JSTトッププレス一覧 > 科学技術振興機構報 第534号
科学技術振興機構報 第534号

平成20年7月2日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL https://www.jst.go.jp

ダチョウ抗体を用いた鳥インフルエンザ防御用素材の開発でベンチャーを設立

(JST大学発ベンチャー創出推進研究開発成果を事業展開)

 JST(理事長 北澤 宏一)は産学連携事業の一環として、大学などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進しています。
 平成18年度に開始した研究開発課題「新規有用抗体の大量作製法の開発」(開発代表者:塚本 康浩 京都府立大学 教授)では、ダチョウ卵黄を用いてさまざまな抗体を低コストでかつ大量に作製できる技術の開発に成功しました。この成果をもとに平成20年6月27日、塚本 康浩が出資して「オーストリッチファーマ株式会社」を設立しました。
 従来のマウスやウサギなどの哺乳類を用いて抗原特異的抗体を創製する方法には、生産コストや反応性(抗原に対する感度や検出性)などに関わる課題がありました。それを解決するために本研究開発では、鳥類でありながら哺乳類間ともホモロジー(相同性)の高い細胞膜たんぱく質に対する抗体を作るダチョウ卵黄を利用し、インフルエンザウイルスやノロウイルスに対して、従来の抗体と比較して質的量的に優位性がある抗体の大量生産に成功しました。本技術を用いて、高病原性鳥インフルエンザ注1)ウイルスH5N1の感染を不活性化する高精度な抗体を大量作製、H5N1ウイルスの空気飛沫感染を防御できるダチョウ抗体マスクの商品化を可能にしました。
 今回設立した「オーストリッチファーマ株式会社」は当面、高病原性鳥インフルエンザH5N1をはじめとする新型インフルエンザのパンデミック注2)に備えた、医療機関用マスクなどに適応した抗体担持フィルターの製造販売を推進します。起業2~3年後までに年間売上額3億円を目指します。
 今回の「オーストリッチファーマ株式会社」設立により、プレベンチャー企業および大学発ベンチャー創出推進によって設立したベンチャー企業数は、71社となりました。

今回の企業の設立は、以下の事業の研究開発成果によるものです。
 独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進
研究開発課題 「新規有用抗体の大量作製法の開発」
開発代表者 塚本 康浩 (京都府立大学 教授/前大阪府立大学
起業家 片江 宏巳
研究開発期間 平成18~20年
 独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進では、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業および事業展開に必要な研究開発を推進することにより、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャーが創出され、これを通じて大学などの研究成果の社会・経済への還元を推進することを目的としています。

平成20年3月まで、大阪府立大学に所属。


<開発の背景>

 創薬や診断をはじめ幅広い分野への展開が期待されるポストゲノム研究において、抗体の活用は極めて重要なテーマです。抗体を使った検査用試薬だけでも、日本の売上高は約1200億円であり、特に感染症や悪性腫瘍の検査・診断薬の需要が高まってきています。しかし、マウスやウサギなどの哺乳類を用いて抗原特異的抗体を創製する従来法には、生産性・生産コストや特異性などに関わる課題が存在しています。
 開発代表者の塚本 康浩は超大型鳥類ダチョウを利用することにより、従来法ではできなかった有用抗体の大量作製技術を世界に先駆けて開発しました。

