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資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)
新規採択研究者および研究課題概要

戦略目標:「細胞リプログラミングに立脚した幹細胞作製・制御による革新的医療基盤技術の創出」
研究領域:「エピジェネティクスの制御と生命機能」
研究総括:向井 常博(佐賀大学 理事・副学長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
青田(浦) 聖恵 大阪大学 大学院医学系研究科 助教 ヒストンH3K36メチル化酵素WHSC1による核構造体を介した新規転写制御機構の解明 通常型 5年 染色体を構成するヒストンのメチル化酵素WHSC1は、さまざまな転写制御因子と協調して遺伝子発現を制御し、その異常はヒト4番染色体欠損による4p-症候群を引き起こします。本研究では疾患モデルマウスなどを用いてWhsc1の機能解析を行い、転写制御因子と細胞核構造を機能的に結びつけたヒストン修飾による普遍的な遺伝子発現調節機構を解明することを目指します。さらに転写異常疾患の発症機構や個人差、細胞未分化性の問題をヒストン修飾制御から明らかにします。
有吉 眞理子 京都大学 工学部 助教 DNA メチル化・脱メチル化によるエピジェネティック制御の分子基盤 通常型 3年 本研究では、構造生物学的手法を用いた多角的なアプローチにより、発生・分化、癌化やiPS細胞作成時のリプログラミングの過程において重要な役割を果たすDNA脱メチル化の分子基盤を明らかにします。X線構造解析による原子レベルでの知見とクロマチン再構成系、磁気共鳴測定法を用いたタンパク質の動的挙動解析により、DNA脱メチル化因子のクロマチン上での機能発現機構を探究します。得られた構造基盤に基づいて人為的に細胞内のDNA脱メチル化制御法の可能性を探究します。
岡田 由紀 京都大学 生命科学系キャリアパス形成ユニット 特定助教 精子細胞の分化・成熟過程におけるヒストン修飾の重要性の解明 通常型 5年 近年急速に需要が高まっている幹細胞研究およびその応用技術開発の一環として、本研究では、精子幹細胞と成熟精子におけるヒストン修飾を中心としたエピジェネティック調節機構を、高速シークエンサーなどを用いた網羅的解析によって検討します。本研究成果は将来的に、生殖工学や不妊治療などへの応用に有用な基礎的知見を提供できると期待されます。
岡本 晃充 (独)理化学研究所 岡本独立主幹研究ユニット 独立主幹研究員 化学基盤高性能DNAメチル化可視化系の確立 大挑戦型 3年 エピジェネティクスの異常に基づく疾患の解析を効率的・定量的に行うための、DNAメチル化のイメージング解析に資する技術の開発を行います。ここでは、DNAメチル化部位を配列選択的に可視化する系を化学的に構築します。研究者が有する化学的知見に立脚して、任意のDNAメチル化領域をin vitro系、in vivo系で蛍光イメージングする手法にまで展開し、エピジェネティクス研究のブレークスルーをもたらす技術を開発します。
沖 昌也 福井大学 大学院工学研究科 准教授 エピジェネティックな遺伝子発現切り替わりメカニズムの解明 通常型 3年 酵母をモデル生物として用い、同じ DNA 配列を持っているにも関わらず分裂を繰り返すと遺伝子の発現状態が変化する領域を見いだしました。この領域に蛍光タンパク質 EGFP を挿入し、単一細胞における遺伝子発現切り替わりの状態を観察した結果、数世代維持された後に切り替わり、再び数世代維持された後に切り替わることを明らかにしました。本研究では、このエピジェネティックな現象についての分子レベルでのメカニズム解明を目指します。
加藤 太陽 島根大学 医学部 助教 ヘテロクロマチン確立メカニズムの解明 通常型 3年 細胞のエピジェネティック制御を臨床応用するためには、遺伝子の活性化だけでなく不活性化の分子機構を理解しなければなりません。なかでも、特定遺伝子座を特異的に不活性化することで細胞のアイデンティティーに貢献するヘテロクロマチンの理解は非常に重要です。本研究は遺伝学的解析に有利なモデル生物である分裂酵母を実験材料として用い、遺伝子座特異的に遺伝子の不活性状態を確立する分子機構の解明を目指します。
金田 篤志 東京大学 先端科学技術研究センター 特任准教授 細胞老化のエピジェネティクスとその破綻による発癌機構 通常型 3年 正常細胞は、癌遺伝子が活性化すると癌化を防ぐために細胞増殖を永久に停止する「細胞老化」というしくみを持っています。本研究では1細胞老化という生体防御機構に必須なエピジェネティック機構とそれに制御されるシグナルネットワークを解明し、2この機構が破綻することで細胞老化が回避され発癌の原因となる異常を同定します。癌遺伝子活性化における発癌機構の解明と、癌細胞を老化させる新たな治療法の確立を目指します。
佐瀬 英俊 情報システム研究機構 国立遺伝学研究所 助教 ヘテロクロマチン修飾除去メカニズムの解析 通常型 3年 不活性化した遺伝子はDNAメチル化やヒストンの修飾といったヘテロクロマチン修飾を伴っており、再活性化のためにはこれらの修飾が除去される必要があります。しかしながらその重要性にも係わらずこのヘテロクロマチン修飾除去メカニズムについてはほとんど理解が進んでいません。本研究では遺伝学的解析に優れた植物をモデル系として、多くの生物に共通したヘテロクロマチン修飾除去メカニズムの解明を目指します。
鈴木 孝禎 名古屋市立大学 大学院薬学研究科 講師 エピジェネティクス制御化合物の創製と応用 通常型 3年 エピジェネティクス制御化合物は、生命現象を理解するための重要なツールとなり、治療薬として応用できる可能性があります。本研究では、エピジェネティクス機構において重要な役割を担うヒストン脱アセチル化酵素、ヒストン脱メチル化酵素の特異的阻害剤を創製します。つぎに、得られた低分子阻害剤の疾患モデルに対する効果を観察することで、エピジェネティクスが関与する疾患のメカニズムを理解し、疾患の治療指針を導き出します。
鈴木 美穂 愛知県心身障害者コロニー 発達障害研究所 研究員 Gene bodyメチル化の生物学的意義と分子機構の解明 通常型 3年 近年、網羅的手法によりヒト全ゲノムにおけるDNAメチル化の解析が進められています。その過程で、DNAメチル化は“gene body”つまり遺伝子の転写領域部分に集中して付加されていることが明らかにされました。本研究は無脊椎動物カタユウレイボヤをモデルに、gene bodyメチル化の分子機構と機能を解明し、DNAメチル化に新たな意義付けを見出すことで従来の真核生物の基本転写制御研究に一石を投じます。
立花 誠 京都大学 ウイルス研究所 准教授 哺乳類の初期発生を制御するメチル化エピゲノムの解明 通常型 3年 ヒストンのメチル化はDNAのメチル化と共に、高等真核生物の主要なエピジェネティックマークの1つです。DNAのメチル化は哺乳類の胚発生を通してダイナミックに変動することが分かっている一方で、ヒストンのメチル化修飾の動的変動に関しては不明の部分が多くあります。本研究によって、哺乳類の初期発生におけるヒストンのメチル化修飾のダイナミズムを明らかにし、その生物学的な意義を明らかにします。
束田 裕一 九州大学 生体防御医学研究所 助教 クロマチンのメチル化修飾消去機構の解明 通常型 3年 細胞のリプログラミングは生命の発生、再生の本質的な制御であり、きわめて重要です。しかし、リプログラミングのメカニズムは解明されておらず、その最大の謎がクロマチンのメチル化修飾消去機構です。本研究では、その制御因子を探索、同定し、制御因子の生物学的な作用を分子レベル・細胞レベル・個体レベルで解析し、リプログラミングにおけるクロマチンのメチル化修飾消去機構の解明を目指します。
西岡 憲一 佐賀大学 医学部 助教 新規ポリコーム群・トリソラックス群の探索 通常型 3年 各種幹細胞の分化段階では、それぞれに特異的なマスター制御遺伝子が細胞の運命を決定しています。このマスター制御遺伝子の発現を調節するのがポリコーム群・トリソラックス群と呼ばれる遺伝子群の産物です。近年、幹細胞の分化だけではなく、がん細胞の悪性化にも係わっていることが明らかになってきました。本研究では、新規の哺乳類ポリコーム群・トリソラックス群遺伝子を網羅的に同定することによって幹細胞研究の基盤を強化します。

