科学技術振興機構報 第64号
平成16年5月18日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
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アポトーシス細胞の貪食異常による自己免疫疾患

 独立行政法人科学技術振興機構(理事長:沖村憲樹)の研究チームが、アポトーシス細胞が貪食されないと自己免疫疾患を引き起こすことを見いだした。これは、戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「アポトーシスにおけるゲノム構造変化の分子機構」の研究代表者 長田重一(大阪大学大学院生命機能研究科・教授)チームのメンバーである大阪大学大学院医学系研究科・大学院生・華山力成(現 科学技術振興機構・特別研究員)、同研究科田中正人助教授 (現 理化学研究所・免疫アレルギー科学総合研究センター・チームリーダー)らによって得られたもので、5月21日付の米国科学雑誌「Science」に発表される。
 アポトーシスは不要になった細胞、害となる細胞を取り除く細胞死の機構である。この過程では細胞の凝縮、断片化とともに染色体DNAが急速に分解され、マクロファージなどの食細胞に速やかに貪食処理される。長田グループは一昨年、アポトーシス細胞を特異的に認識しこれとマクロファージをリンクさせる分子MFG-E8を同定した (Nature 417: 182-187, 2002)(図1)。今回、この分子を欠損したマウスを樹立したところ、このマウスが自己免疫疾患の症状を示した。

 マクロファージはアポトーシス細胞を貪食するが、生きている細胞を貪食することはない。アポトーシス細胞は細胞表面に"eat me" シグナルを提示し、これをマクロファージが認識、貪食すると考えられている。MFG-E8 (Milk Fat Globular Protein EGF-8)は、マクロファージが分泌する463個のアミノ酸からなるたんぱく質であり、N-末端からシグナル配列、2個のEGF(epidermal growth factor, 上皮細胞成長因子)に相似した領域、2個の血液凝固因子8(Factor VIII)に相似した領域(C-1 and C-2)からなっている。2002年、長田グループはMFG-E8はアポトーシス細胞が提示するリン脂質、ホスファチジルセリン (phosphatidylserine) を認識してアポトーシス細胞に結合し、アポトーシス細胞と食細胞をリンクする因子であることを示した

 今回、MFG-E8に対する抗体を用いてマウスの種々の組織を検討したところ、MFG-E8は脾臓やリンパ節の胚中心 (germinal center) に存在するマクロファージ(染色性マクロファージ、tingible-body macrophage)に特異的に発現していることが明らかになった。そこで、MFG-E8遺伝子を欠損するマウスを樹立したところ、このマウスの脾臓マクロファージには貪食されていないアポトーシスを起こした細胞が数多く認められた。このマウスは年をとるに従い、脾臓が肥大化し、また、本来存在しない自己抗体(抗核抗体、anti-nuclear antibody (ANA); 抗DNA抗体)が、血清中に増加していた。このため、マウスは腎炎を引き起こし、尿に高濃度のタンパク質が認められた。

 アポトーシスを起こした細胞は速やかにマクロファージ等の貪食細胞により貪食・処理される。このため、死細胞を体内に見いだすことは稀である。死細胞が放置されると、この細胞は破裂し、細胞内分子が放出され、これが自己免疫疾患を引き起すと考えられ、これを防ぐためマクロファージが死細胞を速やかに貪食、分解すると考えられた。今回、貪食を媒介するMFG-E8の欠損のためアポトーシス細胞の貪食が効率良くおこらないと、自己免疫疾患を引き起こすことが示され、この仮説が正しいことが実証された。
 
<補足説明>
 マクロファージや樹状細胞はアポトーシス細胞を効率良く貪食、処理する。これらの細胞は健康な細胞を貪食することはないことからアポトーシス細胞は"eat me"シグナルを提示し、マクロファージ、樹上細胞がこれを認識、貪食すると考えられている。これまでに、アポトーシス細胞に提示される分子"eat me"シグナルとして、数多くの分子が提示されているが、その中でも細胞膜のリン脂質、ホスファチジルセリン(phosphatidylserine) が有力な候補に挙がっている。ホスファチジルセリンは増殖している細胞中では細胞の内側に存在するが、アポトーシスが起こると細胞の外側に提示される。MFG-E8はこのリン脂質〔ホスファチジルセリン〕を特異的に認識してアポトーシス細胞を食細胞へ橋渡しする。

 マクロファージは骨髄で形成された後、種々の組織に移動し、バクテリアの貪食、死細胞の貪食、免疫の活性化等に関与している。今回、MFG-E8は脾臓やリンパ節の胚中心に存在するtingible-body macrophage に特異的に発現していることが示された。胚中心ではB-リンパ球が成熟分化する。そして、抗原に対して高い親和性を持つB細胞受容体を発現する細胞は生き残り、低親和性受容体を発現するBリンパ球はアポトーシスに陥り死滅する。tingible-body macrophagesはこのアポトーシスをおこしたB-リンパ球を貪食することが知られており、MFG-E8が発現していることはその目的にかなっている。MFG-E8が存在しないとアポトーシスを起こしたリンパ球の貪食・処理の効率が悪く、この細胞から遊離した細胞内分子(核等)が自己抗原として作用し免疫疾患を引き起こしたと考えられる。最近、tingible-body macrophageにおけるアポトーシス細胞の貪食が低下したヒト免疫疾患患者が見いだされており、今回樹立したMFG-E8欠損マウスはヒトの自己免疫疾患のモデルになるであろう。

 ところで、アポトーシスは脾臓ばかりでなく胸腺や脳の細胞にもおこる。これらの組織のうち胸腺のマクロファージにはMFG-E8は発現されておらず、MFG-E8以外の分子が胸腺でのアポトーシス細胞の貪食に関与していると考えられる。ホスファチジルセリンに結合する分子としてはMFG-E8以外にアメリカのグループによって同定されたPS-R (phosphatidylserine receptor; ホスファチジルセリン受容体), 我々が同定したDel-1 (Developmental endothelial locus-1) が存在している。今後、これらの分子がアポトーシス細胞の貪食にどのように関与しているか検討する必要があろう。
 
<論文名>
Autoimmune Disease and Impaired Uptake of Apoptotic Cells in MFG-E8-Deficient Mice
(MFG-E8欠損マウスでの自己免疫疾患とアポトーシス細胞貪食の欠陥)
doi :10.1126/science.1094359
 
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: ゲノムの構造と機能
(研究総括:大石 道夫 (財)かずさDNA研究所 所長)
研究期間: 平成10年12月~平成15年11月
現在この研究は
科学技術振興機構の基礎的研究発展推進事業 (SORST) において 研究課題「アポトーシスと貧食の分子機構とその生理作用」として研究を続行している。
研究期間: 平成15年12月-平成20年11月(予定)
 
図1 アポトーシス細胞(Apoptotic Cell)を特異的に認識しマクロファージ(Mφ)にリンクさせるMFG-E8
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 <本件問い合わせ先>
長田 重一(ながた しげかず)
大阪大学大学院生命機能研究科・時空生物学・遺伝学
大阪大学大学院医学研究科・生体制御・遺伝学
郵便番号565?0871 大阪府吹田市山田丘2-2
Tel: 06-6879-3310
Fax: 06-6879-3319

島田 昌(しまだ まさし)
 独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
Tel: 048-226-5635
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