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科学技術振興機構報 第652号

平成21年7月13日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL https://www.jst.go.jp

新型インフルエンザA(H1N1)ウイルスの特性を解明

-90歳以上の高齢者が高レベルの抗体を保有-

 JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学医科学研究所の河岡 義裕 教授らは、培養細胞および動物モデルを用いて、現在も流行を拡大し続ける新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス注1)(以下、新型インフルエンザウイルス)の性状を明らかにしました。
 これまで、新型インフルエンザウイルスは季節性インフルエンザウイルスと同様に弱毒であると考えられ、その一方で基礎疾患を持たない入院患者が相当数いることが報告されていました。また、一部60歳以上の人々が新型インフルエンザウイルスに対する中和抗体注2)を持つことが報告されていましたが、60歳以上なら誰でも抗体を持っているのかは不明でした。さらに、抗ウイルス薬が動物実験で新型インフルエンザウイルスに有効かどうかも明らかになっていませんでした。
 本研究グループは今回、新型インフルエンザウイルスをさまざまな動物モデルに接種し、ウイルスの増殖効率および感染した臓器の病理学的解析を行いました。その結果、季節性インフルエンザウイルスと比較して新型インフルエンザウイルスは感染個体の肺でよく増殖し、そのため強い病原性を示すこと、現在使用されている抗インフルエンザ薬や現在開発中の新規抗ウイルス薬は、新型インフルエンザウイルスの増殖を抑制することが分かりました。
 また、さまざまな年齢の人々から採取した血清中に新型インフルエンザウイルスに対する中和抗体が存在するかを調べたところ、90歳以上の人には存在するが、それより若い人々のほとんどは中和抗体を持っていないことも明らかになりました。
 本研究で明らかになった新型インフルエンザウイルスの性状は、治療方法やワクチン開発、新規抗ウイルス薬の開発を含めた今後の新型インフルエンザウイルス対策を考える上で重要な発見です。
 本研究は、国内外の大学、研究所、病院、企業と共同で行いました。
 本研究成果は、2009年7月13日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
プロジェクト名 「河岡感染宿主応答ネットワークプロジェクト」
研究総括 河岡 義裕(東京大学医科学研究所 教授)
研究期間 平成20年10月~平成26年3月
 本プロジェクトではインフルエンザウイルスを用いて、ウイルス感染症の発症とその病態に影響を及ぼす宿主応答を解明すると同時に、予防・治療戦略の新たな基盤の創出を目指しています。
 ※新型インフルエンザの流行・感染の拡大を受けて、JSTでは本年6月より本プロジェクトをインフルエンザ関連研究として拡大しています。

<研究の背景と経緯>

 2009年3月以降、ブタ由来インフルエンザウイルスの人での感染が確認され、その流行はますます拡大を続けています。同年6月11日には、世界保健機構(WHO)が新型インフルエンザウイルスのパンデミック注3)の発生を宣言しました。
 新型インフルエンザウイルスに罹患した患者の多くが軽症で済む一方、一部の患者は重症に陥っています。入院するに至った患者の半数以上が基礎疾患を持たなかったことから、新型インフルエンザウイルスが季節性インフルエンザよりも強い病原性を持つ可能性があると言われていましたが、その性状は明らかになっていませんでした。また、これまでの報告から感染患者の多くが若年成人であったことから、60歳以上の人々が中和抗体を持つ可能性が示唆されていましたが、その真偽は不明でした。さらに、高い病原性を持つ可能性がある新型インフルエンザウイルスに対して、抗ウイルス薬が効果的かどうかも明らかにされていませんでした。

<研究の内容>

 本研究グループは、新型インフルエンザウイルスの性状を明らかにするために、種々の動物モデルを用いてウイルスの増殖性および病原性を調べました。マウスやヒトインフルエンザの動物モデルであるフェレット(イタチ科の哺乳小動物)、霊長類の動物モデルであるカニクイザル注4)を新型インフルエンザウイルスに感染させると、季節性インフルエンザウイルスと異なり、肺で効率よく増殖し(図1)、肺に重度の病変を生じさせること(図2)、そのため季節性インフルエンザウイルスに感染した場合よりも顕著な症状を引き起こすことが明らかになりました。
 また、異なる年代の人々から血清を採取し、新型インフルエンザウイルスに対する中和抗体を持つかどうかを調べたところ、1918年以前に生まれた人々、つまり90歳以上の人が新型インフルエンザウイルスに対する中和抗体を持っていることが分かりました(図3)。
 さらに、新型インフルエンザウイルスについて既存または現在臨床試験中の抗インフルエンザウイルス薬に対する感受性を調べたところ、現行のノイラミニダーゼ阻害薬注5)と現在開発中の抗ウイルス薬ともに、新型インフルエンザウイルスの増殖を抑制することも明らかになりました(図4)。

<今後の展開>

 今回、種々の哺乳動物モデルを用いた研究から、新型インフルエンザウイルスは季節性インフルエンザウイルスより肺でよく増えるために強い病原性を示すことが明らかになりました。さらに、これまで感染しにくいのではないかと言われていた60歳以上の人々も、90歳以下であれば新型インフルエンザウイルスに対する抗体を持たないため安心はできないこと、しかし抗インフルエンザ薬は有効であることが明らかになりました。
 今後、新型インフルエンザウイルスが人から人へと伝播を繰り返して感染を拡大することで、スペイン風邪注6)のように病原性の高いウイルスに変化すること、また薬剤耐性ウイルスの出現などが危惧されます。今回明らかにされた新型インフルエンザウイルスの性状は、治療方法やワクチン開発、新規抗ウイルス薬の開発を含めた今後の新型インフルエンザウイルス対策を考える上で、重要な発見となります。

