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資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)
新規採択研究者および研究課題概要

戦略目標:「細胞リプログラミングに立脚した幹細胞作製・制御による革新的医療基盤技術の創出」
研究領域:「iPS細胞と生命機能」
研究総括:西川 伸一((独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
依馬 正次 筑波大学 大学院人間総合科学研究科 講師 Klfファミリーによる幹細胞機能制御の分子機構 通常型 5年 本研究は、繊維芽細胞のiPS細胞への初期化やES細胞の幹細胞機能に極めて重要な転写因子であるKlf5による、内部細胞塊のES化の分子機構を解明するとともに、内部細胞塊から原始外胚葉への遷移の分子機構を明らかにします。また、ヒトiPS細胞を、より未分化な細胞に変換することで、より扱いやすいヒト多能性幹細胞の開発を目標にします。
大日向 康秀 (独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 研究員 始原生殖細胞形成機構とiPS誘導機構の統一原理 大挑戦型 5年 iPS細胞は体細胞に多能性関連因子を人為的に導入することで誘導されましたが、多細胞生物は生体内において多能性細胞を体細胞から得る戦略を採りません。多能性とは生体内においては、本来的には生殖細胞系列で潜在的に維持される性質であるという概念の下、始原生殖細胞における多能性関連遺伝子の制御機構、後成ゲノム情報再編集機構を分子レベルで解析し、iPS細胞誘導過程の分子機構との統一原理の解明を目指します。
片岡 宏 (独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 研究員 iPS技術による血液、血管内皮細胞の誘導 通常型 3年 iPS細胞から効率的かつ生理的な状態に近い血液細胞を試験管内で誘導することを目標とします。新規に見出した遺伝子発現調節因子etv2をiPS細胞に導入してより生理的な血液、血管細胞の誘導が可能と考えています。etv2は血液、血管系の細胞に運命決定された最も初期の集団に一過性に発現するマーカーであり、これを指標に血管、血液の前駆細胞をiPS技術を応用して純化、大量培養し組織再生に使用可能とすることを目指します。
栗崎 晃 (独)産業技術総合研究所 器官発生工学研究ラボ 主任研究員 リプログラミングを制御するクロマチン因子の作用機序の解明 通常型 3年 現時点では体細胞からiPS細胞を作り出すには、長い培養時間を必要とし、その効率も低いことが問題となっています。本研究では、予備実験からDNAの高次構造を緩めると考えられるクロマチンリモデリング因子を利用し、iPS細胞化因子を効果的に細胞内で働かせるための地ならしができると考えられます。この方法を詳しく調べることによって、これまで分からなかったiPS細胞が作られる仕組みの一部が明らかにできると期待されます。
佐藤 伸 岡山大学 異分野融合先端研究コア 助教 細胞リプログラミングの段階的制御 通常型 3年 動物にはリプログラミングを行える能力が生来備わっています。成体の分化した細胞が発生過程で得た運命決定を遡ることで、再生に役立つ多分化能を持つ細胞を作り出します。本研究ではこのリプログラミング機構を独自に発展させた画期的なモデル系を用いて追及します。リプログラミングの本質をとらえることで、リプログラミングの簡易化・高度化に貢献します。
永松 剛 慶應義塾大学医学部 助教 生殖細胞の特性に基づく新しいリプログラミング手法の開発 通常型 3年 生殖細胞は次世代に遺伝子を繋ぐ唯一の細胞であり、受精を経て再び全能性を獲得することができます。生殖細胞はiPS細胞やES細胞などの多能性幹細胞との類似点も多くあります。これまでに生殖細胞で発現している機能因子によって体細胞を多能性幹細胞にリプログラミングし得ることを見出しました。さらに生殖細胞から得られる知見を体細胞リプログラミングにおいて検討し、メカニズムの解明やより良いリプログラミング方法の確立を目的とします。
房木 ノエミ ディナベック(株) 事業開発本部 リーダー センダイウイルスベクターを用いた安全なiPS細胞作製と分化誘導 通常型 5年 センダイウイルス(SeV)ベクターは細胞質増殖型で非染色体組込型を特長とする、純国産RNA ウイルスベクターです。SeV ベクターを用いてヒトiPS 細胞を効率よく誘導し、「染色体が無傷の」外来因子フリーなiPS 細胞取得に成功しました。この技術を更に発展させるための検討と、適応細胞種の拡大、またSeV ベクターの有用細胞分化技術への応用をはかり、iPS 細胞の再生医療応用への加速化に貢献します。
堀江 恭二 大阪大学 大学院医学系研究科 准教授 順遺伝学によるiPS細胞生成機構の解析 通常型 3年 マウス培養細胞において、多数の遺伝子を迅速に破壊する新たな技術を開発しました。本研究では、この技術を用いてiPS細胞生成過程を制御する遺伝子群を同定することを目指します。この方法は、個々の遺伝子に対する既成概念を排除した上で遺伝子探索を行えることに特徴があり、全く予想できない知見につながる可能性が高く、この特徴を生かしてiPS細胞研究に新たな局面を切り開くことを目指します。
本多 新 (独)理化学研究所 遺伝工学基盤技術室 協力研究員 ウサギを用いたiPS細胞総合(完結型)評価系の確立 通常型 3年 本研究はヒト型のES細胞を生じるウサギからiPS細胞株を樹立し、これを用いた安全性評価系の充実を目指します。ウサギから樹立したiPS細胞株を、他動物種で確立されたシステムにより分化誘導し、ヒト型疾患モデルウサギに移植した後に、その治療効果や安全性を検討します。ES細胞だけでなく、核移植由来ES細胞との比較も可能であるウサギで総合モデルシステムを構築し、iPS細胞研究を安全な医療応用へ導きます。
李 知英 東京医科歯科大学 GCOE拠点 特任助教 細胞周期操作による新規卵原幹細胞の樹立 通常型 3年 マウスの胎児期の雌生殖巣と卵巣またはiPS細胞から、卵原幹細胞の増殖能力を高めるため細胞周期を操作する新たな方法を用いて卵原幹細胞の樹立を行い、試験管内で卵原幹細胞から卵子様細胞を分化誘導し、最終的にはこれらの卵子様細胞から体外受精による子孫作製を可能にすることを目指します。これらの研究が成功すれば、卵原幹細胞と卵子様細胞の培養が可能となり、不妊治療や再生医療にその技術が応用出来ると期待されます。
渡部 徹郎 東京大学 大学院医学系研究科 准教授 リプログラミング技術を用いた遺伝性血管疾患の新規治療標的の同定 通常型 3年 遺伝性血管疾患の発症原因として、遺伝子変異という遺伝的要因と他のエピジェネティック要因の主にどちらに起因するのか不明な場合が多く、治療法開発の妨げになっています。本研究では病的状態にある血管内皮細胞からiPS細胞を作製することで、まずエピジェネティック要因を除外し、そこから得られた血管内皮細胞を解析することにより、病態発症が何に起因しているか特定し、新規治療方法の開発を目指します。

