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資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)
新規採択研究者および研究課題概要

戦略目標:「神経細胞ネットワークの形成・動作の制御機構の解明」
研究領域:「脳神経回路の形成・動作と制御」
研究総括:村上 富士夫(大阪大学 大学院生命機能研究科 研究科長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
今井 猛 東京大学 大学院理学系研究科 特任助教 末梢入力に依存した神経回路形成のロジック 通常型 5年 近年の研究で、決定論的な神経接続の分子機構についてはかなり解明されてきましたが、高等動物においては末梢からの入力に依存してボトムアップで中枢神経系の回路が構築される分子機構は依然としてよく分かっていません。本研究では、脳の特定の神経カラムで遺伝学的操作を行うための技術開発を行うとともに、これを利用して、中枢神経系において末梢入力依存的に特異的な神経接続が形成される分子機構を明らかにします。
今吉 格 京都大学 ウイルス研究所 特定研究員 成体脳ニューロン新生の機能的意義 通常型 3年 哺乳類の成体脳でのニューロン新生が、高次脳機能に果たす役割の解明を目指します。成体脳で産生される新生ニューロンに対して遺伝的操作が可能な遺伝子改変マウスを用いて、ニューロン新生の機能的意義の解析を行います。成体脳ニューロン新生の理解を深めることで、脳血管障害などによる脳損傷や神経変性疾患に対する、細胞移植医療などの再生医療や、脳機能の改善の実現に向けた重要な基礎知識が得られるものと期待されます。
川内 健史 慶應義塾大学 医学部 講師 細胞内機能ドメインが大脳皮質形成に果たす役割の解明 通常型 5年 細胞の中には多くの区画化された領域(細胞内機能ドメイン)があり、それぞれが機能分担を行いながら細胞機能を発揮していると考えられていますが、生物個体の中でこれらの領域がどのような役割を果たしているかは意外にも未解明な状況にあります。本研究では、脳が働くための基盤となる脳神経回路がどのようにして形成されるかという問題に対して、細胞内機能ドメインの役割から解析し、脳の形成機構およびその破綻による脳疾患の機構に迫ります。
小早川 高 (財)大阪バイオサイエンス研究所 神経機能学部門 研究員 匂いに対する特異的な行動や情動を制御する神経ネットワーク 大挑戦型 3年 哺乳類の匂いに対する情動や行動を制御するメカニズムを、遺伝子操作の手法を用いて神経回路レベルで解明する独自の研究を進めます。情動とは生存のために必須となる本能を呼び起こす心の働きであり、本研究の成果は私たち自身の心を理解する従来にない視点を与えます。
小林 康 大阪大学 大学院生命機能研究科 准教授 中脳神経回路網による価値情報の形成機構 通常型 3年 本研究では嫌悪、報酬条件付け課題遂行中のサルの中脳ニューロン記録による神経回路のダイナミクス的理解から、嫌悪、報酬学習に関わる脳内価値予側情報の保持、符号化機構を明らかにします。そして、脳の長期記憶(シナプス記憶)の書き込みと読み出し、脳内情報の短期的保持、学習誤差信号計算機構といった脳科学、情報科学の重要な問題に挑みます。
惣谷 和広 (独)理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員 抑制系による大脳皮質神経回路網の動作制御機構の解明-機能イメージングと光刺激法の併用による解析- 通常型 3年 外界の環境がどのように脳内の三次元神経回路網空間に表現されているのかを理解することは、脳機能の解明にとって非常に重要です。本研究では、新しい脳機能イメージングと光刺激法を用いて、特に抑制系の視点から神経回路網の動作制御機構解明を目指します。神経回路網内のニューロンの多数同時記録解析が進めば、外界からの情報が脳内でどのように処理されているのかを知る1つの糸口となることが期待されます。
田渕 克彦 自然科学研究機構 生理学研究所 准教授 精神発達障害原因解明のためのNeuroligin/Neurexinモデルの確立 通常型 5年 Neuroligin およびNeurexin は、シナプス末端で互いに結合する細胞接着因子で、シナプス認識・機能獲得に関与していると考えられています。自閉症患者から発見されたこれらの遺伝子変異をマウスのゲノム上で再現し、これらの変異が起こすシナプス異常と自閉症様行動との関係をマウスの個体レベルで研究します。同時にこれらのマウスを自閉症モデルマウスとして評価・検討し、自閉症研究のためのツールとして確立することを目指します。