<研究開発の内容>

 ダチョウは鳥類であり、卵により子孫を増やしています。卵黄には血液からの抗体が移行し、ヒナを病原体から守る免疫システムが構築されています。ダチョウ卵は1.5~2kg(鶏卵の25~30倍)であり、新規に開発した方法で1個の卵黄から約4gの高純度な卵黄抗体(IgY)が精製可能となりました。これにより、1羽のダチョウから半年で400gの高純度抗体の創製を可能となりました。これはウサギ800匹量に相当するものであり、製品間の品質のバラツキが極めて少ない診断・検査薬や病原体除去用商品(抗体の工業的利用)が開発可能となります。1羽のダチョウにより1億人分の診断の検査薬を作ることができます。さらに、ダチョウの寿命は60年以上、産卵期間も40年以上であることから、継続的に同質の抗体を供給することができます。また、マウスやウサギを使った従来法では作製が困難であった哺乳類間で類似性の高いたんぱく質に対する抗体が、ダチョウを用いることにより作製可能となりました。さらに、ダチョウ抗体はヒトの補体を活性化しないため良質の血液診断キットへの応用化が期待されます。これまでに、哺乳類間ともホモロジーの高いたんぱく質(細胞膜たんぱく質、腫瘍マーカーなど)や各種病原体(インフルエンザウイルス、サルモネラ菌、ポックスウイルス、ノロウイルスなど)に対する高感度抗体の大量作製に成功しています。使用する抗原によっては、鶏卵抗体と比較しても、量的・質的に優れていることが見出しました。
 このダチョウ抗体作製技術を用いて、高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1を中和注3)するダチョウ抗体の大量作製技術を展開し、低コストで高品質のH5N1感染防御用フィルターを開発しました。H5N1ウイルスおよびヒトのインフルエンザウイルスH1N1、H3N2、Bの感染を不活性化しうるダチョウ抗体を表面に担持させたマスク用フィルターを作製したところ、マスクフィルターとの接触により上記のウイルスが効率よく中和されることが検証されました。さらにニワトリを用いた感染実験により、H5N1ウイルスの空気飛沫感染がこのフィルターにより防御されることが実証されました。このダチョウ抗体担持素材は、今後、高病原性鳥インフルエンザウイルスのパンデミックに備えた防御用マスクなどに広く実用化されると期待されます。

<今後の事業展開>

 当面、高病原性鳥インフルエンザH5N1をはじめとする新型インフルエンザのパンデミックに備えた、医療機関用マスクなどに適応した抗体担持フィルターの製造販売を推進します。ダチョウ抗体はCROSSEED株式会社によりマスクへと製品化され、平成20年秋に大手代理店を通して医療系機関や自治体、大手企業へ新型インフルエンザのパンデミックに備えた備蓄品として大量販売される予定です。また、大手メーカーを通して薬局薬店において一般人向けに販売されます。さらに、ダチョウ抗体を用いた新規インフルエンザのリスク回避用途の開発に着手します。

 今後、ノロウイルスや結核菌など、ほかの病原体などの感染予防用素材やダチョウ抗体を用いた腫瘍検査キットなどの商品開発も展開する予定です。

<用語説明>

注1)高病原性鳥インフルエンザ
 家禽(ニワトリ、アヒル、ウズラ、七面鳥)に対して強毒なタイプの(A型のH5N1など)の鳥インフルエンザウイルスです。ニワトリが高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染すると、高い確率で死亡します。高病原性鳥インフルエンザウイルスの変異により、ヒトからヒトへの感染がしやすくなった、いわゆる「新型インフルエンザ」の出現の可能性が高くなっており、世界的な流行を引き起こすことが懸念されています。

注2)パンデミック
 ある感染症や伝染病が世界的に流行することを表す用語で、感染爆発や汎発流行のことを意味しています。感染症の規模が大きくなり世界各地で散発的に起こるようになった状態をいいます。
 歴史的なパンデミックとしては、14世紀にヨーロッパで流行した黒死病(ペスト)、19世紀から20世紀にかけて地域を変えながら7回の大流行を起こしたコレラ、1918年から1919年にかけて全世界で2500万人(4000~5000万人という説もあり)が死亡したスペインかぜ(インフルエンザ)などがあります。

注3)中和
 ウイルスが種々の動物や培養細胞、発育鶏卵において増殖するときはさまざまな変化(動物の発病、死亡や培養細胞の細胞変性効果など)を与えます。これらのウイルスによる変化はウイルスをあらかじめそのウイルスの抗体と反応させるとその出現が阻止されます。この抗体によるウイルスの感染・増殖能の喪失を中和と呼びます。

<製品例・実施例>

<製品例・実施例>

<本件お問い合わせ先>

<内容に関すること>

塚本 康浩(ツカモト ヤスヒロ)
「オーストリッチファーマ株式会社」
〒619-0237 京都府精華町光台1-7けいはんなプラザ・ラボ棟410
Tel:075-703-5146 Fax:075-703-5146 E-mail:

<JSTの事業に関すること>

中村 武広(ナカムラ タケヒロ)、浅野 保(アサノ タモツ)
独立行政法人 科学技術振興機構 産学連携事業部 技術展開部 新規事業創出課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-0016 Fax:03-5214-0017