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科学技術振興機構報 第570号

平成20年9月30日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL http://www.jst.go.jp

室温で働く強磁性・強誘電性物質を開発

(極めて多くの情報を記録できる新タイプのメモリーへ前進)

 JST基礎研究事業の一環として、上智大学 理工学部の坂間 弘 教授と市川 能也 元助教(現 京都大学 化学研究所 助教)らの研究グループは室温で動作するマルチフェロイック物質注1)の作製に成功しました。
 現在使われているメモリーは、多くの場合、強誘電性あるいは強磁性のどちらか一方を利用して情報の記録を行っています。マルチフェロイック物質は強誘電性と強磁性を併せ持つ物質で、これをメモリー素子として用いれば原理上非常に多くの情報を記憶することができます(多値メモリー注2))。しかし、従来から知られているマルチフェロイック物質は、マイナス130℃以下の低い温度でしか強誘電性と強磁性を同時に示しません。そのため、メモリーやセンサーなどとして実用化するために、室温で動作するマルチフェロイック物質の開発が望まれていました。
 本研究グループは、原子レベルで平坦なチタン酸ストロンチウム(111)の面に、レーザーアブレーション法注3)で鉄酸ビスマスとクロム酸ビスマスを1原子層ずつ交互に堆積させて2種類の物質からなる超格子注4)を作製し、それが室温で強誘電性と強磁性を併せ持つことを明らかにしました。
 今回の成果は、多値メモリーだけでなく、強磁性と強誘電性が同じ物質の中で相互作用する電気磁気効果注5)を利用した全く新しいデバイスの実現などにつながるものと期待されます。
 本研究成果は、2008年10月3日(日本時間)に応用物理学会の欧文速報誌「Applied Physics Express」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 ナノテクノジー分野別バーチャルラボ
研究領域「環境保全のためのナノ構造制御触媒と新材料の創製」
(研究総括:御園生 誠 (独)製品評価技術基盤機構 理事長)
研究課題名「分子の特性を最大に引き出すナノサイズ構造体がつくる場の研究」
研究代表者中村 振一郎
((株)三菱化学科学技術研究センター 基盤技術研究所 計算科学技術室三菱化学フェロー)
共同研究者坂間 弘
(上智大学 理工学部 教授)
研究期間平成16〜19年度
 JSTはこの領域で、ナノメートルオーダで内部構造、表面構造を精度よく制御した材料を用いて、化学プロセスの高効率化、高選択化を果たし、環境への負荷を大きく低減させることを目標にしています。上記研究課題では、生体をナノ構造体としてとらえ、計算科学とナノ領域実験科学を融合することによってその機能メカニズムの原理に迫り、環境負荷最小の新材料の創製を試みました。

<研究の背景と経緯>

 強誘電性と強磁性を併せ持つマルチフェロイック物質は、全く新しいデバイスが作れるのではないかとの期待から応用面でも注目され、これまでに数多くの研究がなされてきました。
 しかし、電気分極と磁化が共存する真のマルチフェロイック物質がなかなか見つかりませんでした。そのうち、反強磁性ではあるものの強誘電性を示すMn系ペロブスカイト酸化物(YMnO3など)でも電気磁気効果の発現を示唆する結果が得られ、研究の重心はそちらに移りつつありました。ただし、一般的にこれらの反強磁性強誘電性物質の示す電気磁気効果は小さく、かつ極めて低い温度でしか発現しません。
 一方、ビスマスをAサイト注6)に持つBiペロブスカイト酸化物も反強磁性と強誘電性を示すことは古くから知られていましたが、2003年に米国・メリーランド大学のWangらにより、薄膜の鉄酸ビスマス(BiFeO3)が強磁性と強誘電性を室温において同時に示すとの報告がなされ、真のマルチフェロイック物質の発見かと騒がれました。結局それは後になって否定されましたが(磁気的には反強磁性)、この物質は巨大電気分極を持つことが分かり、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)などに替わる非鉛系の新しい強誘電体として脚光を浴びることになりました。さらに、その一連の過程において、真のマルチフェロイック物質であるマンガン酸ビスマス(BiMnO3)やニッケル酸マンガン酸ビスマス(Bi2NiMnO6)が発見されました。しかし、これらが強磁性を示すのはやはりマイナス130℃以下の低温のみでした。
 このように今まで多くの研究が行われてきたにもかかわらず、室温において強磁性・強誘電性を示す真のマルチフェロイック物質は未だ見つかっていませんでした。

