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科学技術振興機構報 第584号

平成20年11月10日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL http://www.jst.go.jp

脳動脈瘤の感受性遺伝子を同定

(くも膜下出血の予防法開発に期待)

 JST基礎研究事業の一環として、東海大学 総合医学研究所の井ノ上 逸朗 教授らは、くも膜下出血の主な原因である脳動脈瘤の感受性遺伝子注1)を同定しました。
 くも膜下出血は脳卒中注2)の10%を占め、そのほとんどが脳動脈瘤の破裂によるものです。そのため、くも膜下出血の制圧には脳動脈瘤の機序発生解明が不可欠ですが、これまで多くの研究がなされてきたにもかかわらず、脳動脈瘤発生の仕組みについてはよく分かっていませんでした。
 本研究グループは、2200例のヨーロッパ白人および日本人の脳動脈瘤患者群と、8000例の脳動脈瘤を持たない人から得た対照群、それぞれから得た検体の血液を用いた、ゲノム全域にわたる30万ヵ所のSNPタイピングによる大規模遺伝子多型注3)解析から、脳動脈瘤感受性にかかわる3つの遺伝子領域を見つけました。脳動脈瘤感受性にかかわる遺伝子領域の報告はこれまでもありましたが、異なる集団で共通に関与する危険因子では初の同定と言えます。それぞれの遺伝子多型の関与はオッズ比注4)で1.4−1.6程度ですが、これらをすべて有するとオッズ比7.0と強い関与を示します。
 また血管の再構成に関与する可能性がある遺伝子としては、SOX17とCDKN2Aが見つかりました。これらの遺伝子がどのように脳動脈瘤発生に関与するかを検討することにより、そのメカニズムを知ることができ、将来的には予防法や治療法の開発につながるものと期待されます。
 本研究は、米国・エール大学 医学部脳神経外科のムラート グネル准教授と共同で行われ、検体収集はフィンランド・ヘルシンキ大学、オランダ・ユトレヒト大学、東京女子医科大学、千葉大学の協力を得ました。
 本研究成果は、2008年11月9日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Genetics」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤技術」
(研究総括:笹月 健彦 国立国際医療センター 名誉総長)
研究課題名 sub-common diseaseの感受性遺伝子同定と個人型易罹患性診断への応用
研究代表者 井ノ上 逸朗(東海大学 総合医学研究所 教授)
研究期間 平成15年10月〜平成20年3月
 JSTはこの領域で、ゲノム情報を活用した創薬・個々人の体質に合った疾病の予防と治療―テーラーメイド医療―の実現を目指し、その基盤となる研究に取り組んでおります。上記研究課題では、比較的遺伝背景が強く、ある程度の頻度を有するsub-common diseaseをモデル疾患とし、疾患感受性遺伝子を同定して、精度の高い易罹患性推定モデルの構築を目指します。

<研究の背景と経緯>

 脳動脈瘤は脳内の動脈に風船のような瘤(こぶ)が生じる疾患です。脳動脈瘤の破裂により、くも膜下出血をきたします。重篤なくも膜下出血では約半数が発症後死に至り、20%程度に重症度の後遺症が残ります。くも膜下出血はいわゆる働き盛りを突然襲う怖い疾患であり、高齢者においては寝たきりの原因ともなっています。脳卒中の中で脳梗塞、脳内出血の抑制にはある程度成功しているものの、くも膜下出血の頻度と死亡率はここ20年変動していません。くも膜下出血の主な原因である脳動脈瘤の発生メカニズムを解明することは、脳動脈瘤の新しい予防法や治療法の開発にとって重要です。
 脳動脈瘤は無症状なうえ発生頻度が非常に高く、家系性・遺伝的背景が強いとされています。また、喫煙や飲酒習慣、高血圧なども関与していると言われていますが、その発症メカニズムには不明な点が多く残されています。脳動脈瘤関連遺伝子が同定されれば発生メカニズムの全容解明につながり、予防法や治療法の開発に向けた大きな前進が期待できます。しかし上記のように、脳動脈瘤も糖尿病や高血圧などと同様、多因子性疾患の1つであり、複数の遺伝因子や環境因子が複雑なかたちでその発生リスクに関与していると考えられています。
 本研究グループは、遺伝因子解明のために、これまでに多くの連鎖解析注5)などの遺伝解析を行い、その結果から脳動脈瘤には単一で大きな効果を有する感受性遺伝子は存在せず、弱い効果を有するいくつかの感受性遺伝子が重なりあい発症するものと予想しました。いわゆるCommon Disease-Common Variant(CD-CV)仮説注6)に従う疾患と考えられ、これにはゲノム全域の患者対照関連解析(アソシエーション・スタディ)注7)が有効な解析手法です。そこで本研究グループは、ゲノム全域からの感受性遺伝子を検出するアプローチを採用し、十分な検体を収集するために多施設での大規模スタディを計画しました。

