JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第551号資料2 > 研究領域:「生命システムの動作原理と基盤技術」
資料2

平成20年度 戦略的創造研究推進事業(CREST・さきがけ)
新規採択研究代表者・研究者および研究課題概要(第2期)


【さきがけ】
戦略目標:「生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出」
研究領域:「生命システムの動作原理と基盤技術」
研究総括:中西 重忠((財)大阪バイオサイエンス研究所 所長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
伊藤 寿朗 テマセック生物科学研究所 主任研究員 植物分裂組織の再生システム  植物は動物とは異なり、一生を通して幹細胞を維持し、たとえ体の大半を失ったとしても、幹細胞が再生することによって成長し続けることができます。本研究は、植物の高い再生能に着目し、モデル植物シロイヌナズナを用いて、植物の再生現象を細胞と分子の言葉で解き明かします。可視化、遺伝学、生化学的アプローチを体系的に行うことによって植物の増殖と分化のバランスを司る細胞間での情報ネットワークの機能発現機構の解明を目指します。
岩楯 好昭 山口大学大学院医学系研究科 助教 アメーバ運動の伸長収縮システムを用いた生物リズムの解明  生物の特徴の一つは、概日リズムや体節のように時間空間的なリズムを自律的に作り出し、乱されても元に戻せることです。細胞のアメーバ運動の伸長収縮は「動く」生物リズムで、その動作原理の理解は自律運動を行うマイクロマシンなど未来のテクノロジーの基礎となります。本研究では、数理モデルと生きた細胞の顕微鏡下のイメージング実験とを駆使し、アメーバ運動における伸長収縮システムの分子実体と動作原理を解明します。
大杉 美穂 東京大学医科学研究所 准教授 母性因子依存的初期胚分裂の特異性と個体発生の保証機構の解明  受精卵に蓄積された母性因子依存的に細胞周期が進行する哺乳動物の初期胚では、分裂期染色体分配も特別な様式で起こることが分かってきました。本研究では、減数分裂から体細胞分裂への転換期にあたる母性因子依存的分裂の特性を明らかにし、染色体分配システムの共通基盤を解明します。また、母性因子依存的分裂がその後の胚ゲノム依存的な体細胞分裂による個体発生に果たす意義の解明を目指します。
小山 時隆 京都大学大学院理学研究科 准教授 植物の概日振動子の観測と相互作用の検出  植物はほぼ一日周期の概日時計を持ち、昼夜の周期的環境変化に適応しています。一つ一つの細胞が時計(概日振動子)をもち、組織・個体で統合的に働いていると予想されていますが、その理解は進んでいません。本研究では、ユニークなモデル植物であるウキクサを材料に、生物発光系を使って細胞毎の概日リズムを観察する手法を開発し、植物個体中の複数の細胞のリズムを同時に測定することで、概日振動子間に働く相互作用の理解を目指します。
小池 千恵子 (財)大阪バイオサイエンス研究所発生生物学部門 研究員 網膜ON・OFF回路基盤と視覚行動制御メカニズムの解析  私たちは、毎日の生活における認識や行動の多くを視覚情報に依存しています。網膜は光情報を神経情報に変換する唯一の神経組織です。視覚については、大脳皮質視覚野で情報処理が行わ れることは良く知られていますが、網膜でも基本となる重要な情報処理が行われています。本研究は、網膜の情報処理の中心となるON・OFF回路を生体工学により解析することで、網膜回路による視覚応答制御の解明を目指します。
佐藤 政充 東京大学大学院理学系研究科 助教 核・細胞質間コミュニケーションと微小管の連携機構の解明  分裂中の細胞では、遺伝情報を正確に後世に伝えるために、微小管と呼ばれる繊維状の構造体が染色体を正確に2個の細胞に分配しています。微小管の異常は細胞の癌化または細胞死を引き起こすため、その制御は重要な課題です。本研究は、細胞内の核・細胞質間のコミュニケーションが微小管の機能と制御に必要不可欠な役割を担うという新しい観点から、ビルドアップ型の新しい遺伝学でそのメカニズムの全容解明を目指します。
白壁 恭子 東京大学医科学研究所 日本学術振興会 特別研究員 自然免疫反応におけるシェディングの役割と制御機構  シェディングは細胞膜の蛋白質を細胞外の膜近傍で切断し細胞外領域を可溶化する翻訳後修飾機構です。すでに自然免疫反応時のマクロファージにおいてシェディングを受ける蛋白質を複数同定していることから、本研究では、これらの蛋白質のシェディングによる活性制御機構を解析し、シェディングの持つ生理的な役割を明らかにします。さらにこれらの蛋白質の局在を詳細に解析する事でシェディングの制御機構の解明を目指します。
鈴木 健一 京都大学物質-細胞統合システム拠点 特任助教 1分子追跡によるラフト量子化信号システムの解明  細胞膜上でのシグナル伝達には、ラフトのようなナノドメインに分子を可塑的に集める機構が重要であることが明らかになりつつあります。本研究は1分子観察法を駆使して、ラフトのシグナル変換機構の解明を目指します。また、バルクで見ると数十分間は続くラフト上の信号が、1分子毎に見ると0.1秒間程のパルス状に活性化されていることから、バルクの長時間信号はパルスの積算として起こるという仮説の正否も本研究で明らかにします。
鈴木 孝幸 東北大学加齢医学研究所 助教 指の個性の決定メカニズムの定量発生生物学による解明  ヒトを含めた陸上四肢類は手足に5本の指を持っており、それぞれの指は前後軸上に沿って特徴ある形態をしています。本研究は、肢芽に発現する分泌因子などのシグナルの出し手の細胞群の空間的な位置情報と、シグナルの受け手の細胞群の時空間的な応答能の情報を、新たに提唱する「定量発生生物学」を用いて解析することにより、なぜぞれぞれの指の形が異なるのか、その発生現象を生化学的・数理学的に解明します。
鳥居 啓子 ワシントン大学生物学部 准教授 植物表皮組織における気孔パターン形成の動的ネットワーク  陸上植物の表皮組織に存在する通気口「気孔」は、陸上植物の繁栄と生存に必要不可欠なだけはなく、地球レベルの大気環境にも大きな影響を与えています。本研究は、葉の発生過程において未分化細胞のシートからどのようにして自律的に気孔のパターン形成が起こるのか、その分子基盤と制御ネットワークの動態を、モデル植物シロイヌナズナの実験生物学と数理モデルを駆使することにより明らかにします。
本田 賢也 大阪大学大学院医学系研究科 准教授 可視化を通して解析する消化管粘膜免疫系の誘導維持機構  病原体認識による自然免疫系細胞の活性化機構が、近年、分子レベルで語られるようになってきており、次のステップとして、病原体と宿主のインタフェースにおけるリアルタイムでの免疫反応を、in vivoで理解することが求められています。本研究は、消化管免疫システムに重点を置き、生体イメージング技術を取り入れ、消化管内での細菌と宿主細胞の相互作用を明らかにし、一連の免疫反応を線として捉えることができる解析法を確立します。これにより、炎症性腸疾患をはじめとする免疫難病への新たな治療法の創出を目指します。
南野 徹 大阪大学大学院生命機能研究科 助教 細菌べん毛蛋白質輸送装置の動作機構の解明  蛋白質の局在化は細胞機能の、つまりは生命活動の根幹をなす現象であり、非常に特異性の高い反応です。この局在化に関わる蛋白質の生体膜を越える輸送には、エネルギーを必要とします。本研究は、光学顕微ナノ計測装置を開発し、遺伝学的機能解析法と組み合わせることで、生体膜に埋め込まれた蛋白質輸送装置の高精度でしなやかな、熱揺らぎまでも上手に取り入れて動作する巧妙な仕組みの解明を目指します。
森田 美代 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 准教授 重力受容を可能にするオルガネラ動態制御の分子基盤  植物の根は地中へ、茎は空に向かって伸びていきます。植物は重力の方向に対する自分の体の傾きを知り、器官を曲げる運動(重力屈性)を行います。重力屈性は昔から研究されてきましたが、その分子メカニズムを遺伝子やタンパク質の機能からや読み解く試みが始まったのは最近です。本研究では、この重力の方向を知る仕組みの解明を目指します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:中西 重忠((財)大阪バイオサイエンス研究所 所長)

