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資料2

平成20年度(第1期) 戦略的創造研究推進事業(CREST・さきがけ)
新規採択研究代表者・研究者および研究課題概要


【CREST】
戦略目標 「細胞リプログラミングに立脚した幹細胞作製・制御による革新的医療基盤技術の創出」
研究領域 「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」
研究総括  須田 年生(慶應義塾大学 医学部 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
石井 俊輔 (独)理化学研究所中央研究所 主任研究員 胚細胞ヒストンによるリプログラミング機構  発生過程での遺伝子発現制御には、ヒストン修飾が大きな役割を果たしています。研究代表者らは最近、卵子や精子に存在するヒストンバリアントが初期発生過程においても存在し、これらのヒストンを体細胞で発現させると体細胞の初期化が誘導されることを見出しました。本研究では、胚細胞ヒストンによるリプログラミング注1)の機構を解析し、体細胞の初期化の基盤技術の構築に貢献することを目指します。
岩間 厚志 千葉大学大学院医学研究院 教授 造血幹細胞のエピジェネティクスとその制御法の創出  本研究では、組織幹細胞の自己複製能・多能性を規定するエピジェネティクス注2)の理解を通して、iPS細胞から組織幹細胞を誘導するエピジェネティクス制御法の分子基盤を確立し、iPS細胞を用いた再生医療を推進します。具体的には、造血幹細胞を規定する遺伝子発現の制御機構、特にクロマチン修飾を介した制御機構を解明し、iPS細胞のエピジェネティックプログラムを造血幹細胞型へと効率良く書き換える基盤技術の開発を行います。
奥田 晶彦 埼玉医科大学ゲノム医学研究センター 教授 iPS細胞誘導の為の分子基盤の解明による安全性の確保  iPS細胞の樹立は、再生医療および創薬開発にとって革命的な出来事でした。ただし、その樹立において、染色体にウイルスを組み込んでいるなどの理由で、現状では、腫瘍発生の危険性をもつ細胞であるといえます。本研究では、染色体非組込み型ウイルスを用いたiPS細胞樹立の試みといった研究などから、ES細胞と同等の安全性を確保することでiPS細胞を用いた再生医療の実現化への貢献を目指します。
押村 光雄 鳥取大学大学院医学系研究科 教授 ヒト人工染色体を用いたiPS細胞の作製と遺伝子・再生医療  本研究は、1)遺伝子搭載サイズに制限がなく、自立複製するミニ染色体であるヒト人工染色体(HAC)ベクター注3)を用いて、効率よくがん化の危険性がない安全な患者由来iPS細胞を作製し、2)そのiPS細胞に、さらに1 治療用遺伝子、2 分化誘導用遺伝子、3 分化細胞分取用遺伝子を搭載したHACベクターを導入し、筋ジストロフィーおよび糖尿病の遺伝子治療・再生医療に役立てることを目標としています。
古関 明彦 (独)理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター グループディレクター ヒトiPS細胞の分化能と腫瘍化傾向を反映するマーカー遺伝子群の探索  iPS細胞の臨床応用に向けて、それを用いた細胞療法の有効性と安全性を予め示す必要があります。本研究ではそのために、第1に、さまざまなヒトiPS細胞から誘導した造血・免疫細胞を用いたヒト化マウスによる疾患治療モデルの樹立を試みます。第2に、同じヒトiPS細胞の系列細胞を用いて遺伝子発現およびエピゲノム状況をグローバルに明らかにします。これらのデータを相関付けることにより、iPS細胞の有効性と安全性を反映するようなマーカー遺伝子群の抽出を目指します。
佐谷 秀行 慶應義塾大学医学部 教授 人工癌幹細胞を用いた分化制御異常解析と癌創薬研究  マウス正常体細胞に特定の遺伝子操作を行うことで、自己複製能と分化能、腫瘍形成能を有する癌幹細胞(induced cancer stem cell: iCSC)が誘導でき、分化度および細胞外マトリクス相互作用を変えることで腫瘍形成能が抑制できました。そこで本研究では、各種iCSCを用いて分化度とニッチ機能を定量化できるアッセイ系を構築し、それを制御できる化合物や抗体などを取得することを目的とします。また、癌治療創薬の標的として用いるべく、ヒト正常体細胞からのiCSC作製を目指します。
篠原 隆司 京都大学大学院医学研究科 教授 精子幹細胞のリプログラミング機構の解明と医学応用の可能性の検討  本研究の目的は、精子幹細胞が多能性幹細胞へと変化するメカニズムを解明することにあります。具体的には、1)多能性精子幹細胞とES細胞のとの生物学的な違いを評価し、2)どのようなメカニズムによりES細胞に匹敵する多能性幹細胞が生じるのかを解析。その知識を応用し、3)安定的に高い頻度でさまざまな動物から多能性精子幹細胞を樹立する方法を確立させて、さらにこのような細胞の医療応用が可能かという点を検定します。
千住 覚 熊本大学大学院医学薬学研究部 准教授 iPS細胞由来の樹状細胞とマクロファージを用いた医療技術の開発  本研究は、マウスおよびヒトのES細胞を用いたこれまでの研究の成果に基づき、ヒトiPS細胞からミエロイド系免疫細胞への分化誘導技術を開発し、これを用いた各種医療技術の開発を行うものです。具体的には、1)がんの免疫療法 2)自己免疫疾患の治療法、3)移植医療におけるアロ抗原特異的な免疫抑制法 という今日の医学が直面する重要課題を解決するための医療技術の開発を目指します。
丹羽 仁史 (独)理化学研究所発生・再生科学総合研究センター チームリーダー 分化細胞に多能性を誘導する転写因子ネットワークの構造解析  なぜ、わずかな数の転写因子を強制的に発現させるだけで体細胞に多能性が賦与されるのかは、大きな謎となっています。本研究は、導入された転写因子が活性化する内在性転写因子遺伝子のネットワークの構造を、多能性幹細胞におけるさまざまな機能解析手法を組み合わせることにより解き明かすことを目指します。
米田 悦啓 大阪大学大学院生命機能研究科 教授 人工染色体を用いた新たな細胞リプログラミング技術開発  本研究では、現行のレトロウイルスベクターを用いたiPS細胞樹立法の問題点を、任意に脱落可能な次世代人工染色体を開発・利用することにより克服し、さらに細胞の未分化・分化の運命決定に重要な役割を果たす転写因子とその核輸送因子のインタープレイに関する研究を融合させることにより、細胞リプログラミング技術開発に新しい視点で挑戦することを通して、安全で高効率なiPS細胞樹立法の確立を目指します。
(五十音順に掲載)