<研究の内容>

 本研究グループは米国・エール大学との国際多施設共同研究によって、ヨーロッパ白人および日本人による多数の検体で脳動脈瘤患者・対照関連解析を行い、人種の集団を超えて疾患と関連する遺伝子同定を目指しました。エール大学チームが遺伝子型タイピングを、計算機をもちいた膨大な情報の統計遺伝解析を本研究グループが担当しました。
 具体的には、2200例のフィンランド白人、オランダ白人、日本人の脳動脈瘤患者群と、8000例の脳動脈瘤を持たない人から得た対照群、それぞれから得た検体の血液を用いた、ゲノム全域にわたる30万ヵ所のSNPタイピングによる大規模遺伝子多型解析を行いました。今回の解析では、異なる人種からなる集団での検討を可能とするため、データの品質管理について厳格に行う必要がありました。人種ごとの集団において、母集団と異なる遺伝背景を有する個人(移住者など)は解析から除いています。フィンランド白人とオランダ白人の集団のみならば、遺伝子多型頻度は似通っているので直接的な比較検討ができますが、日本人とは多型頻度が異なりオッズ比も若干異なります。本研究では、それらを統合して有意差検定する必要があったため、集団間のオッズ比を揃えて、そこから得られる推定値とのずれで検定を行っています。さまざまな統計学的手法を組み合わせた結果、ゲノム全域で4ヵ所に患者・対照間の強い有意差を認め(図1)、日本人検体を含めた解析で2、8、9番染色体の3ヵ所に遺伝子領域を絞ることができました(表1)。それぞれの多型の関与の強さはオッズ比(実際には遺伝子型相対リスク注8))で1.4−1.6であり、遺伝子型相対リスクあると考えられます。3ヵ所の遺伝子領域にはSOX17とCDKN2A遺伝子が存在しており、血管組織の再構成に関与する可能性が示唆されました。なお、2番染色体多型の近傍には遺伝子は存在していません。
 また3ヵ所の多型について相乗的相互作用を検討したところ、日本人患者においてリスク遺伝子をすべて有する頻度は約2%で、オッズ比は7.0となり(表2・赤文字部分)、強い危険要因となりうることが示されました。

<今後の展開>

 くも膜下出血は重篤な疾患であり、その大きな原因となっている脳動脈瘤発生機構の解明は重要です。今回、ヨーロッパ白人および日本人で異なる人種集団によるゲノム全域を網羅した大規模スタディを行い、共通して関連する遺伝子多型を同定したことにより、今後、脳動脈瘤発生に関与する共通の要因がどのようなメカニズムで脳動脈瘤を発生させるかについて研究が進むと予想されます。また、脳動脈瘤遺伝要因が明らかになれば新規治療法開発や予防法に結びつくと期待されます。
 また、遺伝要因解明によりどのような脳動脈瘤が破裂しやすいか予測できるようになれば予防診断を行い、ハイリスク者を事前に検査・抽出して外科的処置(クリッピング、コイル塞栓)によって脳動脈瘤を治療することも可能となります。
 よく知られているように喫煙・飲酒習慣や高血圧なども危険因子であることから、遺伝要因との相互作用についても研究を進めていく必要があります。

<参考図>

図1 ゲノム全域患者対照関連解析(アソシエーション・スタディ)
表1 ゲノム全域でのアソシエーション・スタディの結果得られた遺伝子多型
表2 3ヵ所の感受性遺伝子多型間での相乗的相互作用の解析
<用語解説>

<論文名>

"Susceptibility loci for intracranial aneurysm in European and Japanese populations"
(ヨーロッパ人、日本人における脳動脈瘤感受性遺伝子座)
doi: 10.1038/ng.240

<お問い合わせ先>

井ノ上 逸朗(イノウエ イツロウ)
東海大学 総合医学研究所 ゲノム多様性解析部門
〒259-1143 神奈川県伊勢原市下糟屋143
Tel:0463-94-1121 Fax:0463-94-8884
E-mail:

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
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