千原 崇裕 東京大学 大学院薬学系研究科 助教 脳神経地図の形成と認識を司る分子基盤解明 通常型 3年 脳は、神経情報の受け渡し場である「シナプス」を脳内に適切に配置することにより、神経回路網の情報処理能力を高めています。本研究では、神経細胞の樹状突起と軸索が相互作用しながら神経組織におけるシナプス配置様式である「神経地図」を脳内に自己組織的に形成する過程の分子機構を明らかにし、神経回路形成の基本戦略解明を目指します。
筒井 秀和 大阪大学 大学院医学系研究科 助教 膜電位の時空間計測における、次世代技術開発 通常型 5年 細胞は、いわば小さな電池で、膜に電位差を持っています。脳内の神経回路では、その膜電位の変化が、電気信号として高速に伝播しています。脳での情報表現や処理過程の理解は、現代科学の究極の対象の1つですが、膜電位の時空間動態を高速・高感度で測る方法がなく、大きな課題となっています。本研究では、ナノスケールで起きる光物理現象や蛋白質-膜電位相互作用に関する知見を動員し、次世代の膜電位時空間計測技術の確立を目指します。
橋本 浩一 東京大学 大学院医学系研究科 准教授 小脳のシナプス刈り込みと機能的神経回路形成の機構解明 通常型 3年 小脳の神経細胞のひとつであるプルキンエ細胞は、生後直後には複数の登上線維により支配されていますが、過剰な登上線維は生後発達中に徐々に減少し、成熟動物ではたった1本を残して除去されます(シナプスの刈り込み)。本研究では、最新の研究手法を駆使して、1本の登上線維が選別され過剰な入力が除去される機序を解析することにより、シナプス刈り込みの原理を明らかにすることを目指します。
疋田 貴俊 (財)大阪バイオサイエンス研究所 システムズ生物学部門 研究員 運動・精神機能を司る大脳基底核神経回路の制御機構 通常型 3年 大脳基底核は運動・精神機能を司り、障害によりパーキンソン病、薬物依存症、統合失調症などの精神神経疾患を引き起こします。大脳基底核において特定の神経伝達のスイッチングを行う可逆的神経伝達阻止法を開発し、生体における神経回路の制御機構を解析します。さらに精神疾患モデルにおける大脳基底核神経回路の制御異常を解析し、脳神経回路の動作原理とその異常を明らかにすることによって、精神神経疾患の治療法の開発へつなげます。
松田 孝彦 ハーバード大学 遺伝学部門 研究員 成体網膜におけるニューロン新生・新規回路形成の可視化と制御 通常型 3年 最近、成体哺乳類の網膜において神経新生が起こる事が明らかになってきました。しかしながら、神経新生の効率は非常に低く、現状では、変性した網膜の自己修復はまだまだ夢物語です。本研究では、遺伝子導入によって網膜幹細胞からの神経新生効率を高めるための方法論の確立を目指します。また、成体網膜における神経新生から新規の視覚回路形成に至るまでの一連のプロセス全てを可視化して詳細に解析します。
宮本 浩行 (独)理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員 脳回路網の再編成における睡眠の役割 通常型 3年 私たちが日々経験する「眠り」は脳科学上の大きな謎の1つです。睡眠は記憶・学習などの脳機能に重要な役割を持つと考えられていますが、記憶システムの複雑さゆえ睡眠機能の統合的な理解は容易ではありません。本研究は視覚系をモデルとして「睡眠によって脳が作りかえられる」ことの実験的証拠を見出し、神経回路動作の理解と制御に踏み込んでいくことを企図します。
山口 瞬 神戸大学 大学院医学研究科 准教授 脳内分子変化と電気生理学的・行動学的変化の統合解析 大挑戦型 5年 記憶や学習が形成されるときには、脳内の特定の神経細胞で遺伝子が働くことが知られていますが、脳内の電気信号の変化や実際の行動変化とどのように関係しているのかは明らかになっていません。本研究では、遺伝子が働くとその神経細胞が発光するトランスジェニックマウスを用いて、遺伝子・電気生理・行動を同時に解析し、それらの関係性を明らかにすることで、記憶・学習のメカニズムの解明を目指します。
山中 章弘 自然科学研究機構 生理学研究所 准教授 本能機能を司る視床下部神経回路操作と行動制御 通常型 3年 摂食行動や睡眠覚醒などの本能機能は視床下部の神経細胞によって制御されていますが、神経活動によって本能行動発現がどのように調節されているのかはよく分かっていません。本研究では、睡眠覚醒調節に重要な神経の光操作を可能にする分子を発現させた遺伝子改変動物を用いて、行動解析を行い、睡眠覚醒調節機構を明らかにします。
和田 浩則 新潟大学 超域研究機構 准教授 機械刺激受容体と神経軸索組織の構築基盤 通常型 3年 魚類の神経系は、成長に伴って常に新たな神経回路の再構築を続けます。本研究は、ゼブラフィッシュの側線神経系をモデルに、成体における神経発生を細胞・分子レベルで調べることによって、新しい神経回路形成のメカニズムを解明します。将来的には、聴覚器官の再生医療につながる知見が得られ、神経組織がいかにして多様な形態を獲得するのか、という基本的な問題を明らかにできます。