<総評>

 研究総括:須田 年生(慶應義塾大学 医学部 教授)

 本研究領域は、近年著しい進歩の見られる、iPS細胞を基軸とした細胞リプログラミング技術の開発に基づき、当該技術の高度化・簡便化を始めとして、モデル細胞の構築による疾患発症機構の解明や新規治療戦略、疾患の早期発見などの革新的医療に資する基盤技術の構築を目指す研究を対象とするものです。
 平成20年1月の戦略目標提示を受け、本年度より発足した研究領域ですが、iPS細胞に関する研究を緊急的に推進する取り組みの一環として、公募を他の領域に先駆けて実施しました。
 今回の本領域の公募に対し、76件の提案がありました。公募開始時に、「iPS細胞を基軸とした細胞リプログラミング技術のさらなる発展を目指した研究にとどまらず、これまでの分化誘導、腫瘍化、エピジェネティックス、大型動物を含む疾患モデル、遺伝子治療などに関する研究から得られてきた知見を活用し、それらの融合を目指す研究をも対象とする」「iPS細胞をひとつの概念とすることで、細胞リプログラミング技術に関する研究の新たな可能性を開拓する」ということをうたったところ、内容が多岐にわたり、大変興味深くまたレベルの高い提案が多かったように思われました。
 これらの中から採択課題を精選するということで、選考審査には困難を伴いましたが、各研究課題について領域アドバイザーの協力を得て書面審査を行い、18課題に対して面接選考を行いました。結果として、10課題の採択に至りました。採択課題の対象は"リプログラミング機構の解明"、"iPS細胞に関連の強い幹細胞研究"、"人工染色体の技術応用"、"医学応用への可能性検討"などを含む多様な内容となっています。いずれも独創性に富み、今後のiPS細胞に関する研究の発展に寄与していくものと考えています。
 今回は募集期間が短く、またいずれの研究者においてもiPS細胞に関する研究経験が豊富でない状況での公募・選考であったように思われます。来年度以降も公募を実施する予定ですが、準備的データの蓄積や研究体制の構築準備を十分進めていただき、技術革新が日進月歩で進む中、最先端の研究のご提案を期待しています。


【さきがけ】
戦略目標 「細胞リプログラミングに立脚した幹細胞作製・制御による革新的医療基盤技術の創出」
研究領域 「iPS細胞と生命機能」
研究総括  西川 伸一((独)理化学研究所発生・再生科学総合研究センター 副センター長)