(五十音順に掲載)

<研究総括総評> 西川 伸一((独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長)

さきがけ「iPS細胞と生命機能」がスタートして1年が過ぎ、今2期生の選考が終わりました。プロジェクトの設定から公募開始までほとんど時間がなく、各自の研究とiPS研究との接点を十分詰め切れずに応募せざるを得なかった1期生と比べると、今回応募した方々には計画を練るのに十分な時間があったと思います。ただ残念なことに昨年127件もあった応募が、今回は78件と大幅に落ちてしまいました。この分野は競争の激しい分野ですから、考えているうちに逆に気後れした人が多かったのかもしれません。あるいは、さまざまなiPS関係の予算が昨年から始まっているので、すでにさきがけに応募するインセンティブが減ったのかもしれません。いずれにせよ提案されてきた計画自体は、昨年と比べると十分練られたものも多く、「こんな研究ができるのか」と審査にあたった先生方の興味を引く内容もありました。

今年は、大挑戦型という「可能性は低くても野心的な計画」を公募するという初めての試みも行いました。ふたを開けてみると応募者の半数近くが大挑戦型を望むという予想外の好評さで、さきがけに応募する諸君が新しいことにチャレンジしようという意気込みを持っていることがよく理解できました。結果、今年度は通常型10件(5年型2件、3年型8件)、そして大挑戦型1件(5年型)を採択しました。

今年の特徴として、採択されたプロジェクトの半数が特定の分子に注目した研究を提案している点を挙げることができます。生殖細胞関連の研究が3題も採択されたことも大きく異なっています。また今回初めて、哺乳動物以外を対象とする再生現象の研究も採択しました。この結果、1期生と合わせると領域内の大きな多様性を保持できると期待しています。これまで以上に、メンバー間で積極的な意見交換、共同研究が進むことを期待しています。

今回は惜しくも選ばれなかった提案も、内容自体は採択されたものと紙一重のものもありました。是非、今後も続く新しい公募に応募していただきたいと思っています。最後に、次回からの公募にあたって1つだけ指摘したいことがあります。今回、すでに自分の研究室を長く運営されている教授クラスの研究者の方々からの提案が数多くありました。ただ、さきがけプログラムの重要な目的の1つは、独立前・独立直後の若手研究者の成長を支援することですから、すでに完成された中堅研究者の提案は採択しませんでした。もちろん、年齢で研究者を差別することは原則として行いませんが、新進研究者の独立成長を支援することを目的として掲げることは続けていきます。来年も、iPS細胞に啓発され新しい価値を創造する独創的な新進の研究者からの提案を楽しみに待っています。