫る低雑音性を活用し、生体を染色せずに高コントラストかつ高感度な3次元イメージングを実現する新しい手法です。本研究では、誘導ラマン散乱という光・物質間相互作用の特徴を最大限に活用し、新しいキラリティ分光手法や超解像手法へ技術的展開を図ることで、生体分子や生体組織の無染色イメージング技術の革新を目指します。
財津 慎一 九州大学 大学院 工学研究院 助教 共振器位相整合非線形光学の開拓と新光源への応用 通常型 3年 独自の発想に基づく新しい学術領域「共振器位相整合非線形光学」を切り開きます。「分散制御型高フィネス共振器」により初めて誘起される非線形・量子光学現象の観測を行います。この方式を基礎として、共振器内で励起された分子のコヒーレントな運動を変調機構とし、10テラヘルツを超える繰り返し周波数で超短光パルスを放射する全く新しい光源である「分子変調モード同期レーザー」の実現を目指します。
志賀 信泰 (独)情報通信研究機構 光・時空標準グループ 専攻研究員 原子位相ロックを用いた究極的時計レーザー安定度の追求 大挑戦型 5年 原子時計のポテンシャルを最大限に生かした究極の計測、制御法の提案と実現を目指します。従来は安定な原子の振り子の周波数に、安定化したいレーザー(マイクロ波)の周波数を合わせる手法を用い、レーザーの安定度向上が図られてきました。本研究は原子の振り子の位相にレーザーの位相を合わせることで安定度の飛躍的な改善を追究し、周波数、時間、長さ、位置、重力などの精密測定分野に新たなパラダイムを打ち立てることを追求します。
SMITH
Nicholas,
Issac
(スミス ニコラス アイザック)
大阪大学 大学院工学研究科 特任講師 In-situ laser
fabrication of nanoprobes inside living Cells for
analysis of biofunctions
(JST仮訳)
レーザーを用いた生きた細胞内での生命機能分析用プローブのその場作製
通常型 3年 The cell, which is the building block of life, is notoriously difficult to analyze. This project will use new fabrication techniques to directly engineer tools, within the cell itself, that allow greater understanding, more accurate observations, and even light-based control of the cell activities. By combining laser beam irradiation, local field enhancement of the electric field, and thermal responses of the cell, the project will create a range of applications from probe and nano-measurement techniques to photodynamic therapy.
(JST仮訳)
生命体の基本構成単位である細胞に対して、世界中の研究者が新たな情報を得るための技術開発に挑戦しています。本研究では、新しいナノ加工技術を用いて細胞内部の加工、細胞のより深い理解、細胞のより正確な観察や、さらには、細胞活性の光制御も可能にする直接的手法を開発します。さらに、光の照射、電場の局所的増強、細胞の熱応答を組み合わせ、ナノ計測技術から光線力学療法にいたる応用をめざします。
玉作 賢治 (独)理化学研究所 石川X線干渉光学研究室 専任研究員 X線非線形回折を利用した局所光学応答解析 通常型 3年 ものを見る(調べる)とき、どこまで細かく見ることが出来るかは最終的に波長が決めると信じられてきました。本研究では、X線領域の非線形光学現象を利用して、この“常識”を覆します。すなわち、ものを見る(調べる)波長から、分解能を決める波長を切り離します。これによってさまざまな応用に深く関わる長波長(低エネルギー)での光学応答を、X線のÅ空間分解能でものを見る手法の開発を目指します。
畑中 耕治 東京大学 大学院理学系研究科 准教授 微小液滴と超短光パルスの構造制御による超広帯域光変換 通常型 3年 本研究では適切な構造の液滴試料に対して、パルス幅内で周波数ならびに偏光変化を制御したフェムト秒レーザーを照射することでパルスX線とTHz光を発生させることを目指します。液滴とレーザーパルスの構造を最適化することで超短光パルスを無駄なく使い尽くし超広帯域光変換を達成します。
樋口 ゆり子 京都大学 大学院薬学研究科 特定助教 蛍光イメージングによる幹細胞挙動解析法の創成 通常型 3年 幹細胞は、筋肉、神経などへの多分化能を有するため次世代の治療システムとして期待されています。本研究では、細胞内の分子発現機構を利用し、幹細胞の接着や分化などの挙動に応答してスイッチがon/off するように設計した蛍光標識法を開発し、幹細胞が、いつ、どこで、どのように分化するかの可視化を目指します。得られた情報により、幹細胞の体内動態制御および分化制御が可能になり、新規細胞療法の開発へとつながります。
増田 真二 東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター 准教授 モジュールの組み合わせによる光機能蛋白質の創出 通常型 3年 光受容体蛋白質は、特定の色の光に応じて構造を変化させます。その構造変化は、別のタンパク質により認識され、情報が伝わり、最終的に具体的な機能をもった蛋白質の活性を調節します。この光情報伝達は、いくつかの蛋白質の部品(モジュール)の組み合わせで多様化していることがわかってきました。本研究では各モジュールの機能を組み合わせ、任意の酵素活性と遺伝子発現制御を自在に制御する技術の確立を目指します。
八ツ橋 知幸 大阪市立大学 大学院理学研究科 准教授 高強度レーザーによる超多価イオン生成と新規化学反応の開拓 通常型 3年 レーザーが創り出す強い光を用いることで、物質から瞬時に多数の電子を引き剥がして超多価状態を創り出し、大きなエネルギーを有するイオンを望みの方向に放出させることができます。これにより方向性を持った高エネルギーイオンの発生や固体中での局所的な高密度イオンの発生、液体中での高密度電子ビームの発生を達成し、有益な新規化学反応の開拓を目指します。
JUODKAZIS Saulius
(ヨードカシス サウリウス)
北海道大学 電子科学研究所 准教授 Optical vortex-on-demand:3D micro-optical element for
angular-to-orbital momentum
transfer
(JST仮訳)
オンデマンド光渦:スピン角運動量から軌道角運動量へ変換する3次元マイクロ光学素子
通常型 3年 A 3D micro optical element for in situ generation of optical vortex is proposed. A laser-trapped micrometer-sized droplet of liquid crystal with radial molecular alignment acts as a spin-to-orbital momentum convertor for the incoming light: the condenser illumination or laser trapping beam itself. Polariscopy analysis will be implemented for the quantitative measurement of polarization at the focal plane.
(JST仮訳)
液滴状態でレーザー捕捉された放射状配列液晶は、レーザー捕捉用の入射光に対し、スピン角運動量から軌道角運動量への変換素子として機能することが期待できます。これにより、局所加工と光の角運動量の付与を可能にするための、レーザー捕捉により自在に操作できる光学素子を実現します。さまざまな液晶物質を探索し、角運動量変換効率の液滴サイズ依存や分子配列依存性を調べます。さらに、偏向分析装置を開発して角運動量変換率を定量測定します。電場、磁場、温度、光などの外部要因に対する液晶分子配列の高感受性を利用し、これら外部要因による光の角運動量変換の制御、あるいは逆にこれらの外部要因の検出に対する新しい分野を開拓します。