【3年型】
氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
荒木 良子 (独)放射線医学総合研究所重粒子医科学センター チームリーダー iPS法と核移植法の比較による初期化機構の解明  レトロウイルスを用いないでiPS細胞の樹立を可能にするためには、iPS細胞を樹立する過程の分子レベルでの理解が必須です。本研究では、これまで「体細胞核移植」に着目し初期化に伴うゲノムメチル化変化領域を同定してきた経験を生かし、高精度遺伝子発現解析法によってiPS細胞を誘導するベクターウイルスに感染直後の細胞を解析し、「核移植」におけるゲノム変化と比較することで、iPS細胞の生成メカニズムを明らかにするとともに、ひいては初期化に関与する遺伝子の単離を試みます。
長船 健二 (独)科学技術振興機構ICORP器官再生プロジェクト 研究員 多発性嚢胞腎患者由来のiPS細胞を用いた病態解析  多発性嚢胞腎は、腎嚢胞のみならず、肝膵臓の嚢胞や脳動脈瘤など、多彩な臓器に症状を生じる遺伝性疾患です。動物モデルを用いた研究が行われていますが、いまだ有効な治療法は存在しません。本研究では、同疾患の複数の患者皮膚よりiPS細胞を樹立し、腎臓、肝臓、膵臓および血管を分化させ、試験管内で嚢胞や動脈瘤形成を模倣するモデル系を構築します。この系を用いて、詳細な病態解析、新規治療薬のスクリーニングなどを行います。
岸上 哲士 近畿大学生物理工学部 講師 体細胞核移植におけるリプログラミング促進技術の開発  体細胞クローンやiPS細胞の作製技術は、ともに体細胞をリプログラミングして全能性や多能性をもたせる技術ですが、効率が低いという共通の問題を抱えています。本研究では、これまでに研究者が開発に成功したヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(HDACi)を用いた新しい体細胞クローン技術の成果をもとに、新規リプログラミング促進技術の開発を目指します。
鈴木 淳史 九州大学生体防御医学研究所 特任准教授 肝細胞分化関連遺伝子の導入による皮膚細胞からの肝細胞作製技術  近年、細胞の周辺環境や遺伝子発現パターンに人為的操作を加えることで、その細胞がおかれた分化状態を強制的にリセットして全く別の機能を持つ細胞を生み出せることが明らかとなりました。この新知見に基づき、本研究では皮膚細胞に適切な遺伝子導入と培養条件を提供することで、皮膚細胞から肝細胞を直接作製する技術を開発します。将来的には患者本人の皮膚細胞から肝細胞を作製し、移植や薬剤反応性テストの生体材料に用いることを目指します。
清野 研一郎 聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター 准教授 細胞リプログラミング技術を用いた免疫細胞再生医療の開発  癌や感染症に対する新規免疫細胞療法の開発において、iPS細胞を利用した再生医療的アプローチが期待されます。しかし、現在の技術では、皮膚細胞などが由来のiPS細胞からは治療に必要な有用免疫細胞を狙い通りに作り出すことは難しいものがあります。本研究では、iPS細胞作製法に免疫細胞の遺伝子再構成という特徴を生かした新しいコンセプトを導入することで "欲しい"免疫細胞を大量に調製する技術を確立し、画期的な新規免疫細胞療法を開発することを目指します。
富澤 一仁 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 准教授 蛋白質導入法によるiPS細胞作製技術開発  iPS細胞を臨床応用するためには、iPS細胞の安全性が十分保証されている必要性があり、ウイルスベクターを使用しない安全なiPS細胞作製技術が望まれています。本研究では、遺伝子を導入するのではなく、遺伝子産物であるたんぱく質を直接細胞に導入することによりiPS細胞を作製する技術開発を行います。たんぱく質を導入した場合、染色体への影響が無く、また速やかに分解されるため長期間細胞に影響を及ぼしません。本研究を通して安全なiPS細胞作成技術を開発し、iPS細胞の臨床応用につなげたいと考えています。
升井 伸治 国立国際医療センター研究所細胞組織再生医学研究部 室長 任意細胞の樹立法開発  再生医療を行う上で、移植する細胞を患者自身の体細胞から直接誘導できれば、治療を受けるまでの時間は大幅に短縮され、拒絶反応の心配も無くなります。人工的に細胞の性質を変えるためにはいくつかの遺伝子をセットで作用させることが必要ですが、そのセットを決められる方法がないため、どれを作用させればいいのかわかりませんでした。この研究では、iPS細胞の作製技術を応用することで遺伝子セットを決める方法の開発を行います。
松田 修 京都府立医科大学大学院医学研究科 准教授 非ウイルス的手段によるiPS誘導法の確立  現在、iPS細胞の誘導にはレトロウイルスベクターが用いられていますが、臨床に応用する際には、ホスト染色体へのインテグレーションに起因する発癌などの有害事象が問題となります。本研究は、効率のよい安全で新しいiPS細胞の誘導技術を、非ウイルス的な方法を用いて確立することを目指します。
山田 泰広 岐阜大学大学院医学系研究科 講師 リプログラミングによるがん細胞エピジェネティック異常の起源解明とその臨床応用  塩基配列の異常を伴わない、エピジェネティック異常が、発がんに重要な役割を果たしていることが明らかになりつつあります。本研究では、リプログラミングの技術を用いて、がん細胞のエピジェネティック異常をリセットすることを試みます。リセット後のがん細胞のエピジェネティック修飾変化を解析することで、がんにおけるエピジェネティック異常の起源を同定し、その知見を新たながん治療開発へと発展させることを目指します。