(五十音順に掲載)

<研究総括総評> 村上 富士夫(大阪大学 大学院生命機能研究科 研究科長)

本研究領域は、脳の統合的理解を目指し、新たな視点に立って脳を構成する神経回路の形成やその動作原理ならびにその制御機構の解明に挑戦する研究を対象とし、具体的には、神経回路や脳の機能単位である神経核・層構造の形成、領域や神経細胞の特異性の獲得、単一神経細胞における情報処理、神経細胞間の情報伝達やその可変性、神経細胞のネットワークとしての機能発現や可変性、さらには複雑なネットワークの集合体である領域・領野などの形成機構および動作原理、ネットワークの制御機構の研究、またグリア細胞などに関わる研究、さらにこれらの分野の飛躍的発展につながるような革新的技術の創出を目指した研究を含めて募集を行いました。

平成21年度の初回公募には幅広い分野から208件の応募があり、ユニークなアイデア、意欲的な研究計画、新技術の開発なども数多く見受けられました。これらの研究提案について神経科学の広い分野にわたる13人の領域アドバイザーのご意見を求め、それに基づく書類選考会での検討を経て、特に優れた研究提案33件(5年型8件、3年型25件)を選びだし、これらの提案者に対して面接選考を行いました。選考に当たっては発表と質疑応答の内容に関する領域アドバイザーのコメントも参考に、多様な分野と方法論、また多様な研究者を糾合することによる相乗効果も目指して、最終的に14件(5年型4件、3年型10件)を採択致しました。

これらとは別に大挑戦型課題として、匂いから行動への神経回路、および脳内分子発現のリアルタイムイメージングに挑む提案2件が採択されました。

審査に当たっては、応募者と利害関係にある評価者の関与を避け、他制度による助成とその対象課題にも留意し、公平な判断を期しました。書類・面接選考では、研究構想の意義、研究計画の妥当性、準備状況と提案課題の実現性を考慮し、またさきがけの趣旨に照らして、研究課題とその実施体制の独立性、ならびに新課題への挑戦性を重視しました。

採択課題の内容は、方法論的には遺伝子・分子・細胞から組織・生理・行動にわたり、扱う脳の部位も嗅球・網膜から大脳皮質、大脳基底核、間脳、中脳、小脳まで、技術的には光刺激法、イメージング、遺伝子改変マウスなどを含み、実験動物としてはマウス、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、サルなどを用いています。

今回採択できなかった提案にも優れたものが数多くあり、絞り込み審査はたいへん困難な判断でした。準備実験の補充などの提案書のさらなる改良により、次年度以降の機会が生かされるよう期待します。

神経科学は広範にわたるため、「脳情報」や「生命システム」をはじめとするさきがけの他の領域にも連続する部分が少なくありません。これらの領域との研究者の相互交流をはじめ領域内外の交流を、関係者の理解と支援を得ながら進めてゆきたいと考えております。