科学技術振興機構報 第49号
平成16年4月5日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
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URL:http://www.jst.go.jp/

「空気中で安定な不斉ルイス酸触媒の開発に成功」

=不斉触媒反応の工業化に拍車=

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村 憲樹)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATOタイプ)小林高機能性反応場プロジェクト(研究総括:小林 修、東京大学大学院薬学系研究科教授)は、空気中で安定かつ取り扱いが容易、さらに長期間の保存及びリサイクルも可能な高機能不斉ルイス酸触媒(注1)の開発に世界に先駆けて成功した。
 光学活性化合物を大量に供給できる触媒的不斉合成反応は、安価で高品質な医薬品や化成品を供給するための非常に魅力的な手法である。しかしながら用いられる触媒の多くは酸素や湿気に触れると容易に分解してしまうため、その使用はアルゴンなどの不活性ガス中、厳密な禁水条件下で行わなければならず、このことが工業化への大きな障害となってきた。
 本プロジェクトでは、不斉触媒のこのような欠点を克服すべく検討を行った結果、ジルコニウムを中心金属とする不斉ルイス酸触媒とゼオライトの一種であるモレキュラーシーブス(注2)とを組み合わせることにより、安定性が大幅に向上した高機能触媒を開発することに成功した。
 この成果は、実験室レベルで開発された様々な不斉触媒で、空気中で不安定なために工業化を断念したものにも適用できる可能性が高く、今後、不斉触媒反応の工業化に拍車がかかることも期待される。
 本研究成果は、平成16年4月6日付(米国東部時間)のオンライン版米国科学アカデミー紀要PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences)に掲載される。
 人間の左手と右手を重ね合わせることができないように、自然界に存在する分子や構造体には同じ組成でもその鏡像体を重ね合わせることのできないものが数多く存在する。生体ではそのような両鏡像体の一方のみが機能していることが多い。我々が健康で快適な生活を送るための医薬品は生体に働きかける分子であり、有効に機能するためには鏡像体の関係にある分子の一方のみを用いる必要がある。そこで、両鏡像体の一方のみを立体選択的に合成する反応(=不斉合成反応)の開発が医薬品合成における重要な課題となっている。ルイス酸触媒を用いる不斉合成反応はその課題(光学活性化合物の合成)の解決のための非常に魅力的に手法であり、多くのグループによって活発に研究されてきた。しかしながら、不斉ルイス酸触媒の多くは非常に不安定であり、酸素や湿気に触れると容易に分解してしまうために、使用の際はアルゴンなど不活性ガスの中、厳密な禁水条件下で行わなければならず、実験室的に有用な反応を工業化する際の大きな障害となってきた。
 すでに小林プロジェクトでは、様々な有機合成反応に有効な不斉ルイス酸触媒を多数開発している。これらの中でも、中心金属としてジルコニウム(Zr)を用い、ビナフトール化合物で修飾した不斉ジルコニウム触媒が、アルデヒドやイミンといった化合物を効率的に活性化して、光学活性化合物の合成に利用できることが示されている。しかし、このジルコニウム触媒も湿気に不安定で、反応の際に厳密な水分コントロールが必要である上、保存が困難であるなど、汎用性の面で課題を残していた。
 本研究では、ルイス酸触媒の安定化法を種々検討した結果、上記ジルコニウム触媒を、ゼオライトの1種であるモレキュラーシーブス(MS)と組み合わせることにより、反応性や選択性といった触媒機能を損なうことなく触媒の安定性が大幅に向上することを見いだした。
 
1.ジルコニウム-モレキュラーシーブス複合触媒の調製と性質
 本研究の成果であるジルコニウム-モレキュラーシーブス複合体(ZrMS)の製造法は、不斉ジルコニウム触媒を溶媒中でモレキュラーシーブスと混ぜ合わせた後、溶媒を減圧下で蒸発させるだけの非常に簡単な操作である(下式参照)。得られたZrMSは粉末状で、空気中でも取り扱うことができる。さらに、長期間(13週以上)の保存後も触媒活性が低下しないことが確認されている。
 
2.今後の展開
 本手法を小林プロジェクトで開発された他のジルコニウム触媒に応用したところ、同様の安定化効果が確認された。また、ジルコニウム以外の金属原子を含むルイス酸触媒への応用も展開中であり、これらが実現すると、従来は実験室でのみ可能であった高機能ルイス酸を用いる触媒反応の実用性が飛躍的に向上し、それらの工業化に拍車がかかることが期待される。
 また、小林プロジェクトでは、ジルコニウム触媒がモレキュラーシーブス(MS)によって安定化される機構についても解明を続けており、モレキュラーシーブス(MS)が有するナノスケール空孔や酸、塩基点が有効に働いていることがわかってきている。今後、その機構の詳細が明らかにされることにより、新たな機能を有するナノ触媒が開発されることも期待される。
 
[論文名]
  Air-stable, storable, and highly efficient chiral zirconium catalysts for enantioselective Mannich-type, aza Diels–Alder, aldol, and hetero Diels–Alder reactions
(空気中で安定かつ長期保存可能な高効率的キラルジルコニウム触媒の開発
   ~不斉マンニッヒ型反応、アザディールス・アルダー反応、アルドール反応、ヘテロディールス・アルダー反応への応用~)
doi :10.1073/pnas.0307870101
 
[用語説明]
注1: ルイス酸触媒
  酸の定義の1つで電子対を受け取ることができる物質のこと。有機合成反応における重要な触媒の一群で、工業的にも汎用されている。
注2: モレキュラーシーブス
  合成ゼオライト(アルカリまたはアルカリ土類金属を有するアルミノケイ酸塩)の商品名で均一な細孔径を有する無機多孔性物質である。細孔径の大小により吸着される分子を分離することができる。
 
別紙
 
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本件問い合わせ先
小林 修(こばやし しゅう)
東京大学大学院 薬学系研究科 教授
〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
TEL: 03-5842-3525、FAX: 03-5842-3557

古賀 明嗣(こが あきつぐ)
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703
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