科学技術振興機構報 第62号
平成16年5月18日
埼玉県川口市本町4−1−8
独立行政法人 科学技術振興機構
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ナノサイズのらせん状細孔をもつシリカの合成に成功

−キラルな分子を分離・合成する新しい触媒材料の創製−

 独立行政法人科学技術振興機構(JST;理事長 沖村憲樹)の戦略的創造研究推進事業において、辰巳 敬 横浜国立大学大学院工学研究院 教授の研究チームは、ナノサイズのらせん状細孔をもつシリカ(SiO:二酸化珪素)の合成に成功した。本物質は、右手と左手のように鏡写しの関係にある物質のうち片方(例えば右手のみ)を選択的に合成したり、左手と右手の混合物から片方の分子のみを取り出すための省エネルギー・高効率な触媒の材料として大いに期待される。
 右手と左手のように鏡映しの関係にある物質(キラルな物質)は、薬効や毒性など生物に与える効果が右手と左手で全く違う場合があるにもかかわらず、融点などの物理・化学的な性質は同じであるため、片方を選択的に作成したり、両者の混合物から片方を分離することは極めて困難であった。キラルでない分子から触媒を用いてキラルな分子を合成した野依教授らにはノーベル賞が授けられている。
 キラルな分子の片方を選択的に合成したりキラルな分子を分離するためには、キラルで微小な孔が多数存在した物質が有効であることはこれまでも指摘されていた。しかし、これまで、一方のキラリティをもつ(例えば右手のみ)表面積の大きな無機多孔体(微小な孔が多数あいた無機物質)を合成した例はなかった。本研究では、キラルな分子であるアミノ酸を含むイオン性界面活性剤とシリカ化合物を混合して反応させ、シリカ化合物に一方のキラリティに統制された微小な孔を生成することに世界で始めて成功した。アミノ酸分子のキラルな性質により、イオン性界面活性剤が集合する際にらせん状の「ねじれ」を生じ、さらにこの「ねじれ」を鋳型として無機物質であるシリカが凝集したものと考えられる。今回作成したシリカ化合物には、同一方向にねじれたナノサイズのらせん状細孔が多数生成されており、さらに、界面活性剤を除去した後もその形状は完全に保存されていた。
 この成果は、JSTの戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「有機無機複合相の自在変換によるグリーン触媒の創製」により得られたもので、5月20日付けの英国科学誌「ネイチャー」で発表される。
 論文題目は、"Synthesis and characterization of chiral mesoporous silica"「 キラルなメソ細孔シリカの合成とキャラクタリゼーション」(doi :10.1038/nature02529)。
<研究背景>
 右手と左手が重ね合わせられないように、鏡に映った一対のものがお互いに重ね合わせられない構造をしている場合、キラリティーがあるといい、そのような物質をキラルな物質という。自然界に存在する分子や構造体には、アミノ酸、DNAから貝殻にいたるまでキラルな物質が数多く存在している。キラルな性質は不斉炭素(注1)の存在や分子全体の非対称性に基づく分子レベルのものである必要はない。例えば、水晶は結晶形の非対称性に基づくキラリティーを持っている。また、尿素を特殊な条件で析出させるとらせん状結晶が得られる。らせんの右巻きと左巻きは互いに重ね合わせられないためキラルな物質といえる。生体に働きかける分子(例えば医薬品)がキラルな物質である場合、薬効や毒性などの効果が右手の分子と左手の分子では全く違う場合があるにもかかわらず、融点などの物理・化学的な性質は同じであるため、片方を選択的に作成したり、両者の混合物から片方を分離することは極めて困難であった。野依教授はキラルな分子触媒を巧妙に設計し、キラルでない分子から触媒を用いてキラルな分子を合成することに成功した。
 特に、キラルで微小な孔が多数存在する無機物質が合成できれば、キラルな分子の片方を選択的に合成したりキラルな分子を分離する触媒や分離剤として有効であることはこれまでも指摘されていた。しかし、キラルな無機物質の片方(例えば右手のみ)を人工的に合成した例は極めて少ない。例えば、原子オーダーの孔を有するゼオライトや、らせん構造のゼオライト状物質の合成が報告されていたが、分子をとりこめる適当な大きさのキラルな孔を持った表面積の大きな無機多孔体(微小な穴が多数あいた無機物質)を合成した例はなかった。
 
<研究成果の内容>
 本研究ではアラニン(注2)などのアミノ酸を原料にしたキラルなアニオン性界面活性剤(注3)、ケイ素モノマー(テトラエトキシシラン(注4)および第四級アンモニウム塩(注5)官能基を有するシラン)を混合し、塩酸でpHを調節しながらケイ素モノマーを重合させることにより、シリカを合成した。室温で生成した沈殿物を熟成し、ろ過により分離回収した後、高温で焼成することによって有機物(アニオン性界面活性剤など)を除去して、メソ細孔(注6)を持つシリカを得た。
 この物質はX線回折から六方晶であることが分かるが、電子顕微鏡を用いて観察したところ、断面が130〜180ナノメートル(注7)、長さが6ミクロン(注7)のねじれた棒状物質であることが分かった。この棒状物質は断面が六角形で、内部には非常に多くの(千個程度)のらせん状の細孔が規則正しく配列しており、どの細孔も直径は2.2ナノメートル、ねじれのピッチは1.5ミクロンであった。
 アラニンを原料にしたアニオン性界面活性剤は自己組織化して集合し、キラルなネマチック相(注8)を形成することが知られている。このような自己組織体が鋳型になって、そのまわりでケイ素モノマーが重合してシリカが生成することによって、そのキラルな構造がシリカに転写し、らせん状細孔からなるメソポーラスシリカが得られたものと考えられる。
 
<今後の展開>
 現段階では、個々の棒状物については、キラリティーは形状についても細孔についても一方に統制されている。しかし生成した棒状物の全体をみると、片方のキラリティーを持ったものが100%占めているわけでは無く、もう一方のものも少量混ざっている。この原因としては界面活性剤そのもののキラリティーが純粋でないことが考えられ、この点の改良を続けている。
 らせん状細孔の内部はキラルな環境であり、キラルな分子をキラルでない分子から合成する反応場やラセミ体(注9)から片方のキラルな分子を取り出す分離剤としての用途が期待される。特に界面活性剤を穏和な条件で除去すると、シリカの壁に結合したアミノ基が規則正しくキラリティーを持って配列した構造が得られるものと考えられ、ナノスケールのキラリティーからなる高度な機能の発現が期待される。
 
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: 「環境保全のためのナノ構造制御触媒と新材料の創製」
(研究総括:御園生 誠(工学院大学工学部 教授))
研究期間: 平成14年度〜平成19年度
 
<用語解説>
図1
図2
 
<本件に関する問い合わせ先>
 横浜国立大学 大学院工学研究院
 辰巳 敬(たつみ たかし)  
 Tel: 045-339-3943/FAX: 045-339-3941
 
 独立行政法人科学技術振興機構
 特別プロジェクト推進室
 甲田 彰(こうだ あきら)
 TEL: 048-226-5623/FAX: 048-226-5703
 
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