科学技術振興機構報 第48号
平成16年4月2日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
電話(048)226-5606(総務部広報室)
URL:http://www.jst.go.jp/

有機トランジスタの性能向上に成功

-有機エレクトロニクスの実用化に重要な一歩-

 独立行政法人 科学技術振興機構(JST;理事長 沖村 憲樹)は、有機物半導体を使ったトランジスタ(以下、有機トランジスタ)を思い通りに動作させ機能を高める手法を発見した。有機トランジスタは「折り曲げることができるコンピューター」や「紙のようなディスプレー」などを実現するために必須の素子であり、その実用化が期待されている。
 トランジスタは、思い通りの電圧で「オン」と「オフ」の切替え(切り替わる電圧をしきい電圧という)ができることが重要である。現在の無機物半導体を使用したトランジスタの場合、半導体に導入されたキャリア(注1)の量をコントロールすることにより思い通りのしきい電圧を設定できる。一方、有機物半導体にはキャリアの量をコントロールして導入する方法がこれまで無く、思った通りのしきい電圧をもった有機トランジスタを作ることができなかった。
 有機物半導体には高温の製作プロセスが適用しにくいが、本研究では低温で製作可能な自己組織化単分子膜(SAMs) (注2)をトランジスタの中に組み込むことにより、有機トランジスタ内のキャリアをコントロールする方法を開発した。これによりしきい電圧を自在に決めることが可能になり、有機トランジスタの実用化に向けて大きく前進した。
 この研究成果は、JSTの戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「ナノクラスターの配列・配向制御による新しいデバイスと量子状態の創出」(研究代表者:岩佐 義宏 東北大学金属材料研究所 教授)において、東北大学金属材料研究所、北陸先端科学技術大学院大学材料科学研究科 三谷忠興教授、岩手大学工学部材料物性工学科 吉本則之助教授らの研究チームによって得られたもので、英国科学雑誌「Nature Materials」にて、印刷版での掲載に先立ち4月4日付(グリニッジ標準時間)で同誌のホームページ上に公開される。
 論文題目は、"Control of carrier density by self-assembled monolayers in organic field-effect transistors"「自己組織化単分子膜による有機電界効果トランジスタのキャリア数制御」(doi :10.1038/nmat1105)。
<研究背景>
 トランジスタには様々なタイプがあるが、シリコンなどの無機物の半導体で広く利用されているのはゲート電圧によって「オフ」と「オン」を切り替える「電界効果トランジスタ(注3)」である。無機物半導体による電界効果トランジスタが実用化された鍵の一つは、半導体に導入するキャリアの量を精密にコントロールことにより、「オフ」から「オン」へ切り替わる電圧(しきい電圧)を任意に設定する技術である。しきい電圧を任意に設定することにより、駆動電圧が極めて小さいトランジスタや、通常は「オン」であるが、逆向きの電圧をかけると「オフ」に切り替わる逆トランジスタ(デプレッション型)など、トランジスタの機能を自由に設計することが可能となった。
 一方、有機物材料で作成した電界効果トランジスタではキャリアを自由に導入する方法が確立されておらず、思った通りのしきい電圧を実現できないことが、実用化にあたっての大きな障害となっていた。
 有機材料を用いて回路を作成する技術は、大面積ディスプレー、曲げられるコンピューター、情報タグなどの実現につながり、今後大きく発展することが期待される分野である。その中でも特に有機トランジスタは全ての基盤となる技術であり急速に研究が進められている。
 
<研究成果の内容>
 本研究では、有機トランジスタ内にキャリアを導入するため、フッ素置換したアルキルシラン分子(注4)、あるいはアミノ基を有するアルキルシラン分子を用いた自己組織化単分子膜を有機トランジスタ構造の中に組み込む手法を世界で初めて提案し、これを用いて有機トランジスタのしきい電圧を意図的に変化させることに成功した。
 今回の研究で用いた自己組織化単分子膜を有する有機トランジスタの構造を図1に示す。SiO2絶縁膜の上に化学結合させた約1ナノメートル(注5)の自己組織化単分子膜(SAMs)を作成し、さらにその上に真空中で蒸着することで有機半導体層を作成した。このような構造の有機トランジスタでは、自己組織化単分子膜の種類によって、有機半導体のキャリア数を意図的に変化させ、その結果しきい電圧を制御することが可能であることを示した。なお、自己組織化単分子膜を用いる手法は、有機半導体のなかでもオン・オフの切り替えスピードが速いフラーレンペンタセン(注6)といった有機物でも有効で、こうした点も実用化に向けた大きな成果である。
 
<今後の展開>
 今回、自己組織化単分子膜を用いた手法により有機デバイスの性能を自由に設計できることを示した意義は大きく、これによって消費電力を抑えた有機トランジスタ、デプレッション型のトランジスタなどが、自在に作製できるようになる。この技術は、折り曲げられるディスプレイの制御回路や携帯しても壊れることのない安価なタグの論理回路として、さらには、曲げられるシート状のコンピュータの中心材料にも使用できると期待される。
 
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: 「新しい物理現象や動作原理に基づくナノデバイス・システムの創製」
(研究総括:梶村 皓二((財)機械振興協会 副会長・技術研究所 所長)
研究期間: 平成13年度~平成18年度
 
<用語解説>
図1
 
<本件に関する問い合わせ先>
東北大学 金属材料研究所
岩佐 義宏(いわさ よしひろ)
Tel:022-215-2030/FAX:022-215-2031

北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科
三谷 忠興(みたに ただおき)
Tel:0761-51-1530/FAX:0761-51-1535

岩手大学 工学部材料物性工学科
吉本 則之(よしもと のりゆき)
Tel: 019-621-6355/FAX: 019-621-6355

独立行政法人科学技術振興機構
特別プロジェクト推進室
甲田 彰(こうだ あきら)
TEL: 048-226-5623/FAX: 048-226-5703
 
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