【5年型】
氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
佐々木 えりか (財)実験動物中央研究所マーモセット研究部 室長 iPS細胞を用いたヒト疾患モデルマーモセット作製法の確立  サル類のES細胞はキメラ個体形成能力を持たないため、ES細胞を用いた遺伝子改変疾患モデルの作出は実現していません。iPS細胞は再生医療に重要な役割を果たすだけではなく、ES細胞に代わって発生工学の重要なツールとなると考えられます。本研究によってiPS細胞を用いて、よりヒトに近いサル類のヒト疾患モデル動物が作出されれば、再生医療技術の臨床開発において精度の高い有効性・安全性の評価が可能になると期待されます。
(五十音順に掲載)

<総評>

 研究総括:西川 伸一((独)理化学研究所発生・再生科学総合研究センター 副センター長)

 iPS細胞という、日本から生まれた画期的な成果に啓発されて、新しい可能性を探ろうとし始めた若い研究者を発掘する目的でこの研究領域におけるさきがけ研究者を募集しました。今回は応募する方も十分な時間がなかったかもしれませんが、127件の応募があり、その中から最終的に5年型1件、3年型9件を選びました。
 当初は、私にも考えも及ばないような可能性が提案されるのではとわくわくしていたのですが、今回は残念ながら想定外の提案にお目にかかるというわけにはいきませんでした。とはいっても、あらゆる分野から、さまざまな提案があり、心配していた「iPS細胞から単に分化誘導するだけ」といった提案ばかりになるということはありませんでした。
 今回初めて5年型をさきがけで公募しました。最初は2件採択する予定でしたが、結局1件だけ採択することになりました。これは、採択されなかった提案の質の問題だけではなく、提案は面白くとも、5年をかける価値があるのかが厳しく問われた結果です。来年度からの応募に際しては、ぜひこの点を自ら確認して応募されるよう望みたいと思います。
 採択された提案は大きく分けると、1)iPS細胞の可能性を拡大する動物モデル、2)iPS細胞を誘導するための新しい方法、3)初期化と分化転換についての分子研究、4)疾患モデルと分化誘導、に分類できるのではと思っています。この結果、予想以上にさまざまな分野の若手研究者が集まったと思っています。選ばれた皆さんが、自分の研究だけに閉じこもることなく、集まった皆さんと積極的な意見交換、共同研究を通して一段と成長されることを望んでいます。
 今回は惜しくも選ばれなかった提案も、内容自体は採択されたものと紙一重のものもありました。是非、今後も続く新しい公募に応募していただきたいと思っています。最後に、次回からの公募にあたって一つだけ指摘したいことがあります。これまでも強調しているように、iPS細胞自体が素晴らしい価値をもった成果です。そのため、この分野の研究提案はともするとiPS細胞の価値を拝借しただけの提案になってしまいます。しかし、私たちが求めているのはiPS細胞に啓発され新しい価値を創造する独創的な提案です。楽しみに待っています。

<用語解説>

注1)リプログラミング:
さまざまな種類に分化している細胞の核を初期化して、未分化である状態に戻すこと。

注2)エピジェネティクス:
DNAの配列の変化を伴わずに化学修飾などにより遺伝子機能が変化する、遺伝情報の発現機構。

注3)ベクター:
細胞外から内部へ遺伝子を導入する際の「運び屋」の役割を果たすもの。