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科学技術振興機構報 第452号

平成19年12月21日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報課)
URL https://www.jst.go.jp

血管再生や血管構造安定化のメカニズムを解明

(虚血性疾患や難治性浮腫の治療法開発につながると期待)

 JST(理事長 北澤 宏一)は、血管再生や血管構造を安定化させるメカニズムを解明しました。

 最近、心筋梗塞や脳梗塞をはじめとした虚血性疾患の新しい治療法として人工的に新しい血管を再生させる血管再生療法が試みられています。しかし、再生された血管は非常にもろく、すぐに退縮する、血管から水分が漏れ出して浮腫を起こすといった問題が起こります。このため、本来の血管に近い、構造的・機能的に安定した血管を作り出す手法の開発が待たれています。

 本研究では、血管から分泌されるアドレノメデュリン(AM) 注1)という物質に注目し、RAMP2遺伝子を人工的に欠損させたノックアウトマウスを用いることにより、AMの受容体活性調節たんぱく質であるRAMP2注2)が血管再生や血管構造を安定化させる上で必須の役割を持つことを突き止めました。
 AM - RAMP2を標的とすることで、構造的・機能的に安定した血管を作り出す、新たな血管再生療法への応用が期待されます。さらに、AM - RAMP2の浮腫抑制作用を応用することにより、これまで良い治療法がなかった脳浮腫など難治性浮腫の治療法開発にもつながるものと期待されます。
 本研究は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「代謝と機能制御」研究領域(研究総括:西島 正弘)の研究課題「受容体活性調節タンパクの機能解明と血管新生および血管合併症治療への応用(研究者:新藤 隆行 信州大学 大学院医学系研究科 教授)」の一環として行われました。本研究成果は、2007年12月20日(米国東部時間)に米国科学雑誌「The Journal of Clinical Investigation」のオンライン版で発表されます。


<研究の背景と経緯>

 心筋梗塞や脳梗塞などの虚血性疾患は、我が国における主要な死因を占め、人口の高齢化と共に、その治療医学の発展が必要不可欠となっています。虚血性疾患に対する新たな治療法として最近、血管再生療法が試みられていますが、再生された血管が脆弱で血管透過性が高いため浮腫や出血を招く、また、いったん形成された血管が治療終了後再び退縮してしまうことが大きな問題点として挙げられています。今後、血管再生療法を虚血性疾患に対する効果的な標準治療として展開していくためには、こうした諸問題を解決し、治療後の長期予後を改善させることが必須です。こうした理由から、新藤らは、血管の退縮や浮腫の発生を防ぎ、かつ長期的に見て臓器に保護的に働く"新たな生理活性物質"の応用を考えました。
 アドレノメデュリン(AM)は、血管をはじめ全身の組織で広範に産生されるペプチドです。AMは当初、強力な血管拡張作用を有する物質として注目されましたが、それ以外にも多彩な生理活性を有することが報告されています。新藤らはこれまでに、樹立したAMノックアウトマウスの胎児は、胎内で血管の発達異常により死んでしまうことから、AMが血管新生に必須な物質であることを報告してきました。しかし、AMはペプチドであり血中半減期が短いため、それ自体を慢性疾患の治療薬として応用するには多くの制約があります。

