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科学技術振興機構報 第629号

平成21年4月14日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL https://www.jst.go.jp

「光トライオード(光版トランジスタ)を事業化」するベンチャー企業設立

(JST大学発ベンチャー創出推進の研究開発成果を事業展開)

 JST(理事長 北澤 宏一)は産学連携事業の一環として、大学や公的研究機関などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進しています。
 平成18年度に開始した研究開発課題「光トライオードを用いた負帰還光増幅器の開発」(開発代表者:前田佳伸 近畿大学 准教授、起業家:辻 正人)では、“光版トランジスタ”ともいうべき、「光トライオード注1)」の開発に成功しました。この成果をもとに平成21年4月1日、メンバーらが出資して「光トライオード株式会社」を近畿大学発ベンチャー会社として設立しました。
 光エレクトロニクスのさらなる高速化には、電気信号によって電気信号を制御する従来の仕組みではなく、光信号で光信号を制御できる“光版トランジスタ”による制御が有望視されていました。しかし、これまで、小さな制御光パワーで入力信号光を制御・出力でき、製品化が視野に入る、実用的な装置は開発されていません。
 今回の開発では、新たに開発したファイバー型フィルター注2)を活用し、入力光信号に対して強度の反転した周囲光をフィードバックする負帰還光増幅機能注3)を取り入れた負帰還半導体光増幅器(SOA)を開発し、従来型のSOAに比べて大幅に雑音を抑制することに成功しました。さらに、負帰還SOAを2段用いた構成の“光版トランジスタ”=「光トライオード」を開発し、これを活用した16mm×20mmの小型モジュールも実現しました。
 「光トライオード株式会社」は、光トライオードの事業化後5年で、年間1億円の売り上げを目指します。汎用化されれば、光通信、車載光LANや光コンピューティング注4)をはじめ、幅広い分野での光制御技術の向上に寄与することになります。
 今回の「光トライオード株式会社」設立により、プレベンチャー企業および大学発ベンチャー創出推進によって設立したベンチャー企業数は90社となりました。

 今回の企業の設立は、以下の事業の研究開発成果によるものです。
  独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進
研究開発課題「光トライオードを用いた負帰還光増幅器の開発」
開発代表者前田 佳伸(近畿大学理工学部 准教授)
起 業 家辻 正人
研究開発期間平成18~20年度
 独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進では、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業および事業展開に必要な研究開発を推進することにより、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャーが創出され、これを通じて大学などの研究成果の社会・経済への還元を推進することを目的としています。

<開発の背景>

 エレクトロニクスにおいては、3端子信号増幅素子であるトランジスタによってコンピューターをはじめとする全ての電子回路が制御されています。また、アナログ電子回路のほとんど全ては負帰還増幅器で構成されており、低雑音な増幅が行われています。一方、光エレクトロニクスの分野では、3端子の信号増幅素子および負帰還光増幅器が実現されていません。
 今回、半導体光増幅器(SOA)を用いて、エレクトロニクスにおけるトランジスタや三極管が有する信号増幅作用と負帰還増幅機能を世界に先駆けて全光信号で実現しました。

<研究開発の内容>

 本研究開発では、ファイバー型フィルターを用いて負帰還半導体光増幅器を開発しました。従来型SOAの雑音が8~9dB(デシベル)であるのに対し、今回のモジュールでは3dBまで抑えることができました。さらに、SOAの相互利得変調注5)を用いた2段の負帰還SOAからなるタンデム波長変換注6)型の構成により、光信号で光信号を制御可能な3端子信号増幅素子である「光トライオード」を開発しました。そして、数十μWの小さな光信号により、mW単位の光信号を制御することが可能になりました。
 また、タツタ電線株式会社(東大阪市)と共同で、光トライオードを活用したファイバーループ型CRD(キャビティリングダウン)分光分析システム注7)の製品化に向けた開発を行っています。これまでに、今回開発した低雑音機能を持つ光トライオードモジュールを使用することで、EDFA(エルビウム添加光ファイバー増幅器) のもつ周回増幅の動作の不安定さを減少させ、高感度測定が可能なCRDの安定性増大(発振を抑制)を実現しました。

<今後の事業展開>

 初年度は、「光トライオード」を将来のメイン市場と期待する通信・民生市場のメーカーに研究開発用として提供します。また、光トライオードを搭載したファイバーループ型CRD分光分析システムの試作機を技術展示会などで展示して、事業展開を行う予定です。さらに、光ジャイロスコープをはじめとする光センサーのシステムメーカーに対し負帰還光増幅技術を採用提案するなど、多分野に広く展開していく計画です。

 今後は、光トライオードの集積化および光トライオードの一層の高性能化(高速・高利得・低雑音化)を進め、次の製品化目標である波長変換素子、光バッファーメモリー素子および光クロスコネクト中継装置といった全光通信産業を支えるキーテクノロジーとしての事業展開を図っていきます。

図1

図1 リング型光増幅技術の応用例

<用語解説>

注1)光トライオード
 エレクトロニクスにおいてトランジスタや三極管が果たす信号増幅機能を、電気信号によらず、光信号のみによって実現する“光版トランジスタ”。

注2)ファイバー型フィルター
 光ファイバーのコア内に形成された回折格子(ファイバーブラッググレーティング)によって特定波長の光を透過・反射させるファイバー型のフィルター。

図2

図2 ファイバーブラッググレーティングの概略

図3

図3 開発したファイバー型フィルターの反射波長の特性

注3)負帰還光増幅機能
 SOAにおいて、入力信号の変化に対して信号反転した周囲光を帰還(フィードバック)させることによって利得(増幅度)を変調して、歪みを小さくして光信号を増幅する機能(光版の負帰還増幅器)。下図に負帰還光増幅機能の原理図に示す。

図4

図4 負帰還光増幅機能の原理図

注4)光コンピューティング
 光信号で光信号を演算して計算するコンピューター(演算計算装置)。

注5)相互利得変調
 半導体光増幅器に入力される2つの波長の光信号において、それぞれの信号が相互に強度変調を受ける現象。この現象を、一方の波長の光信号を強度変調して別波長に変換する波長変換器に利用することが可能。

注6)タンデム波長変換
 半導体光増幅器の相互利得変調を2段用いた波長変換方法。

注7)ファイバーループ型CRD(キャビティリングダウン)分光分析システム
 周回する光ファイバーのループ内に分析試料を設置することによって、吸収光路長を長くして高感度に吸収分光を行う装置。

図5

図5 ファイバー型CRD分光分析システムおよび光トライオードを用いた測定結果

(左の写真の左上の黒いボックスに光トライオードを搭載)

<本件お問い合わせ先>

近畿大学 理工学部 電気電子工学科
〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3丁目4番1号
前田 佳伸(マエダ ヨシノブ)
Tel:06-6721-2332(代) & 06-6730-5880 内線4238(ダイレクト:自動交換)
Fax:06-6727-4301 E-mail:

光トライオード株式会社
〒577-0817 大阪府東大阪市近江堂2丁目10番41号
前田 佳伸(マエダ ヨシノブ)
Tel/Fax:06-6736-5508 E-mail:
http://www7b.biglobe.ne.jp/~hikari-triode/

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