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資料2

平成20年度 戦略的創造研究推進事業(CREST・さきがけ)
新規採択研究代表者・研究者および研究課題概要(第2期)


【さきがけ】
戦略目標:「生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出」
研究領域:「生命現象の革新モデルと展開」
研究総括:重定 南奈子(同志社大学 文化情報学部 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
石原 秀至 東京大学大学院総合文化研究科 助教 形態形成を引き起こす力学過程の解明:分子・細胞・組織をつなぐ  多細胞生物の発生過程では、単純から複雑な形へ、組織の動的な変形が起こります。この変形を促す力は、組織を構成する細胞が協調的に固くなったりくっつきあったりすることで生み出され、さらには細胞内のさまざまな分子活性からの作用によってコントロールされます。本研究では、ショウジョウバエ上皮組織をモデル系として、分子活性や細胞特性、組織の力学的物性といった異なる階層間の関係を結びつけ、生物の「かたちづくり」を明らかにします。
大槻 久 東京工業大学大学院社会理工学研究科 日本学術振興会 特別研究員 生物社会における協力的提携パターンの理論的解明  霊長類をはじめとする社会的知性を持った動物では、資源を巡る争いにおいて、協力的な連合を作り複数で相手に挑む行動が見られます。これを提携と呼びます。相手に勝つため、そして勝った後に多くの資源を確保するためには、誰と提携を組むかが最も重要な問題です。本研究では、動物社会のパワーゲームを記述する新しい数理モデルを構築し、各条件下でそれぞれが誰と提携し資源をどう分配するかを理論的に予測します。
木賀 大介 東京工業大学大学院総合理工学研究科 准教授 細胞間相互作用により双安定状態を維持する人工遺伝子回路の解析  細胞間シグナルに依存した細胞の分化など、動的で複雑な生命現象の本質を知るためには、モデル化が重要となる局面があります。本研究では、数理的なモデル化を進めるとともに、モデルに基づいた遺伝子人工ネットワークを生きた細胞の中に構築して細胞の人工的な「分化」過程を解析する、合成生物学アプローチを推進します。このようなドライとウェット両面の実験的検証を通じて、分化パターン生成の基本原理を追及していきます。
近藤 倫生 龍谷大学理工学部 准教授 栄養モジュール間相互作用に着目した食物網維持機構の解明  生物多様性保全の基盤として、生物多様性の維持機構の解明が求められています。自然生態系では、多様な生物が複雑な関係性のネットワークを構成し、その中で維持されています。本研究では、この関係性のネットワークを複数の「部品(栄養モジュール)」に解きほぐし、それらの構造と組み合わせに隠されたパターンを解析することで、生態系という巨大で複雑な「装置」が動作・維持される機構を明らかにすることを目指します。
佐竹 暁子 北海道大学創成科学共同研究機構 特任助教 花芽形成の遺伝子制御ネットワーク:一斉開花結実現象を分子レベルから解明する  多くの植物種では、開花や種子量が著しく年変動し個体間で同調することが知られています。この現象は、温帯地域ではマスティング、熱帯地域では一斉開花結実とよばれ、古くから生態学者を魅了してきました。本研究では、分子生物学と生態学の知見を統合した花成遺伝子制御ネットワークモデルの開発と、網羅的遺伝子発現解析を同時に行うことで、マスティング・一斉開花結実現象の分子機構を解明します。
昌子 浩登 京都府立医科大学大学院医学研究科 助教 生体3次元特有の形態の解明手法の構築  肝臓の機能を理解するには、基本単位である肝小葉の3次元特有の形態と機能・病態の理解が不可欠です。本研究では、この肝小葉の3次元特有の形態形成に対して、空間統計量を用いて画像解析を行い、形態の特徴を抽出します。また一方で、粒子間の相互作用をとり込んだ数理モデルを用いて得られるパターンと比較することにより、細胞間の力学的関係を明らかにします。そして、臨床応用に向けての枠組みを構築します。
野々村 真規子 広島大学大学院理学研究科 助教 化学反応から細胞集団までをつなげる数理モデルの構築と応用  細胞は、周りの細胞や環境との相互作用により影響を与えあいながら、集団として機能を発現しています。細胞というミクロなスケールでの情報のやりとりが、集団としての機能をどのように制御しているのか、そのメカニズムは、非常に重要な問題です。この問題にアプローチするために、細胞内の化学反応や物質の分布、細胞の分裂・分化、形態形成までを統一的に扱える数理モデルを開発します。また、開発したモデルにより形態形成に細胞内の情報がどのように作用しているのかを明らかにします。
増田 直紀 東京大学大学院情報理工学系研究科 講師 グループ構造をもつネットワーク上の感染症伝播モデル  感染症は、私たち人間が構成する複雑なネットワークを介して広がります。ネットワーク上の感染現象は近年盛んに研究されていますが、家庭や学級のように密なグループ同士が比較的緩くつながったネットワークについては、解析手法がほとんどありません。本研究では、グループ構造を持つネットワーク上の感染症伝播について、解析手法を確立します。研究成果は、病院内・単一地域・全世界など各空間スケールにおける公衆衛生政策の立案や評価などに応用されることが期待できます。
間野 修平 名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科 准教授 ランダムグラフによるゲノム進化の確率モデリング  ゲノム進化の研究においては、現在のゲノムから過去の進化現象を統計学的に推測することが欠かせません。その推測には確率過程によるモデル化が適していますが、従来のモデルのほとんどは個々の遺伝子の進化を対象としているため、遺伝情報の集合としてのゲノム進化には適用できません。本研究では、標本のゲノムの系統関係をランダムグラフとしてモデル化し、ゲノムの進化を統計学的に推測するための基盤を創出することを目指します。
山野辺 貴信 北海道大学大学院医学研究科 助教 神経系の過渡応答特性から神経系における情報キャリアを解明する  我々の神経系が受ける外界からの情報は過渡的なものです。また、神経系の動作も過渡的です。神経系ではスパイクと呼ばれる電位変化により情報が運ばれますが、どの統計量で情報が運ばれるのかは分かっていません。本研究では、神経系の過渡的な応答を解析する数理的手法を開発し、これと実験データをあわせて神経系における情報のキャリアの問題に迫ります。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:重定 南奈子(同志社大学 文化情報学部 教授)