(五十音順に掲載)

<研究総括総評> 向井 常博(佐賀大学 理事・副学長)

「エピジェネティクスの制御と生命機能」は今年度からスタートしました。戦略目標「細胞リプログラミングに立脚した幹細胞作成・制御による革新的医療基盤技術の創出」のもと、エピジェネティクスの生命機能としての分子基盤を明らかにすることでそれに貢献しようと考えています。研究分野としては、1) 動植物を問わずさまざまなモデル生物を用いてエピジェネティクスの制御機構をいろいろな角度から追求し、明らかにする、2) エピジェネティクスの個体差・多様性を探るとともに、エピジェネティクスの異常にもとづく疾患の解析を行なう、3) エピジェネティクスの解析や制御に資する技術の開発を行う、などを提案しています。

この募集内容に対して162件の提案が寄せられました。審査にあたっては、応募者の利害関係者の関与を避け、他制度の助成なども留意し、公平・厳正に行いました。

今回選ばれた13課題のうち、ヒストンコード関係が半数にのぼります。内訳は幹細胞研究、新規酵素(動植物を含む)、タンパク構造解析、創薬に結びつく研究など多彩です。特定の酵素に関して多面的にアプローチする研究課題が多くなりましたが、それは裏を返せばホットな領域であることを伺わせます。他にDNAメチル化、酵母による基盤的研究、疾患、技術開発などが含まれています。いずれもレベルが高い研究です。面接審査で今回採択されなかった提案の中にも、重要な提案や独自性の高い提案が数多くありました。結果的に採用の割合は、分野1)の基盤研究が8割弱、分野2)、3)は合わせて2割強でした。2)、3)の比率については今後もっと高めて行きたいと思います。

今回から大挑戦型研究が始まりました。大挑戦型研究として成功するには他分野の協力が必須です。この研究領域のよいところは、エピジェネティクスの旗印のもと異分野の研究者が集まり、アドバイザーが一緒になって皆さんの研究を支援する体制ができている事です。大挑戦型研究を導入するにあたり、アドバイザーとその事を確認し合いました。今回大挑戦型を希望される方がかなりありましたが、審査段階で大挑戦ではないと判断される例が沢山ありました。提案する際は、研究がうまくいったら新しいパラダイムが広がるかという観点から判断して申請下さるようお願いします。

今回の提案でいくつか気づくことがありました。列記しますと以下の通りです。15年型研究の提案が多かったのですが、期間の妥当性、必要性などが不明確な例が見受けられました。2さきがけは個人型で独立性を尊重していますが、研究内容についての独立性が明確ではない例がありました。3疾患解析の提案も多々ありましたが、計画などにもう少し突っ込んだ工夫が欲しいと思います。

提案にあたっては新分野を切り開く独創性とチャレンジ性を今後とも重視したいと思います。また、改めて申し上げるまでもないことですが、研究者は社会の発展に寄与する事が求められており、それぞれの立場でそのための目標をしっかり定め、研究を進めていただきたいと思います。