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科学技術振興機構報 第467号

平成20年1月24日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL http://www.jst.go.jp

たんぱく質と薬の相互作用が計算科学で見える

(新しい医療・診断薬の分子設計に有力な武器)

 JST基礎研究事業の一環として、株式会社 三菱化学科学技術研究センターの中村 振一郎(三菱化学フェロー)、Qi Gao(同センター計算科学室員)、横島 智(JST研究員)らは、核磁気共鳴スペクトル(NMR)(注1)からたんぱく質と薬の相互作用を解読する新しい計算方法を開発しました。

 たんぱく質の形と働きを知ることは医療や診断のためにとても重要なことですが、生体高分子は巨大であるため、容易に形を知ることができませんでした。X線結晶構造解析によって見ることが可能になりましたが、それは必ずしも私たちの体の中で働いている形と同じであるとは言えません。

 それを知るための手段としてNMRがあります。これは分子の磁性を調べる方法で、生きたまま生体の状態を測定することが可能です。たんぱく質分子と薬の分子がお互いに近づき相互作用をすると、その様子はNMRケミカルシフト(注2)と呼ばれる測定シグナルに反映されます。これを調べれば、たんぱく質のどこに薬が接触しているかを知ることができるのです。

 本研究は、フラグメント分子軌道(FMO)法(注3)を用いて、経験的な知見に頼ることなく、ケミカルシフトを計算する新しい方法を開発したものです。この方法によって、薬とたんぱく質の相互作用の様子を短時間に詳しく調べることができるようになるなど、医薬および診断薬、またはポリマー超分子系など新規材料の開発が大幅に加速するものと期待されます。

 本研究成果は、平成20年1月29日(火)から茨城県・エポカルつくばで開催される国際シンポジウム「CREST Symposium on Theories and Simulations for Charge Migration and Chemical Reactions at Nano-Scale Interfaces」で31日(木)に発表されます。


本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ナノテクノロジー分野別バーチャルラボ
戦略目標「環境負荷を最大限に低減する環境保全・エネルギー高度利用の実現のためのナノ材料・システムの創製」
研究領域「環境保全のためのナノ構造制御触媒と新材料の創製」
(研究総括:御園生 誠 独立行政法人製品評価技術基盤機構 理事長)
研究課題名「分子の特性を最大に引き出すナノサイズ構造体がつくる場の研究」
研究代表者中村 振一郎((株)三菱化学科学技術研究センター 計算科学技術室 三菱化学フェロー)
 JSTはこの領域で、ナノメートルオーダで内部構造、表面構造を精度よく制御した材料を用いて、化学プロセスの高効率化、高選択化を果たし、環境への負荷を大きく低減させることを目標にしています。

<研究の背景と経緯>

 X線構造解析によって構造がわかるものは限られており、たんぱく質と薬の相互作用をモニターするにはNMRケミカルシフトが最有力な手法です。しかし、薬がたんぱく質のどの位置に接触したかという最も重要な情報を求めるには、アミノ酸を順次、同位体置換してゆくことにより、標識化して場所を同定する実験に頼らざるを得ず、非常に時間と手間のかかることでした。

<研究の内容>

 独立行政法人 産業技術総合研究所(以下、産総研)の北浦 和夫らが最近開発したFMO法を活用すれば、巨大たんぱく質分子のNMRケミカルシフトを計算することが可能であることにヒントを得て、FMO法の中に新たにNMRケミカルシフトを計算する機能を追加し、この新しいプログラムを開発しました。
 図1は、たんぱく質(青)と薬(緑)の相互作用の模式図です。どの部位で接触しているか(赤色)という情報が、医薬・診断薬を設計する時に最も重要です。X線構造がとれないものほどヒントが少ないため、薬の設計が難しく、インパクトも大きくなります。NMR情報は、X線構造の情報に代わる大事な手がかりです。
 図2は、2次元NMRケミカルシフトのチャート模式図です。薬が接触すると、接触前に比べていくつかのシグナルが動きます(赤色)。それは磁気に影響する電子雲の形が変わることに起因して動きます。これが図1に示した相互作用部位の情報です。2次元NMRの実験のチャートから、今回の計算科学を用いずに部位を決定するには、同位体置換などを用いるしかなく、資源や時間、そして労力のかかる大変な作業でした。計算科学なら、いくつもの想定された接触構造についてNMRケミカルシフトの動きを予測し、実測された構造を決めることができます。

<今後の展開>

 現在新しい医薬・診断薬が探し求めているいくつかのたんぱく質に最適接触するような、新規リード化合物の探索に活用します。

<補足>

 本研究成果は、JST事業の研究グループと産総研の北浦 和夫ら、三菱化学生命科学研究所の河野 俊之らとの共同研究によって得られました。

図1 タンパク質(青)と薬(緑)相互作用の模式図
図2 2次元NMR模式図、接触による変動(赤色)
<用語解説>

<参考論文名>

"Ab initio NMR chemical shift calculations on proteins using fragment molecular orbitals with electrostatic environment"
(フラグメント分子軌道法をもちいてタンパク質のNMRケミカルシフトを非経験的に計算する方法)
Qi Gao, S. Yokojima, T. Kohno, T. Ishida, D. G. Fedorov, K. Kitaura, M. Fujihira, S. Nakamura
Chem. Phys. Let., 2007, 445, 331-339.
doi: 10.1016/j.cplett.2007.07.103

<国際シンポジウム「CREST Symposium on Theories and Simulations for Charge Migration and Chemical Reactions at Nano-Scale Interfaces」のご案内>

詳しくは、以下のサイトをご覧ください。
 URL http://www.rics.jp/CRESTsympo2008

<お問い合わせ先>

株式会社 三菱化学科学技術研究センター 基盤技術研究所 計算科学室
三菱化学フェロー
中村 振一郎(なかむら しんいちろう)
Tel:045-963-3265 Fax:045-963-3835
E-mail:

株式会社 三菱化学科学技術研究センター 企画調整室
前田 修一(まえだ しゅういち)
Tel:045-963-3115 Fax:045-963-3997
E-mail:

独立行政法人 科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
安藤 利夫(あんどう としお)
Tel:03-3512-3527 Fax:03-3222-2068
URL http://www.jst.go.jp/kisoken/nano.html