 本研究領域は、多様な生命現象に潜む本質的なメカニズムの解明に資する斬新なモデルの構築を目指す研究を対象として、昨年度から募集を開始しました。具体的には、環境へ適応しつつ合目的に機能していると見られる生命システムの、遺伝子発現、細胞の機能と動き、発生・形態形成、免疫、脳の高次機能、生物社会の形成、生態系などの制御機構や、老化や疾病などのメカニズムに対して、そのはたらきの基本原理に迫るような革新的な数理科学的モデルの構築をおこなう研究提案を取り上げることにしました。
 今年度の本研究領域への公募に対して、遺伝子やタンパク質、細胞、組織、器官、個体、群集など、さまざまなスケールに渡る幅広い研究分野から計101件の応募がありました。これらの研究提案を10名の領域アドバイザーのご協力を得て書類選考を行い、研究提案25件を面接対象としました。面接選考に際しては、研究構想が本領域の趣旨に合っていること、特に、高い独創性を有すること、提案者自身の着想であること、提案された数理科学的モデルの発展性が期待できることなどを重視し、加えて提案者の目的意識やチャレンジ性を勘案しながら、公平かつ厳正な審査を行いました。
 選考の結果、今年度の採択課題数は10件となり、昨年度の11件に引続く、新しい発想に基づく意欲的な研究課題を採択することが出来たと考えております。面接選考で採択されなかった提案、また書類選考の段階で面接選考の対象とならなかった提案の中にも、重要な提案や独自性の高い提案が数多くありました。ただ、重要であっても数理科学的なモデルのイメージが具体的でないものは、不採択としました。これらの提案者に関しては、今回の不採択理由を踏まえて提案を練り直して是非再挑戦して頂きたいと思います。
 来年度も、生命現象のメカニズムの基本原理に迫る革新モデルの構築を目指すという視点から募集を行う予定です。対象とする生命現象がミクロからマクロまで多様であっても、モデリングに当たっては共通的な枠組みで捉え得ることがしばしばあります。異なる対象を扱う研究者が相互に刺激を受けることが、新しいそして画期的なアプローチを発見するうえで極めて有効と考えられます。来年度は本領域の募集としては最終の年となります。本年度以上に多様な分野から夢のある優れた提案が積極的になされることを期待しています。