JSTトッププレス一覧 > 科学技術振興機構報 第655号
科学技術振興機構報 第655号

平成21年7月24日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL https://www.jst.go.jp

「ガスボンベを用いない希薄標準ガス発生・調製装置の開発・製造・販売」を行う
ベンチャー企業設立
(JST大学発ベンチャー創出推進の研究開発成果を事業展開)

 JST(理事長 北澤 宏一)は産学連携事業の一環として、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進しています。
 平成18年度に開始した研究開発課題「ガスボンベを用いない希薄標準ガスの簡便な発生・調製技術」(開発代表者:田中 茂 慶應義塾大学 理工学部 応用化学科 教授、起業家:白井 達郎)では、一定濃度の希薄有害ガスを長時間・安全に、直接的に発生・調製できる簡便な装置の研究開発を実施し、その実用化に成功しました。また、この成果をもとに平成21年6月1日、メンバーらが出資して「株式会社 STEA」を設立しました。
 本研究開発では、ガス成分のみを効率よく捕集する独自技術の拡散スクラバー法注1)の原理を応用した装置を開発し、ガス発生溶液からサブppmv濃度レベルの希薄標準ガスを簡便に調製する装置を世界で初めて実用化しました。この技術によって、高圧で充填された重く危険なガスボンベを用いることなく、希薄標準ガスを簡便な方法で安定に発生・調製することができます。そのため、ガスボンベを使用する従来法のような大掛かりな機材が不要となり、各種排ガス分析計の校正などの作業性や安全性を大きく改善した装置の実用化が図れました。
 同社が展開する事業は、顧客の要求などにも応じた装置のさらなる研究開発を続けるとともに、すでに確保してきた協業体制のもとで、装置の製造・販売を手掛けます。また、本装置の最有力市場は、ガス計測機器の校正などの計測分野や各種材料・動植物などへの環境レベルでの有害ガス暴露評価実験分野などにあり、本装置は、「ラボ用分析機器」として市場に受け入れられると期待されます。
 「株式会社 STEA」は、慶應義塾大学発ベンチャーとして今後、“made in World”を標榜した事業の海外展開も図り、事業化後5年で年間売上高3億円を目指します。今回の「株式会社 STEA」設立により、プレベンチャー企業および大学発ベンチャー創出推進によって設立したベンチャー企業数は97社となりました。


今回の企業の設立は、以下の事業の研究開発成果によるものです。
 独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進

研究開発課題 「ガスボンベを用いない希薄標準ガスの簡便な発生・調製技術」
開発代表者 田中 茂(慶應義塾大学 理工学部 応用化学科 教授)
起業家 白井 達郎((株)産学共同システム研究所 代表取締役)
研究開発期間 平成18~20年

 独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進では、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業および事業展開に必要な研究開発を推進することにより、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャーが創出され、これを通じて大学などの研究成果の社会・経済への還元を推進することを目的としています。


<開発の背景>

 各種有害ガスの測定に用いられている計測機器は、検定のためにそれぞれの希薄標準ガスを使用して校正します。その各種希薄標準ガスの調製については、これまでにJISや化学品検査協会を通じて規格化・標準化の努力がなされています。しかし、それら規格化・標準化の対象範囲は、あくまでガスボンベに注入して長期間濃度が安定であるガス成分に限られています。主要な有害ガスである窒素酸化物(NO、NO2)や一酸化炭素などについては、ppmvレベルのガスがボンベに充填され市販されていますが、その他の濃度が不安定な多くの有害ガス成分については、測定の基準となる標準ガスがないのが実情です。従って、本来は濃度が決定された標準ガスを用いて測定法の検定を行うべきですが、実際にはそうした方法を取ることができませんでした。また、二酸化硫黄、塩化水素、ホルムアルデヒド、アンモニアなどの水溶性の高い有害ガスには、特に反応性が高くボンベ(容器)に充填しても長期間濃度を安定に保てず、希薄標準ガスを入手することができません。さらには、高濃度のこれらの有害ガスを希釈して調製する場合には危険が伴って大掛りな装置が必要となり、これらの希薄標準ガスを現場で調製することは困難な現状です。
 これら課題の克服を目指して本開発代表者は、「ガスボンベを用いない希薄標準ガスの簡便な発生・調製技術」の研究開発に取り組んできました。

<研究開発の内容>

 本研究開発では、拡散スクラバー法の原理に基づき、ガス発生溶液からサブppmv濃度レベルの希薄標準ガスを簡便に調製する装置を世界で初めて実用化することができました。本装置での実験検証を重ねた結果、下記6項目の要件をクリアすることができました。

