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科学技術振興機構報 第592号

平成20年12月8日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL http://www.jst.go.jp

生きたがん細胞だけを光らせる"スマート検査分子"の開発

(超微小がんの診断、外科手術時に威力を発揮)

 JST基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院薬学系研究科の浦野 泰照 准教授らは、内視鏡検査・手術や外科手術時にがん細胞だけを選択的に光らせ、併せて治療効果もリアルタイムでモニターすることが可能な「スマート検査分子」の開発に世界に先駆けて成功しました。
 近年、PETやMRIなどの手法を活用した全身スキャンのがん診断が広まりつつあります。これらの手法によって検出できるがんのサイズはcmオーダーですが、がんの内視鏡検査・手術、開腹などの外科手術時においては、mmオーダーかそれ以下の小さながん細胞を明確に検出する必要があります。従来これを実現する確実な手法はなく、新しい技術の開発が待ち望まれていました。
 本研究グループは、がん細胞に取り込まれたことを検知して初めて光り出す小さな有機プローブ分子を開発しました。これとがん細胞に特異的に取り込まれる抗体を組み合わせ、がん細胞のみを光らせ、これを検出する技術を開発しました。実際、本技術を微小がんを持つモデルマウスへ適用し、蛍光内視鏡を使って生きている状態でリアルタイムに微小がんを検出し、鉗子で除去するという疑似手術に成功しました。開発したプローブはがん細胞が生きているかどうかを見分けることも可能なので、治療効果をリアルタイムで確認しながら手術を行うことも初めて可能になりました。
 本成果は、術者が外科手術の際に的確に治療すべきがん部位を把握し、治療効果を確認しながら手術を継続できるもので、今後のがん診断・治療に画期的な進展をもたらすものと思われます。特に近年発展の著しい内視鏡技術と組み合わせることで、消化管や腹腔などからアクセスできる臓器がんをほぼすべてカバーできるため、本技術を活用することで、患者に対する負荷を最小限にとどめ、最大限の効率でがん治療を実現することが期待されます。
 本研究成果は、米国NIHの小林 久隆 主任研究員との共同実験で得られたもので、2008年12月7日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Medicine」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域「構造機能と計測分析」(研究総括:寺部 茂 兵庫県立大学 名誉教授)
研究課題名「細胞生命現象解明に向けた高次光機能性分子の精密設計」
研究者浦野 泰照(東京大学 大学院薬学系研究科 准教授)
研究実施場所東京大学 大学院薬学系研究科
研究期間平成16〜19年度
 JSTはこの領域で、新現象の発見と解明のために欠くことのできない計測・分析技術に関して、革新技術の芽の創出を目指す研究を進めています。上記研究課題では、蛍光プローブなどの光照射により機能を発揮するさまざまな分子を論理的な手法に基づいて精密に設計し、生物領域研究における新観測技法の創出を目指しています。

<研究の背景と経緯>

 がんは、その発見時の進行度により患者の予後が大きく左右される疾患です。実際、胃がん、肺がん、結腸がん、乳がんなど主要部位のがんで、早期ステージのがん除去・治療で良好な生存率を示すデータが得られており、がんの早期発見の重要性が示されています。この意味で、いかに初期の小さながんを見つけ、これをいかに確実に除去・治療するかが、現在のがん医療の1つの大きな課題となっています。
 従来用いられてきたがん診断法(がんイメージング法)としては、PET(Positron Emission Tomography;陽電子放出断層撮影)やSPECT(Single Photon Emission Computed Tomography;単一光子放射型コンピュータ断層撮影法)、MRI(Magnetic Resonance Imaging;核磁気共鳴イメージング)、US(ultrasonography;超音波)技法などがあります。例えば既存のイメージング法の代表例として、がん細胞で糖(グルコース)の取り込みが亢進していることを利用した、18F-FDG(Fluoro Deoxy Glucose)を用いたPETイメージング法が挙げられます。PET法は、放射性薬剤を用いることに由来する施設上の制約や、空間分解能の検出限界がmmオーダーであることなどいくつかの問題を抱えていますが、その高い感度のため、現在最も実用化が進んでいるがん診断法です。またMRIは、PETを凌駕する非常に高い空間分解能での測定が可能であり、解剖学的情報が得られる非常に有用な方法として活用されています。
 しかし、これらの画像化手法には共通の問題点が存在します。これらの手法はいずれも、がん細胞に特異的に集積するプローブを用いる必要がありますが、投与したプローブのうち、がん細胞に取り込まれるプローブの量は極めてわずかで、ほとんどのプローブは全身に拡散していくという点です。つまり、がん選択性が十分に高いプローブであっても、バックグラウンドに拡散していくプローブの方が圧倒的に多いわけです。さらに悪いことに、これらのプローブは、がんに取り込まれてもバックグラウンドに拡散しても、全く同じシグナルを発してしまいます。従って、バックグラウンドに由来するシグナルがとても強い場合、小さながん病変を確実に検出することはほとんど不可能です。これがこれまでの診断法に共通する大きな問題点です(図1a)。
 上述のがんイメージング法と比較して、光を検出原理とする技法は、光が元来生体組織を透過しにくいため、がんイメージング法としては敬遠されてきました。しかし、現在では内視鏡技術の進展により、体内臓器のほとんどに光を照射することが十分可能となっています。また、がん摘出手術の現場で、術者は光の届く眼前に患部を見ながら外科手術を行います。さらに光を活用した手法に必要な装置は極めて単純、安価であることから、優れたイメージング技術が確立されれば、それが臨床現場に一気に広がり、医療技術を大きく変える可能性も持っています。そこで、本研究グループは内視鏡検査・手術や外科手術時に、複雑な生体組織の中の微小がんを明確に、高い選択性を持って検出することを可能にするプローブ分子の開発を目指し、研究を進めました。