<研究の内容と成果>

1 新藤らは、AMに代わる治療標的として、AMの受容体システムに着目しました。AM受容体はCRLR注2)ですが、CRLRには重合する受容体活性調節たんぱく質のRAMPが存在します。RAMPには複数のサブアイソフォームが存在しますが、本研究では、AMノックアウトマウスの胎児が死ぬ要因となっている胎生中期の血管においてRAMP2の発現が亢進していることに注目し、RAMP2の単独ノックアウトマウスを新たに樹立しました。
2 RAMP2ホモノックアウトマウス(RAMP2-/-)では、研究グループがこれまでにAMノックアウトマウスで報告した血管の異常が再現され、胎生中期に著明な全身性浮腫や出血を生じて致死することが分かりました。RAMP2-/-では、胎児の血管における基底膜構成因子、細胞接着因子の遺伝子発現の低下が認められました。またRAMP2-/-では、代償として血管のAMの発現亢進が認められました。これらの結果から、AMの血管新生作用や血管構造安定化作用は、RAMP2によって規定されていること、またRAMP2-/-では、その他のRAMPの発現変化を認めず、RAMPサブアイソフォームでは、各々まったく別の働きをしていることも初めて判明しました。
3 RAMP2ヘテロノックアウトマウス(RAMP2+/-)は、正常に発育して成体が得られました。RAMP2+/-の成体の血管におけるRAMP2発現は半減していましたが、一方でAMの発現の亢進を認めることから、成体においてもRAMP2がAMの血管におけるシグナルを伝える上で、中心的な役割を果たしていることが明らかとなりました。また、RAMP2+/-成体では、各種のアッセイ法検査で血管新生が減弱し、下肢浮腫や脳浮腫モデルにおいて浮腫の増悪が見られました。
4 次に、ヒト内皮細胞にRAMP2遺伝子を過剰発現した細胞株を樹立したところ、細胞のアポトーシス抑制、血管形成の促進、細胞接着因子の発現亢進が認められました。さらに、RAMP2遺伝子導入により、血管透過性が抑制されることも確認されました。この結果から、血管内皮細胞のAM-RAMP2系を選択的に活性化させることにより、血管新生の亢進と血管構造の安定化が得られることが証明されました。
5 本研究成果により、AM-RAMP2 系は血管新生に重要であると共に、血管透過性抑制を抑制し、安定した血管構造の形成や維持に必須なシステムであることが明らかとなりました。

<今後の展開>

1 RAMP2は低分子たんぱく質であり、構造解析や選択的なアゴニストやアンタゴニストの生成に関してもアプローチが容易であると考えられます。
2 従来の血管再生療法は、虚血部位の血管の数を増やして血流量を増加させるのが主たる治療戦略で、血管構造の安定化に着目した医薬の開発は、これまでありませんでした。AM-RAMP2系を標的とすることで、従来の血管再生療法の問題点であった再生血管の退縮や浮腫などを克服する構造的・機能的に安定した血管を作ることが可能になると思われ、虚血性疾患の長期予後を改善させる新たな血管再生療法への応用が期待されます。
3 さらに、AM-RAMP2系の血管透過性抑制作用、抗浮腫作用を応用することにより、脳浮腫、網膜浮腫など、これまで有効な治療法がなかった難治性浮腫の新規治療法開発への展開も期待されます。
図1 RAMP2ノックアウトマウス(RAMP2-/-)胎仔の外観と血管構造の異常
図2 RAMP2ノックアウトマウス(RAMP2-/-)胎仔の大動脈壁構造の異常
図3 RAMP2ノックアウトマウス(RAMP2-/-)胎仔の血管新生の異常
<用語解説>

<掲載論文名>

"The GPCR modulator protein RAMP2 is essential for angiogenesis and vascular integrity"
(GPCR調節たんぱく質RAMP2は血管新生および血管構造安定化に必須である)

<研究領域等>

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域「代謝と機能制御」研究領域
(研究総括:西島 正弘 国立医薬品食品衛生研究所 所長)
研究課題名受容体活性調節タンパクの機能解明と血管新生および血管合併症治療への応用
研究者新藤 隆行(信州大学 大学院医学系研究科 教授)
研究実施場所信州大学 大学院医学系研究科
研究実施期間平成18年10月~平成22年3月

<お問い合わせ先>

信州大学 大学院医学系研究科 臓器発生制御医学講座
〒390-8621 長野県松本市旭3丁目1番1号
新藤 隆行(シンドウ タカユキ)
Tel: 0263-37-3192 Fax: 0263-37-3437
E-mail:

科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部研究第二課
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
Tel: 03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
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