 生命科学と社会や産業とのつながりは、年々その距離が近くなり、その重要性を増してきております。生命科学の研究成果は、学会発表や科学雑誌を通じ、世界中の保健医療、医薬品開発、食糧増産・供給、生活環境整備、新エネルギー開発、高齢化社会対応など人々の暮らしに多くの情報を提供し、生命を尊重する社会や産業に貢献して参りました。
 本研究領域は、こうした生命を尊重する社会や産業に貢献すべく、「生命システムの動作原理」の解明を目指して、新しい視点に立った解析基盤技術を創出し、生体の多様な機能分子の相互作用と作用機序を統合的に解析して、動的な生体情報の発現における基本原理の理解を目指す研究を取り上げてきました。近年の飛躍的に解析が進んだ遺伝情報や機能分子の集合体の理解をもとに、細胞内、細胞間、個体レベルの情報ネットワークの機能発現の機構解明、さらには、生体情報の発現の数理モデル化や新しい解析技術の開発などの基盤技術の創成など、生命システムの統合的な理解を図る上で重要な研究を対象としております。昨年度からは数理解析とモデル化を重視した「生命現象の革新モデルと展開」(重定南奈子研究総括)が発足し、相互交流を行うなど新たな取り組みが始まっております。
 本年度は三期目となり、公募最終年度となりました。しかしながら、昨年(257件)をはるかに上回る299件の応募があり、本領域への期待感が依然として大きく、多くの研究者が本領域を次世代の重要な研究領域として注目していることを改めて実感致しました。
 応募課題は、いずれも、第一線で活躍している優秀な研究者の提案で、生体をシステムとして捉え、その動作原理を解明しようとする意欲的な内容が多く、また、基盤技術においても独創性の高いものが、数多くありました。これらの研究提案を10名の領域アドバイザーにより、厳正に書類選考を行い、特に優れた研究課題27件に対して面接選考を行いました。最終的には、13件(内女性研究者5名)を採択致しました。審査に当たっては、応募課題の利害関係者の審査への関与や、他制度の助成金などとの関係も留意し、公平・厳正に行いました。
 書類および面接選考に際しては、これまでと同様に、研究の構想、計画性、課題への取り組みなどの観点のほか、国際的な視野やオリジナリティーを重視致しました。個人型研究(さきがけ)では、若手の研究者の育成を図る意味において、新分野を切り開く独創性とチャレンジ性を重視しました。
 この3年間の応募で、個人型研究(さきがけ)では応募総数859件、採択数38件(採択率4.4%)、となりました。応募頂いた全ての研究者の方々にお礼を申し上げるとともに、それぞれの課題への取り組みを続けて頂きたいと祈念致しております。
 多彩な顔ぶれの実力のある若手研究者38名が揃い、これから本格的な活動期に入ります。これまで以上に、本領域へご支援を賜りますようよろしくお願いいたします。