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科学技術振興機構報 第446号

平成19年12月4日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報・ポータル部広報課)
URL https://www.jst.go.jp

細胞の分裂方向を決める分子メカニズムを解明

(腫瘍や多嚢胞腎などの発症機構の解明と早期診断法の開発につながると期待)

 JST(理事長 北澤宏一)は、細胞が分裂する方向を決める分子機構において、細胞膜の脂質成分が重要な役割を果たすことを突き止めました。
 通常の細胞を基質の上に接着させた状態で培養すると、細胞は基質面に対して平行な軸に沿って分裂を繰り返し、基質上に一層のシート構造を形成します。つまり、分裂後別れた2つの娘細胞は共に基質に接着することになります。細胞は、分裂装置である紡錘体を基質面に対して平行に配置することで分裂の方向を決めますが、この紡錘体軸の方向を決める仕組みは不明でした。
 研究グループは哺乳類培養細胞を用いた研究で、細胞膜の脂質成分であるホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸〔PI(3,4,5)P3〕注1)が、この仕組みの鍵となることを明らかにしました。PI(3,4,5)P3は分裂期の細胞の中央表層に局在し、モーターたんぱく質であるダイニン・ダイナクチン複合体注2)を中央表層へ濃縮させます。その結果、ダイニンによる紡錘体の牽引力が細胞中央領域で平衡化するため、紡錘体が基質面に対して平行に配置されることが分かりました。本研究は、細胞分裂する方向の決定に細胞膜脂質が関わることを世界で初めて明らかにしたものです。
 最近、分裂方向の異常が、腫瘍や多発性嚢胞腎病注3)などの疾患に関わることが明らかとなってきています。本研究は、これらの疾患の発症のメカニズムの解明や早期診断法の開発につながる可能性を秘めています。
 本研究は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「代謝と機能制御」研究領域(研究総括:西島 正弘)における研究課題「細胞膜脂質による分裂軸方向の制御とがん化に伴う変化(研究者:豊島 文子 京都大学 大学院生命科学研究科 研究員、さきがけ研究者)」の一環として、豊島らが京都大学 大学院生命科学研究科の西田栄介教授らのグループと共同で行ったものです。本研究成果は、2007年12月4日付(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Developmental Cell」に掲載されます。

<研究の背景と経緯>

 細胞が一定の方向に分裂する現象は、さまざまなモデル生物の発生過程の多くの局面で見られ、生物の形作りに重要であることが分かってきました。最近、細胞が分裂する方向、すなわち「細胞分裂軸」の異常は腫瘍形成や多発性嚢胞腎病の発症に関わることが明らかになってきており、細胞分裂軸を制御する分子機構の解明は、これらの病気発症のメカニズムを理解する上でも重要な研究課題となっています。
 豊島らの研究グループはこれまで、哺乳類培養細胞を用いて、細胞分裂軸を制御する分子機構について研究を進めてきました。その結果、HeLa細胞注4)などの通常の接着細胞は、分裂装置である紡錘体を基質面に対して平行に配置することで、基質面に平行な軸に沿って分裂することを見出しました(図1)。この現象が起こるのには、細胞と基質をつなぐたんぱく質であるインテグリンが必須であることが分かっていました(図1)が、インテグリンがどのようにして紡錘体の向きを決めるのか、その分子メカニズムは不明でした。

<研究の内容>

1 研究グループは、インテグリンの下流で活性化することが知られていた、いくつかの細胞内シグナル伝達因子に注目して調べました。その結果、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3キナーゼ)注5)が分裂期にインテグリン依存的に活性化することを見出しました。また、PI3キナーゼが作る脂質であるホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸PI(3,4,5)P3が、紡錘体を基質面に対して平行に配置するのに必須であることも発見しました。
2 PI(3,4,5)P3は分裂期の細胞の中央表層に局在し、微小管モーターたんぱく質であるダイニン・ダイナクチン複合体を中央表層に濃縮させることが分かりました。
3 PI(3,4,5)P3がない状態、あるいは過剰にある状態にすると、ダイニン・ダイナクチン複合体が細胞表層全体に広がり、細胞表層上のいろいろな場所から紡錘体を引っ張るため、紡錘体がz軸に沿って回転することが分かりました(図2)。このことから、通常の状態ではPI(3,4,5)P3がダイニン・ダイナクチン複合体を中央表層に濃縮させる結果、紡錘体を引っ張る力が細胞の中央領域で平衡化するため、紡錘体が基質面に対して平行に配置されることが示されました(図3)。このように、細胞膜の脂質成分が細胞分裂の方向を制御する機能をつかさどっていることを初めて明らかにしました。

<今後の展開>

1 今回の発見から、PI(3,4,5)P3の中央表層への濃縮が、紡錘体の方向を決める上で鍵となることが分かりましたが、どのようにしてPI(3,4,5)P3が中央表層へ局在するのかは不明なままです。細胞の分裂期における膜のダイナミクスはこれまで、ほとんど研究されていません。本研究成果を起点として今後、新しい研究領域「細胞の分裂方向を決める膜動態」が発展すると期待されます。
2 今回得られた結果は、培養皿上で増殖させた細胞についてのものであり、生体内でも同様の分子メカニズムが働くかは不明です。今後、生体内での細胞分裂の方向制御におけるPI(3,4,5)P3の役割を検討する必要があります。
3 近年、細胞の分裂方向の異常は腫瘍や多嚢胞腎などの疾患に関わることが、モデル生物を用いた研究で分かってきました。これらの疾患発症の過程における、分裂方向の異常と膜の動態変化との関わりを調べることが、疾患発症のメカニズムの解明と早期診断法の開発につながるものと期待されます。
図1 接着細胞における細胞の分裂方向
図2 正常状態とPI(3,4,5)P3が低下した状態における紡錘体の動きの画像
図3 PI(3,4,5)P3依存的な紡錘体の方向制御のモデル図
<用語解説>

<掲載論文名>

"Ptd(3,4,5)P3 regulates spindle orientation in adherent cells"
(ホスファチジルイノシトール(3,4,5)P3は接着細胞において紡錘体の軸方向を制御する)

<研究領域等>

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域「代謝と機能制御」研究領域
(研究総括:西島 正弘 国立医薬品食品衛生研究所 所長)
研究課題名細胞膜脂質による分裂軸方向の制御とがん化に伴う変化
研究者豊島 文子(京都大学 大学院生命科学研究科 研究員、さきがけ研究者)
研究実施場所京都大学 大学院生命科学研究科
研究実施期間平成17年10月~平成21年3月

<お問い合わせ先>

京都大学 大学院生命科学研究科
〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町
豊島 文子(トヨシマ フミコ)
Tel:075-753-9428 Fax:075-753-4235
E-mail:

科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部研究第二課
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
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