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科学技術振興機構報 第587号

平成20年11月17日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL https://www.jst.go.jp

診断と予防で糖尿病患者のQOL向上に貢献するベンチャー企業設立

(JST大学発ベンチャー創出推進の研究開発成果を事業展開)

 JST(理事長 北澤 宏一)は、産学連携事業の一環として、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進しています。
 平成17年度に開始した研究開発課題「DNAアプタマーおよび機能性樹脂を用いる糖尿病血管合併症診断キットおよび治療薬開発ベンチャーの創出」では、糖尿病血管合併症注1)早期発見のための診断キットの開発に成功しました。また、この成果をもとに平成20年10月10日、メンバーらが出資して「株式会社 いぶき」を設立しました。
 終末糖化産物(AGEs) 注2)は、糖尿病の発症や進展に深く関わっていることが分かっていましたが認識・検出が難しいため、診断などに用いられてきませんでした。
 本研究開発では、糖尿病血管合併症早期発見のために、AGEsを抗体ではなくDNAアプタマー注3)を用いて認識させることで、糖尿病の初期段階から診断を容易に行うことに成功し、診断キットを開発しました。また、AGEs研究を発展させるために、組織染色キットも開発しました。これにより、これまで分からなかった糖尿病血管合併症が起こる仕組みの研究が進むものと期待されます。
 さらに、これらキットを使って、身体の中でAGEsを作らせない物質(AGEs生成阻害物質)や、すでにできてしまったAGEsに結合して分解を速める物質(AGEs結合物質)を天然素材より抽出しました。これらの一部は現在、機能性食品として販売されており、今後、化粧品や化成品などへの利用が検討されています。
 今回の「株式会社 いぶき」設立により、プレベンチャー企業および大学発ベンチャー創出推進によって設立したベンチャー企業数は、85社となりました。

今回の企業の設立は、以下の事業の研究開発成果によるものです。
 独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進
研究開発課題 「DNAアプタマーおよび機能性樹脂を用いる糖尿病血管合併症診断キットおよび治療薬開発ベンチャーの創出」
開発代表者 井上 浩義(慶應義塾大学 医学部 教授/前 久留米大学 医学部教授
起業家 近藤 健二
研究開発期間 平成17~19年
 独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進では、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業および事業展開に必要な研究開発を推進することにより、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャーが創出され、これを通じて大学などの研究成果の社会・経済への還元を推進することを目的としています。
 )平成20年3月まで久留米大学所属

<開発の背景>

 日本における糖尿病患者数は820万人で、観察が必要な人は、さらに1050万人にも上ります(平成19年調査)。この数は今後も増加していくものと予想されています。事実、糖尿病の検査項目である「ヘモグロビンA1C(HbA1C)」の検体件数は2000年には400万件程度であったものが、2007年には倍以上の840万件に増加しています。また、同じく糖尿病の検査項目である「尿中アルブミン」の検体数も2007年には2000年の3倍以上となっています。糖尿病の早期発見・早期治療の実現は、患者のQOL(Quality of Life)の向上を図るとともに、ひいては予防医学として医療経済学的観点からも期待されているところです。

 しかし、糖尿病に対する意識の向上および診断方法の確立が求められているのにもかかわらず、現状の診断方法では、病状にある程度の進展がないと診断することができません。このような現状を踏まえて、これまで学会などでは広く、糖尿病の初期から血液中に増加する血中終末糖化産物(AGEs)を診断材料として利用する有用性が認知されていたものの、従来技術による抗体を用いた診断方法は、AGEsの生化学的構造により抗体を作ることができないことから応用できず、糖尿病の初期段階での有効な診断方法はありませんでした。

<研究開発の内容>

 慶應義塾大学 医学部の井上 浩義 教授らは、AGEsを抗体ではなく一本鎖塩基であるDNAアプタマーを用いて認識させることで、糖尿病の初期段階から容易に診断を行うことに成功しました。そして、その診断方法をもとにDNAアプタマーを用いた血中AGEs測定キットと組織AGEs染色キットの開発にも成功しました。本診断キットは、5年後に保険適用となることを目指します。
 また、これらのキットを用いて、機能性食品成分ライブラリーから身体の中でAGEsを作らせない物質(AGEs生成阻害物質)や、すでにできてしまったAGEsに結合して分解を速める物質(AGEs結合物質)を抽出し、天然素材によるAGEs吸着食品素材・成分なども開発しました。これら製品の一部は、機能性食品としてすでに発売されており、今後、化粧品や化成品などへの利用を検討しています。
 さらに、このDNAアプタマーを用いた糖尿病血管合併症治療薬およびAGEs特異的吸着樹脂を用いた透析カラム注4)の開発に端緒を開き、実用化を進めています。

<今後の事業展開>

 本事業を進展させることにより、5年後に売上高12億円の企業を目指し、現在進めている医療用医薬品の開発メーカーとしての地位を築く計画です。また、DNAアプタマーは加工が容易であることから短時間で目的とする物質の製造が可能で、アイデア次第で多様な製品への展開も見込めます。DNAアプタマーを利用したこの診断技術を新たな分子認識方法として、今後多角的に発展させていく方針です。

<用語説明>

注1)糖尿病血管合併症
 高血糖が長期間持続することによって生じる動脈硬化、糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症などを指す。

注2)終末糖化産物(Advanced Glycation End-products; AGEs)
 糖(還元糖)とたんぱく質がメーラード反応で結合した物質。食品中や生体内で生じる。

注3)DNAアプタマー
 遺伝子本体であるDNAは通常は2本が絡み合って存在する。この2本鎖を解いて、1本にすると特異的に物質を認識するようになる。この現象を利用して、抗体などでは認識できない物質の認識や捕捉に利用されるようになった。米国では、このアプタマーを用いた医薬品がFDA(米国食品医薬局)に承認され、医療用薬剤として広く利用されている。

注4)AGEs特異的吸着樹脂を用いた透析カラム
 腎透析などを実施する際に、身体に蓄積したAGEsを取り除くことを目的とした血液濾過装置に付属させる用具。


<本件お問い合わせ先>

株式会社 いぶき
本社:〒223-0062 横浜市港北区日吉本町1-8-33-303
研究所:〒830-0042 福岡県久留米市荘島町8-5-101
母里 彩子(モリ アヤコ)
Tel:0942-32-4906 Fax:0942-32-4909
E-mail:

独立行政法人 科学技術振興機構 産学連携事業部 技術展開部 新規事業創出課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
中村 武広(ナカムラ タケヒロ)、浅野 保(アサノ タモツ)
Tel:03-5214-0016 Fax:03-5214-0017