<参考図>

図1

図1 ウイルス感染3日目のカニクイザル臓器中のウイルス量

 季節性インフルエンザウイルスは咽頭・気管・肺などで認められましたが、新型インフルエンザウイルスは肺・気管支・咽頭などさまざまな臓器から多くのウイルス量が認められました。このことから、新型インフルエンザウイルスは肺を含む下部気道でよく増殖することが分かりました。

図2

図2 ウイルス感染3日目のカニクイザルの肺に認められた病変

(a)  正常なサルの肺には、空気が充満している肺胞腔が観察されました。
(b,c)季節性ウイルスに感染したサルの肺では、肺胞壁が少し厚くなっているものの、空気を含む領域が多く残っていました。
(d,e)新型インフルエンザウイルスに感染したサルの肺では、炎症細胞・赤血球・たんぱく質などが充満しており、空気はほとんど含まれていない肺胞が観察されました。

図3

図3 さまざまな年齢の人の血清中に含まれる新型インフルエンザウイルス
または季節性インフルエンザウイルスに対する中和抗体量

(a) 1999年にさまざまな年齢の人から採取した血清を用いた実験。そのため、2009年に患者から分離された季節性インフルエンザウイルスに対する抗体はどの血清でも認められませんでしたが、新型インフルエンザウイルスに対する抗体は1918年以前に生まれた人で認められました。
(b) 2009年4月と5月にさまざまな年齢の人々から採取した血清を用いた実験。2009年の季節性インフルエンザウイルスに対する抗体はさまざまな年齢で認められましたが、新型インフルエンザウイルスに対する抗体は例外を除いて1918年以前に生まれた人でしか認められませんでした。

図4

図4 新型インフルエンザウイルスまたは季節性インフルエンザウイルスに対する抗インフルエンザ薬の効果

 マウスにウイルスを感染させ、1時間後に抗インフルエンザ薬を投与し、3日目および6日目のマウス肺のウイルス量を測定しました。季節性インフルエンザウイルスはオセルタミビル耐性のウイルスであるため、その場合を除いて薬剤で治療したマウスでは薬剤なしの場合と比べてウイルス量が少ない結果となりました。

<用語解説>

注1)新型インフルエンザA(H1N1)ウイルス
 インフルエンザウイルスはA, B, C型の3種類に分類されますが、過去に世界的な大流行を引き起こしてきたのはA型インフルエンザウイルスに限られています。A型インフルエンザウイルスは、ウイルス膜表面にあるヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の抗原性(抗体と結合することができる性質)の違いにより、HAでは16種類(H1からH16)、NAでは9種類(N1からN9)の亜型に分類されます。H1N1というのは、H1亜型、N1亜型に分類されるA型インフルエンザウイルスのことで、H1N1型のウイルスは20世紀には2度、人社会で流行を起こしています。
 新型インフルエンザウイルスとは本来、人類がこれまでに経験したことのないヒト以外の動物由来のインフルエンザウイルスを指しますが、本プレスリリースでは2009年3月にメキシコで発生が確認され、瞬く間に世界中に拡大したブタ由来のH1N1インフルエンザウイルスを指します。

注2)中和抗体
 ここでは、インフルエンザウイルスの増殖を阻害する抗インフルエンザウイルス抗体を示します。

注3)パンデミック
 感染症の世界的大流行、ここでは新型インフルエンザウイルスによる世界的大流行のことを言います。20世紀に人類が経験したパンデミックには、1918年のスペイン風邪、1957年のアジア風邪、1968年の香港風邪があります。

注4)カニクイザル
 カニクイザルはマカカ属のサルで、ヒトと同じ狭鼻下目に属します。サルはマウスやラットなどの他の実験動物と比べてヒトに最も近縁ですが、カニクイザルはこれまでに、生理学、行動学、薬理学、医学研究などに用いられ、実験動物として最も一般的に用いられているサルの一種です。このサルでは遺伝子情報が豊富に解析されており、遺伝子資源の基盤が整っているため、今後の基礎および応用研究の発展に有用視されています。

注5)ノイラミニダーゼ阻害薬
 インフルエンザウイルス粒子表面にある糖たんぱく質ノイラミニダーゼ(NA)の機能を阻害する薬剤のことで、インフルエンザウイルスの増殖を抑制します。ノイラミニダーゼ阻害薬には、現在最も使用頻度が高いオセルタミビルのほか、ザナミビルや現在臨床治験中であるCS-8958などがあります。

注6)スペイン風邪
 1918(大正7)年から翌年にかけて世界的に大流行したH1N1型のA型インフルエンザウイルス感染症です。20世紀に人類が経験した新型インフルエンザウイルスによるパンデミックのうち、スペイン風邪は最大の被害者数が報告されており、全世界で2000万~4000万人が死亡したと言われています。

<論文名>

“In vitro and in vivo characterization of new swine-origin H1N1 influenza viruses”
(培養細胞および動物モデルを用いた、ブタ由来新型インフルエンザA(H1N1)ウイルスの性状解析)
doi: 10.1038/nature08260

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
河岡 義裕(カワオカ ヨシヒロ)
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス感染分野
〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1
Tel:03-5449-5310 Fax:03-5449-5408
E-mail:

<JSTの事業に関すること>
小林 正(コバヤシ タダシ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

(英文)“Characterization of the new strain of influenza A (H1N1) virus - The elderly aged 90 or older carry high levels of antibodies -”