<研究の内容>

 本研究グループは、蛍光を原理とするイメージング手法は、従来の技法では実現不可能だった疾患部位と正常部位の質的な差異を見分けて、これを画像化する可能性を持つと考えました(図1b)。もちろん、このような疾患部位特異的な蛍光イメージングを実現するためには、がん細胞を見分けて、そこだけを光らせるスマートな機能を持つ分子、いわゆる「蛍光プローブ注1)」の精密設計・開発が必要です。本研究グループの東京大学 大学院薬学系研究科の浦野准教授は、さまざまな生体分子・環境を検知して初めて光り始める蛍光プローブの論理的設計手法を、世界に先駆けて確立しました。実際これまでに、本設計手法を活用して、生きている細胞の中で起きているさまざまな事象を高感度・高選択的に検出可能な蛍光プローブを、数多く開発することに成功しています。そこで本研究グループは今回、本設計手法を活用し、がん細胞を特異的に光らせる蛍光プローブの開発に着手しました。しかし、一般に動物個体などにおけるin vivoがんイメージングを考える場合、小さな有機分子である蛍光プローブの体内動態を精密に制御し、高い選択性を付与することは極めて難しいことです。そこで、小さな有機分子プローブと抗体などの大きな分子とを組み合わせたイメージングプローブを開発し、このプローブががん細胞に取り込まれたことを検知する機能を有機小分子プローブに持たせるよう工夫しました。
 がん細胞に選択的に取り込まれる抗体は、現在では抗体医薬として治療に用いられるなど、数多く知られています。これら抗体の細胞への取り込みは、細胞表面抗原への結合をトリガーとするエンドサイトーシス経路注2)で起こり、抗体は最終的に細胞内オルガネラの1つであるリソソーム注3)へと運搬されることが分かっています。そこで本研究グループは、細胞内リソソームの特徴的な環境を認識して初めて蛍光性となる蛍光プローブを開発し、これをがん特異的抗体に結合させたプローブ複合体を作れば、高選択的in vivoがんイメージングを実現できるものと考えました(図2)。具体的には、リソソーム内は通常の細胞内環境と異なり弱酸性であることに着目し、中性条件下では蛍光を持たず、弱酸性環境を検知して初めて光る蛍光プローブの開発を行いました。
 はじめに、アニリン部位を酸性環境認識部位、BODIPY注4)を蛍光団とすることで、pKa(蛍光・無蛍光の境目となるpH)の異なる一連の弱酸性環境検出蛍光プローブ群の開発に成功しました(図3)。次に、これらの小分子蛍光プローブを、代表的ながん特異的抗体であるHerceptin注5)へと共有結合を介して結合させ、蛍光プローブと抗体からなるがんイメージングプローブ複合体を作りました。
 開発したプローブ複合体を、Herceptinを取り込むことが知られているHER2という上皮成長因子受容体注6)が発現している培養細胞で実験してみました。その結果、pHに関係なく常に強い蛍光を発する蛍光団を結合させた抗体("Always on"と表記します)では、取り込まれる以前から蛍光を発しており、がん細胞に取り込まれずに残る薬剤によるバックグラウンド蛍光が極めて強い結果が得られました。これは従来法が持つ欠点である、プローブはどこにあってもシグナルを発する状態であり、このような蛍光団−抗体の複合体ではがん細胞だけの選択的な検出はできません。一方、弱酸性環境下で初めて蛍光を発するプローブを結合させた抗体("pH-Activatable"と表記します)を適用した系では、細胞外に存在するプローブは無蛍光であり、細胞に取り込まれ、細胞内リソソーム内へと運搬されて初めて蛍光を発するという、当初期待した通りの機能を有することが明らかとなりました(図4左)。
 そこで次にHER2陽性がん細胞を肺に播種させたがんモデルマウスに、静脈内注射によりプローブを投与し、1日後に開腹して肺の蛍光スペクトルイメージングを行いました。その結果、"Always on"プローブを投与したマウスでは、がん部位だけでなく、筋肉組織や血中など体内の至るところが蛍光を発しており、微小がんのイメージングは不可能であることが確認されました。一方、弱酸性環境下で初めて光る"pH-Activatable"蛍光プローブを結合させた抗体を投与したマウスでは、がん部位のみが高選択的に蛍光を発しており、バックグラウンド蛍光は極めて低いレベルに抑えられていることが判明しました(図4右上)。さらに心臓と肺を体外に取り出してex vivoイメージングを行ったところ、"Always on"マウスではがん部位のみでなく、肺の表面や心臓からも蛍光が観測されたのに対して、弱酸性環境検出"pH-Activatable"プローブ複合体を投与したマウスでは、がん部位のみが強い蛍光を発しており、1mm以下のごく微小ながんであっても、これを高感度・高選択的に蛍光イメージング可能であることが分かりました(図4右下)。
 今回開発することに成功した手法の大きな特徴は、小さな分子である蛍光プローブと、がん特異的なエンドサイトーシスを引き起こす大分子(抗体など)の組み合わせによって達成されている点にあります。つまり、蛍光の色を変えたければプローブ側を変えればよく、HER2受容体の発現しているがん以外のがんのイメージングを行いたければ、そのがんに特徴的な受容体をターゲットにする抗体やリガンドを用いればよいという、極めて汎用性の高いプローブ設計法です。実際、前述の肺がんマウス以外にも、腹腔内に卵巣がん細胞を播種したモデルマウスを用い、この細胞がガラクトース提示たんぱく質をエンドサイトーシス経路で取り込むことを利用して、高選択的ながんイメージングにも成功しました。さらに、生きているマウスの腹腔を内視鏡で観察することで、微小がんを高感度に検出することにも成功、本手法が実際のがん診断や手術に直結する技術であることも確かめました。
 "pH-Activatable"プローブは酸性環境に置かれると初めて光りますが、もう一度中性環境に戻すと光らなくなります。この蛍光On/Offの可逆性を活用することで、がん治療効果をその場で可視化することも可能であることが分かりました。生きているがん細胞は、ATPなどのエネルギーを使ってリソソーム内にプロトンをくみ上げることで、その酸性環境を維持しています。しかしがん治療が奏功し、がん細胞が死ぬとエネルギー源が枯渇するため、リソソーム内の酸性環境は失われ、周辺環境である中性へと戻ります。従って、今回開発した"pH-Activatable"がんイメージングプローブを用いて蛍光可視化したがん細胞は、細胞が生きている間だけ蛍光を発し、がん治療の結果細胞が死滅すると光らなくなることと思われます。つまり、がん治療効果を目前で確認しながらの治療が可能となるわけです。実際、培養細胞系、肺がんモデルマウス系にエタノール治療技法注7)を適用し、がん細胞の殺傷を蛍光の消光で検出できることを確認しました。がん治療効果をリアルタイムで確認しながら手術を行うことが可能な医療技術の本格開発につながる成果と考えます。