<研究の内容>

 本研究グループでは、真の室温マルチフェロイック物質を作製するために、安定な強誘電性を示す物質の中から適当なものを選び出して強磁性を付与するというコンセプトを採用し、京都大学、兵庫県立大学、東北大学、富士通研究所の協力を得て研究を行いました。
 特に注目したのは、低温において強磁性と強誘電性を持つBi2NiMnO6です。これは高圧合成という特殊な方法で作ります。この物質は、Bサイト注6)のNi2+とMn4+が自己秩序化して交互に配置され、Kanamori-Goodenough則(K−G則)注7)によって隣り合うNi2+とMn4+のスピンの向きが一致することで全体として強磁性化します。しかし、この物質は上述のように低温でしか強磁性を示さないため、同じメカニズムでさらに高温でも強磁性となる可能性のある物質を理論的予測も考慮に入れながら探した結果、今回の成果の母物質である鉄酸クロム酸ビスマス(Bi2FeCrO6)が浮上しました。
 しかし、Bi2FeCrO6はBi2NiMnO6と違ってBサイトのFe3+とCr3+が無秩序に配列してしまい、スピンが強磁性的に揃いません。それは、Fe3+とCr3+の価数が同じでイオン半径が近く、混ざり易いためです。そこで、Fe3+とCr3+を強制的に交互に配列させるため、平らな基板上に鉄酸ビスマス(BiFeO3)とクロム酸ビスマス(BiCrO3)を交互に1原子層ずつ堆積し、これらの2つの物質による超格子(BiFeO3/BiCrO3超格子)を人工的に作製しました(図1)。
 BiFeO3とBiCrO3を1原子層ずつ層状に成長させるためには、結晶構造が同じで格子定数の近い成長基板を選ばなければなりません。また、K−G則を利用して隣り合う原子層中のFe3+とCr3+のスピンの向きを揃えるにはFe3+とCr3+がO2-を介して180度に近い角度で直接結合していなければなりません。そこで、そのような条件を満たす基板としてチタン酸ストロンチウム(SrTiO3(111))を選択し、この表面をウエットエッチング注8)により原子スケールで平坦化しました。
 また、平坦化したSrTiO3(111)表面上に1原子層ずつ堆積させる技術を確立しました。成長はレーザーアブレーション法により行いました。なお、1原子層ずつ成長しているか否かの判断、およびそれぞれの原子層の成長の切り替え時の把握のために、RHEED振動注9)を利用しました(図2)。まず、BiFeO3とBiCrO3がそれぞれで基板上に1原子層ずつ成長する条件を見いだし、それを参考に交互に堆積させた時の各原子層の成長最適条件を割り出して、BiFeO3/BiCrO3超格子作製条件を決定しました。
 高分解能透過電子顕微鏡(TEM)による断面観察によって、超格子における原子配列が基板のそれとほぼ等しいこと(図3)や、作製した超格子の磁性および誘電性を確認しました。その結果、室温における飽和磁化はFe3+とCr3+各1イオンあたりの平均値として、1.7μB(μBはボーア磁子)を得ました(図4)。これはFe3+とCr3+のスピンが理想的に強磁性的秩序(スピンの向きが揃った状態)を作った場合の値4.0μB よりは小さいが、それらがフェリ磁性的秩序(スピンが互いに反対方向を向いた状態)を作った場合の値1.0μBより明らかに大きい値で、超格子が室温において確かに強磁性を示すことを表します。また、走査型非線形誘電率顕微鏡(SNDM)で正負の電圧印加による電気分極の反転を観測し、室温で強誘電性を持つことも確認しました(図5)。

<今後の展開>

 本研究で作製に成功したマルチフェロイック物質は室温で動作することから、まず第一に多値メモリーへの応用が期待されます。たとえば、FeRAMとMRAMはそれぞれ代表的な強誘電体メモリーと強磁性体メモリーですが、情報の記録にそれぞれ電気分極と磁化の片方だけの秩序状態を利用しています。この場合、1個の素子には0か1かの2通りの情報が書き込めるため、チップに素子がn個あればチップ全体で2n通りの情報が記録できます。それに対し、マルチフェロイック物質では電気分極と磁化が共存しているために、これで素子を作った場合1個の素子だけで4通りの情報が書き込めます(図6)。従ってチップ全体では4n通りの情報が記録できます。もしnが大きければ、強誘電体メモリーや強磁性体メモリーと比べて、はるかに多くの情報を記録できるメモリー(ハードディスクなど)が実現することになります。
 一方、今回開発したマルチフェロイック人工超格子が電気磁気効果を示すかどうかは現時点では不明です。もしこれが電気磁気効果を示し、それによって磁化を電場で駆動したり電気分極を磁場で制御したりすることができれば、電場で制御できる高速・低消費電力のMRAMやスピンバルブ、磁気光学効果材料などのさまざまな方面への応用も期待できます。
 今回の成果は、室温で強磁性強誘電性は示さないだろうという従来のこの物質に関する理論的予測を覆す結果でもあり、なぜこのような結果が出たかについては、今後の研究によって明らかになると思われます。

<参考図・用語解説>

図1 人工超格子の断面模式図
図2 人工超格子の成長中における高速電子回折(RHEED)像の鏡面反射点の強度振動(RHEED振動)
図3 人工超格子断面の透過型電子顕微鏡(TEM)像(HAADF-STEM像)
図4 人工超格子の室温での磁化曲線
図5 人工超格子の室温におけるSNDM像
図6 マルチフェロイック物質による多値(4値)メモリーの概念図
<用語解説>

<論文名>

"Multiferroism at room temperature in BiFeO3 / BiCrO3 (111) artificial superlattice"
 (BiFeO3 / BiCrO3 (111)人工超格子における室温マルチフェロイズム)

<お問い合わせ先>

坂間 弘(サカマ ヒロシ)
上智大学 理工学部 機能創造理工学科 教授
〒102-8554 東京都千代田区紀尾井町7−1
Tel:03-3238-3435 Fax:03-3238-3341
E-mail:

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
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