(五十音順に掲載)

<研究総括総評> 増原 宏(奈良先端科学技術大学院大学 特任教授/台湾国立交通大学 講座教授)

本研究領域は、光との相関を新しい光源からさぐることにより、物質材料研究や生命科学研究の諸分野において、これまでにない革新技術の芽の創出を目指す研究を対象としています。具体的には、光源として高出力、超短パルス、超長波長のレーザー、放射光、極微弱光などさまざまな光を想定し、光の本質に迫る研究、光を使い尽くす研究、光でのみ可能になる合成・物性・機能の研究、光によって実現するプロセス、光が関わる細胞機能、光で解き明かされる生体機能、光でのみ制御できる生命機能、リアルな材料や生物を対象とした光計測法、イメージングなどの研究が含まれています。

本研究領域は昨年度から発足したものですが、本年も非常に多岐にわたる研究分野、20歳代から60歳代までの幅広い年齢層から計189件の応募があり、12.6倍の倍率となりました。応募者の研究機関としては大学が圧倒的ですが、23件が研究所、3件が海外の大学からの提案でした。英文による提案も6件ありましたが、いずれも日本の研究機関にお勤めの外国人の方です。なお女性の応募者は昨年と同じ11人でした。

これらの多くの研究提案に対し、12名のアドバイザーの協力を得て厳正な書類選考を実施し、特に優れた研究提案31件について面接選考を行いました。審査に当たっては、サイエンスあるいはテクノロジーとしての評価、光科学技術としてのポテンシャル、さきがけ研究としての新規性や独創性、個人研究の意味を十分検討しました。また光の利用に関する新領域の数年から10年後のリーダーを発掘したいという想いも込め、5年の大挑戦型研究を1件推薦し、3年の通常型研究を15件(うち女性1件)選考し、最終的に大挑戦型審査会の審査を経てこの16件が採択となりました。いずれも高いレベルのユニークな研究であり、チャレンジ度も高く、本研究領域の趣旨をよく理解しているものです。レーザー開発と応用が4件、レーザー捕捉応用が2件、光時計、X線、理論、結晶化がそれぞれ1件、バイオ計測が4件、バイオ制御が2件と、昨年採択した課題とあわせ、「光の利用」の研究領域をさらに広げることが出来ました。なお、審査においては課題毎に利害関係者の関与を避け、他制度の助成なども考慮して公平厳正に行いました。

さきがけとしてチャレンジしていただきたい優れた課題も多かったのですが、応募者数が多く採択できないケースが続出しました。一方、研究内容としてはきわめて高いレベルであっても、すでに学会で大きな潮流を形成している分野の場合、さきがけよりはむしろ科研費でサポートされるべきと考え不採択としました。また、長期にわたる研究計画を立てると「さきがけ色」が薄くなるようで、3年型なら採択できたと思われる申請でも、5年型としてはチャレンジ性が低くなり決心しかねたケースもあります。来年度も募集を行いますので、本領域のねらい、我々の考え方を正確に把握し、さきがけならではの新しい、挑戦的な個人研究の提案をどしどし出していただきたいと思っています。