<今後の展開>

 本研究グループが開発した弱酸性環境蛍光プローブとがん特異的抗体の組み合わせによる新しいがんイメージング法は、従来の診断法の欠点を克服し、mm以下のサイズのがん細胞であっても、これを高選択的に光らせることができる極めて有望な医療技術です。また、本技法はがん治療効果をリアルタイムに把握できる特徴も有していることから、内視鏡下手術によるがん治療の可能性を拡大させるものと考えられます。さらに、本技法は、実際の患者へ容易に投与可能ながん抗体・蛍光プローブをベースとする技術であり、その安全性が高い点も大きな特徴です。手術前日から数時間前にプローブを少量投与するだけで、術者は治療すべきがん部位を明確に判断できることから、蛍光内視鏡下手術、あるいは開腹外科手術時に極めて有用な技術と言えます。近い将来、実際のがん臨床に画期的な役割を果たすことが期待されます。

<参考図>

図1 従来のがん診断技法と、本研究チームが今回開発に成功した蛍光を活用した高選択的がんイメージング手法
図2 がん細胞表面抗原に対する特異的抗体を活用した高選択的in vivoがんイメージングの実現
図3 論理的設計法に基づく、弱酸性環境検出蛍光プローブ群の開発
図4 弱酸性環境検出蛍光プローブとがん特異的抗体の組み合わせを活用した、高選択的in vivoがんイメージング
<用語解説>

<論文名>

"Selective molecular imaging of viable cancer cells with pH-activatable fluorescence probes"
(pH感受性蛍光プローブの活用による生きているがん細胞の特異的分子イメージング)
doi: 10.1038/nm.1854

<問い合わせ先>

浦野 泰照(ウラノ ヤステル)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬品代謝化学教室
〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-4854 Fax:03-5841-4855
E-mail:

小林 久隆(コバヤシ ヒサタカ)
米国National Institute of Health, National Cancer Institute
Molecular Imaging Program
Bldg. 10, Room 1B40, MSC 1088, 10 Center Dr., Bethesda, MD 20892-1088, USA
E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
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