資料1

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究
(平成15年度発足)

研究領域「非平衡ダイナミクス」研究総括

腰原 伸也 氏
(東京工業大学大学院理工学研究科 教授)

■ 研究領域「非平衡ダイナミクス」の概要
 現代高度情報化技術を支えている電子システムは、電子機能部分には無機半導体材料が、コンデンサーには誘電体が、情報記憶材料には磁性体やガラス材料が、電力流路には超伝導体など、その役割に応じた種々の電子、光電子機能を有する材料によって構成されている。しかしこれらの既存材料においては、均一で静的な構造を舞台とする電子状態(基底状態)により規定される枠組みが、材料の基本性質を決定している。この既成概念を乗り越えて、固体内の電子状態や磁気的(スピン)状態さらにはその空間的分布が、結晶のオングストロームスケールからナノメートルスケールレベルでの動的構造変化(非平衡状態)と強く結合した材料(非平衡強相関材料)を用いて、既存材料にはない新規な光電的機能の可能性を開拓しようとするのが本領域の中心的課題である。さらに物質開拓のために必要な、原子スケール(オングストロームスケール)の動的構造観測技術(分子動画技術)開発を行う点も重要な目的である。
 非平衡強相関材料の特徴は、物質構造と電子状態の両者が強い協力的効果を相互に及ぼしあっている点にある。このため、従来、半導体、伝導体、誘電体、磁性体など個別材料で扱われてきた多様な機能性が、単独の材料で多元的・複合的に発現する、全く新しいタイプの電子材料が登場することも可能となる。このような、新しい多元・複合的強相関材料の開発をすすめるためには、非平衡状態にある強相関材料の結晶構造変化を、ミリ秒(0.001秒)~ピコ秒(1兆分の1秒)領域に亘る幅広い時間領域で観測し、動的機能の発現機構をナノメートル、オングストロームレベルの空間領域で解明することが必要不可欠である。このために、本領域では軌道放射(SOR)光とフェムト秒(1000兆分の1秒)パルスレーザー光を同期させる装置を開発し、生命科学を含む広範な分野にとって今後必要不可欠となる動的構造(分子動画)観測技術の飛躍的発展を目指す。これによって、光、電場、磁場など種々の外場刺激に複合・多元的に応答する新しい非平衡強相関材料を開拓し、超高速かつ高効率の新規光デバイス実現を目指す研究を推進する。
 本研究領域は新しいナノ、オングストローム観測技術を開発し、動的非平衡構造学という新たな領域を創生するとともに、その成果を用いて、既存材料にはない高効率かつ高速応答性をもった画期的な光電機能材料の創成を目指すものである。この点で戦略目標「情報処理・通信における集積・機能限界の克服実現のためのナノデバイス・材料・システムの創製」に資するものと期待される。
■ 研究総括 腰原伸也氏の略歴等
1. 氏名(現職): 腰原 伸也(こしはら しんや)
(東京工業大学 理工学研究科 教授) 43歳

2. 略歴
1983年 3月 東京大学・理学部・物理学科 卒
1985年 3月 同大・理学系研究科・修士課程 修了
1986年10月 東京大学・理学部 助手
1991年 9月 理化学研究所・フォトダイナミクス研究センター 研究員
1993年 9月 東京工業大学 理学部 助教授
2000年 4月 東京工業大学 理工学研究科 教授

 この間
1993年 9月-2002年 3月  理化学研究所・フォトダイナミクス研究センター 非常勤研究員を兼任
1998年 4月-2003年 3月  神奈川科学技術アカデミー(KAST)プロジェクトリーダーを兼任

3. 研究分野
半導体光物性、光誘起協力現象(光誘起相転移)

4. 主な学会活動等
「光誘起相転移とその前駆現象に関する国際会議2002」組織委員
「金属錯体における協力現象に関する国際会議2002」組織委員
国際学術雑誌「Materials Science」アドバイザリーボード

5. 業績等
 強い電子相関、電子ー格子相互作用を有する物質における、新規な光電・磁気的物性を伴う光誘起共同現象(光誘起相転移)の探求という、新分野の開拓的研究を一貫して行っている。この研究は、物質開発と測定装置そのものの開発という2つの側面を持っており、学際的協力関係を結んだ国内外の多くの研究者、施設と共同研究を推進している。その成果として、まず物質面では、光誘起による有機誘電体における協同的電荷移動とその超高速ダイナミクスの発見(Phys.Rev.B 1990, J.Phys.Chem.B Feature Article 1999)、可逆光誘起相転移を示す新奇なポリマーの発見とその光相スイッチ現象の探求(Phys.Rev.Lett. 1992, Phys.Rev.B 1995)、半導体非平衡ナノ構造における光磁性(Phys.Rev.Lett. 1997)の発見、有機金属錯体におけるナノ磁石光スイッチングとその磁場制御(Phys.Rev.Lett.1999, Phys.Rev.B 2002)等、独創的な結果を報告している。また、装置面に関しても、世界に先駆けた「軌道放射光とモードロックレーザーの同期装置」開発にその立ち上げから取り組んでいる(Rev.Sci.Inst. 1989)。その成果を基にして行った、ヨーロッパ放射光施設(ESRF)における時間分解構造解析に関する共同研究では、つい最近「光誘起強誘電秩序」という基礎、応用両面で重要な結果を得ることに成功している(Science 2003)。従来の物理、化学の枠を超えた、物質科学、加速器科学、新極限構造測定技術開発との広範かつ密接な連携の上に、動的非平衡物質構造学という新しい分野開拓へむけてよりいっそう邁進することが強く求められるに至っている。

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This page updated on October 22, 2003

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