有害ガスの溶け込んだ溶液から、直接、サブppmv(10-6)レベル以下の希薄濃度の有害ガスを、簡単な装置で安全に発生・調製できること。
特定種類の有害ガスに限らず、多種類の有害ガスの発生・調製ができること。
有害ガスの発生のパラメータであるガス発生溶液濃度、溶液温度、清浄空気の通気流量により、任意濃度の有害ガスを再現性良く発生・調製できること。
標準ガスとしての使用も可能なように、有害ガスの発生・調製濃度の精度は1%以内に保てること。
一定濃度の希薄有害ガスを半年など長期間に渡り、安定して発生・調製できること。
ガス発生流量をL/minからm3/minに拡大注2)した大容量の希薄有害ガスを発生・調製できること。

 ガスを高圧で充填した重いガスボンベを使用しない本装置は、安全かつ簡便で、ガス発生溶液を変えることで多種類のガスの発生が可能です。実用化したガス発生装置は、コンパクトで現場への持込が可能な簡易型と1%以内の精度で希薄ガスの発生が可能な高精度型の2種類があり、それぞれの目的用途に応じて対応できます。また、ガス発生溶液のリザーバータンクを設置することで1ヵ月、半年間と長期間連続して安定した濃度の希薄標準ガスを発生することもできます。さらに、ガス発生流量をL/minからm3/minに拡大した大容量ガス発生装置も実用化し、各種材料、動植物などへの環境レベルの有害ガスの暴露評価実験に利用できるようになりました。

 本研究開発にかかわる知的財産権の現況は、以下の通りです。

「標準ガスの調製方法および装置」特許第3680162号(2005年5月27日取得)
「水溶性ガスの捕集構造」特願2007-217063(2007年8月23日出願)

<今後の事業展開>

 研究開発の過程で実施した市場調査の結果、本装置の最有力市場は、ガス計測機器の校正などの計測分野や動物・植物・材料への希薄有害ガス暴露による影響評価実験分野などにあり、本装置は「ラボ用分析機器」として市場に受け入れられると期待されます。また、産業用プロセス・ガスへの適用にも期待できます。それら市場規模は、事業化を支える上で十分に大きいことも明らかになりました。
 この様な市場背景のもと「株式会社 STEA」は、起業3年間を事業のスタートアップ期間とし、はじめに自社基盤の確立を図ります。慶應義塾大学発ベンチャーとして、本装置が市場に参入できるようさらなる研究開発に注力するとともに、製造・販売については、既存提携企業に加えて、代理店や商社などに連携を広げることで、収益基盤を築くこととします(参考の<事業形態>参照)。次の展開では、“made in World”を標榜した国内、海外市場への浸透と販路拡大により、事業化後5年で年間売上高3億円を目指します。

<参考図>

図1

図1 拡散スクラバーの概略図


図2

図2 拡散スクラバーによるガス発生


<用語説明>

注1)拡散スクラバー法
 田中教授らが開発してきた“拡散スクラバー法”とは、ガスと粒子の拡散係数の相違を利用して、ガス成分のみを効率良く分離捕集するユニークなガス成分の捕集方法です。具体的には、長さ数十cmの多孔質テフロン(PPTFE)チューブ(内径4mmφ、外径5mmφ)の内管とその外側にガラス管をかぶせた二重管からなる極めてシンプルなガス捕集装置です(図1)。拡散スクラバーの内管に空気を流すと、空気中の微量ガス成分は多孔質テフロンチューブ内壁へ拡散し、テフロンチューブ内壁の穴を透過して、その外側に配置した水に簡単に捕集されます。一方、拡散定数の小さい空気中の粒子は、多孔質テフロンチューブを内壁面へ拡散する間もなくそのまま通過します。
 この様に、“拡散スクラバー法”はガス成分の捕集方法ですが、発想を転換し、ガス吸収するために配置した水の代わりに、ガスを充分に溶解している水溶液を多孔質テフロンチューブの外側に配置し(図2)、清浄空気を多孔質テフロンチューブ内に流せば、空気と水溶液中のガスの濃度差により、逆に、ガスを充分に溶解した水溶液側からガスが発生し、多孔質テフロンチューブ内壁の穴を透過し、多孔質テフロンチューブ内を流れる清浄空気中に拡散します。この様なシンプルな装置により、HCl、HNO3、H2O2、ホルムアルデヒド、アンモニアといった従来では標準ガスの調製が困難であった極めて水溶性の高いガスをサブppmvの低濃度レベルで簡単に発生・調製することが可能です。

注2)ガス発生流量の拡大
 ガス発生流量は、L/min(毎分1Lのガス流量)やm3/min(毎分1,000Lのガス流量)を単位として示します。数百m3/minと言った大きな流量のある希薄有害ガス発生・調製装置を実用化することで、有害ガスによる暴露評価実験などに利用可能としました。

<本件お問い合わせ先>

株式会社 STEA
〒212-0054 神奈川県川崎市幸区新川崎7-1 慶應義塾大学 新川崎タウンキャンパスK棟104号室
田中 茂(タナカ シゲル)
Tel:044-580-1587 Fax:044-580-1587
E-mail:

独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 戦略的イノベーション推進部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
下田 修(シモダ オサム)、廣田 昭治(ヒロタ ショウジ)
Tel:03-5214-0016 Fax:03-5214-0017