有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)など有機系材料を用いた電子デバイスが近年、注目を集めています。有機系材料は優れた発光特性や軽量・柔軟性を持っており、省資源や低環境負荷の観点からも新しい電子材料として期待されています。このように優れた特性を持った有機系材料がフレキシブルディスプレイ、太陽電池、センサーなどへ幅広く応用されるためには、更なる特性の向上が求められていますが、それには有機系材料の薄膜を原子・分子レベルで制御することが必要とされます。
金属、半導体、セラミックスといった無機系材料の薄膜では、すでに原子・分子レベルで制御することによって、デバイス特性が劇的に向上したり、全く新しい機能が発見されたりしています。こうした原子レベル制御には、薄膜を作る過程で原子・分子を一層ずつ数えることができる反射高速電子線回折(RHEED)による強度振動観察注2)という方法が使われています。しかし、有機系材料は無機系材料に比べて壊れやすく、また軽い原子ばかりで構成されているために、通常の観測装置では観察しにくいという問題を抱えています。
今回、有機系半導体注3)であるフラーレンC60について、RHEEDの強度振動に世界で初めて成功し、これまで懸案であった有機系材料についても分子レベルで制御しながら薄膜を作ることができるようになりました。本研究チームは、この成功のキーテクノロジーの一つである連続波赤外線レーザー堆積法注4)という半導体レーザーを用いた新しい薄膜作製方法を開発しました。有機系材料の多くは、固体からいきなり気体となる昇華性の材料であり、これまでのヒーターを使った加熱方法では分子レベルで堆積を制御することが困難でしたが、半導体の赤外線レーザーを使って局所的に原料を気化させることにより、ナノレベルの精密制御を実現しました。
本研究成果は、2008年1月創刊の応用物理学会 科学誌「Applied Physics Express (APEX)」のオンライン速報版で2008年1月17日に公開されます。
戦略的創造研究推進事業 ナノテクノロジー分野別バーチャルラボ | ||
研究領域 | : | 「エネルギーの高度利用に向けたナノ構造材料・システムの創製」 (研究総括:藤嶋昭 財団法人神奈川科学技術アカデミー 理事長) |
研究課題名 | : | 「電界効果型ナノ構造光機能素子の集積化技術開発」 |
研究代表者 | : | 鯉沼秀臣(東京大学大学院新領域創成科学研究科 客員教授) |
<研究の背景>
有機ELなど有機系材料を用いた電子デバイスが近年、注目されています。有機系材料には、柔軟性があり、省資源や低環境負荷の観点からも、新しい電子材料として期待されています。有機系材料は "電気を通さないもの"のイメージが強いのですが、現在では、発光素子、太陽電池、スイッチング素子などの様々なデバイスが開発され、実用化されつつあります。有機系材料を用いたフレキシブルディスプレイや太陽電池、センサーなどへの応用を目指す上で、更なる特性の向上が求められています。
しかし、有機系材料を用いた電子デバイスとしての研究は、4大材料(図1)と言われる金属、半導体、セラミックス、有機系材料の中では最も遅れています。金属、半導体、セラミックスでは既に原子・分子レベルでの薄膜の制御に成功しており、超格子構造注5)やヘテロ構造注6)などによって特性が劇的に向上したり、全く新しい機能が発見されたりしています。例えば、金属では超格子構造によって巨大磁気抵抗効果が発見され、発見者であるフェールとグリュンベルク両氏は2007年ノーベル物理学賞を受賞したことは記憶に新しいところです。また、半導体については、ノーベル受賞者である江崎玲於奈氏によって超格子構造の研究が行われ、現在では半導体レーザーなどの量子効果デバイスの基礎的な技術となってきています。さらに、セラミックスでも原子レベル制御によって、非常に高い移動度をもつ2次元電子ガスや巨大な熱起電力の発生、超伝導などが発見されています。
こうした原子レベル制御には、薄膜を作っている過程で原子・分子を一層ずつ数えることができる反射高速電子線回折(RHEED)の反射強度振動観察という方法が使われています。RHEEDの強度は、単純には表面が平坦であれば強く、荒れてくると弱くなりますので、分子層を一層ずつ制御して製膜できることを示しています。一般的にはRHEED強度振動が観察されるためには、(1)分子線エピタキシー(MBE)注7)条件でかつ安定した堆積速度、(2)原子レベルで平坦で格子ミスマッチの少ない基板、(3)2次元成長(レイヤー・バイ・レイヤー成長)注8)する温度製膜条件、の3条件を満たした成膜装置・製膜条件が必要です。さらなる問題点として、有機系材料の場合には他の材料に比べて電子線によって壊れやすく、また軽い原子ばかりで構成されるために電子線の反射強度が小さく、観察しにくいという問題を抱えています。
<研究の内容>
本研究では、新しく開発した連続光赤外線レーザー堆積法を用いて、有機系材料であるフラーレンC60についてRHEEDの強度振動に世界で初めて成功し、これまで懸案であった有機材料についても分子レベルで制御しながら薄膜を作ることができました。
本研究で得られた結果を以下に示します。
<今後の展開>
原子・分子レベルで薄膜堆積の制御が可能となると、超格子などのような天然には存在しない人工格子を創り出すことができるようになります。既に4大材料のうち、金属・半導体・セラミックスについては、特性が著しく向上したり、新しい機能が発見されたりしています。今回新たに有機系半導体でも分子の堆積をリアルタイムで観測・制御できるようになり、これまでにない超格子・界面デバイスを有機系材料で作製できるようになりました。柔軟性や発光特性などの有機材料の利点と超格子・ヘテロ界面構造による特性向上を組み合わせることによって、これまでにないフレキシブルディスプレイや太陽電池などへの展開を進めていきます。
<参考>
本研究が掲載される雑誌Applied Physics Express (APEX)は、(社)応用物理学会から新たに創刊された英文レタージャーナルで、これまでのJJAP Letter誌(Japan Journal of Applied Physics)を引き継ぐ形をとっています。JJAP Letter誌では、非常に注目度の高い論文が掲載されてきました。本研究は査読過程で高く評価され、Applied Physics Express (APEX)に直ちに掲載されることが決まりました。
<掲載論文名>
"Molecular Layer-by-Layer Growth of C60 Thin Films by Continuous-Wave Infrared Laser Deposition"
(連続波赤外線レーザー堆積法によるC60薄膜の分子層ごとの成長)
doi: 10.1143/APEX.1.015005
<本件問い合わせ先>
東京大学 新領域創成科学研究科
〒277-8568 柏市柏の葉5-1-5 総合研究棟 656号室
鯉沼 秀臣 (こいぬま ひでおみ)
TEL:04-7136-4485 FAX:04-7136-4485
E-mail:
独立行政法人 科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地
安藤 利夫(あんどう としお)
TEL:03-3512-3527 FAX:03-3222-2068
URL https://www.jst.go.jp/kisoken/nano.html