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科学技術振興機構報 第440号

平成19年11月20日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報・ポータル部広報課)
URL http://www.jst.go.jp

たんぱく質の折り畳み運動を読み解く新手法を開発

 JST(理事長 北澤宏一)は、たんぱく質などの生体分子がいかにしてさまざまな立体構造を取りながら(移り変わりながら)安定な折り畳み状態になるのかを、実験的な1分子の挙動観察で得られる時系列データから読み解くための全く新しい方法論を開発しました。
 本方法論は、1分子の運動が細胞や組織などのさまざまな環境の中で、いかにして細胞や組織などの機能に結びつくのかを解明する手段を示したものです。従来の理論的な数理モデルや微視的な計算機シミュレーションに頼ることなく、1分子レベルの運動の解析結果を組み合わせることにより、できるだけ自然な形で背後に存在する折り畳みの原理を、1分子の挙動の時系列データを通してたんぱく質から得るための方法論です。この方法論を用いて1分子解析を蓄積することにより、例えばアルツハイマー病の原因であるアミロイド凝集体の形成機構の解明などへの展開が期待されます。
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST) 「生命現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究領域(研究総括:柳田敏雄)における研究課題「蛋白質の折り畳み運動解明を目指した一分子観測法の確立」(研究代表者:高橋聡 大阪大学蛋白質研究所 准教授)の一環として、小松崎民樹(北海道大学電子科学研究所 教授)と馬場昭典(同大学 博士研究員)が行ったものです。
 今回の研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」の電子版で2007年11月19日の週(米国東部時間)に公開されます。

<研究の背景>

 生命現象を理解するためのアプローチとしては、大きく分けて2つの流れがあります。巨視的な立場から背後の数理モデルを提唱するトップダウン的構成論的手法と、微視的な立場から計算機シミュレーションなどで巨視的な現象の再現を試みるボトムアップ的還元論的手法です。前者は研究者のイメージが先行し、大胆すぎる仮定や現象から乖離したモデルに陥る可能性があり、後者は計算能力の限界があるために、ミクロからマクロへつなぐ生命現象を把握するのは困難を伴うものと考えられます。細胞や組織などのさまざまな環境の中での生体分子の挙動を観察することができる1分子観察技術は、これらのトップダウン、ボトムアップ的手法の利点を残しながら両者を橋渡しできる可能性を秘めています。しかし、橋渡しの役目を果たすためには、観測される1分子時系列情報から、生命現象の背後に存在する原理やモデルをできるだけ自然な形で"抽出"することができる新しい方法論が必要となります。

<研究の概要>

 1分子観察は、従来の実験で観測されるような多数の分子の統計平均には表れてこない分子1個の挙動を観察しようというものです。つまり、生命活動の基本単位である生体分子の1分子レベルの運動や分子機能を直接観察する手法です。これまでの多くの観測を通して、その分子がかかわる系がどのように分布しているか、また、どのように移り変わっているのかなどの新しい情報が次々に報告されてきています。しかし、それらの現象を解釈するための解析手法の構築は立ち遅れています。また、そもそも1分子の挙動の時系列から、系について何を読み取ることができるのかを事前に想定しにくいのが現状です。従来の時系列解析は、事前にモデルを仮定し、そのモデルの枠内で現象を理解するものがほとんどでした。本研究で開発された方法は、できるだけモデルをあらかじめ規定せず、たんぱく質1分子の観察を通して、たんぱく質自身にたんぱく質について語ってもらう立場を取ります。
 たんぱく質は、DNAの情報に基づいてアミノ酸がつながった高分子であり、無数の立体構造をもつ変性状態注1)から、固有の形に折り畳むことで機能を果たしています。たんぱく質は変性状態からいくつかの局所平衡状態注2)を遷移しながら、最終的には唯一の天然状態注3)に折り畳むものと考えられています。しかし、多種多様なたんぱく質において、それぞれ局所平衡状態はどれくらいの数存在しているのか、それらはどのように分布し、つながっているのか、また、どのような時間スケールで各々の局所平衡状態内の立体構造群を渡り歩き、かつ状態間を遷移していくのか――などの折り畳みのダイナミックスに関する知見はほとんど得られていません。
 これまでの1分子観察の時系列情報と本研究の方法論との併用によって、上記の問いに対する解答を与えることが可能と思われます。また、局所平衡状態の間の遷移の時間スケールの階層性、天然状態や変性状態など各状態を巡る局所平衡時間の違いと折り畳み効率との関係、たんぱく質1分子レベルでの揺らぎと機能など、従来あまり知られていなかったたんぱく質の新しい動態構造の詳細が明らかとなると期待されます。さらに、多くのたんぱく質に対する本研究の1分子解析を蓄積すれば、たんぱく質の折り畳みダイナミックスや熱揺らぎの中での生体分子の機能の頑健性などに対する本質的な理解につながり、将来的には、新薬の開発や人工たんぱく質の設計などへの応用につながると期待されます。

<研究成果の概要>

 本研究では、1分子観察で得られる一次元の時系列データから局所平衡状態を抽出し、それら局所平衡状態がどのようにつながりあっているかを俯瞰する「自由エネルギー地形」注4)(盆地と峠から成る山脈の地形を高次元に拡張した"高次元の等高線図"に相当します)を構成する新しい方法論を開発しました。従来の解析方法では観測値のスカラー量注5)ガウス分布注6)の重ね合わせから、(その存在を前提として)局所平衡状態を"定義"します。
 一方、我々の方法論では、局所平衡状態の存在をあらかじめ規定せず、その存在の可否を検証しながら局所平衡状態を時系列データから"抽出"します(図1参照)。我々の方法論では、それぞれの局所平衡状態は、系が滞在する局所的な領域の多次元的な地形を反映した「観測値の分布」として得られ、従来の方法よりも背後に存在する自由エネルギー地形をより正確に再現できることを、モデルたんぱく質の計算機実験を用いて示しました。1分子観察と我々の方法論を併用し、(抽出される)自由エネルギー地形を俯瞰することで、たんぱく質が変性した状態からどのような時間スケールで、どのような経路を経て天然状態に折り畳むのかを理解することが可能となりました。

<今後の展開>

 我々の方法論と生体分子の1分子観察実験を併用することで、計算機実験では計算が困難な、例えば、細胞の中における生体分子の実効的な自由エネルギー地形などを評価することができます。また、物性(例えば、耐熱性)が異なるたんぱく質群の自由エネルギー地形を俯瞰することによって、それらたんぱく質が進化の過程でどのような折り畳み戦略(局所平衡状態の総数、および分布や折り畳み経路)を選択してきたのかを1分子観察を通して考察することも可能となります。
 たんぱく質の動態構造への新しい知見、例えば、時間スケールに応じて変化する自由エネルギー地形、局所平衡に至る緩和時間と折り畳みとの関係、および1分子レベルでの熱的揺らぎと機能との関連なども明らかにされていくことが期待されます。
 さらには、これらの知見を蓄積し、たんぱく質の折り畳み問題に対する理解を深めることで、アルツハイマー病や狂牛病などの原因として知られるアミロイドなどのたんぱく質の凝集体の形成機構の解明や、将来的には、新しい人工たんぱく質ならびに新薬のデザインなどへの応用が期待されます。

図1:開発した方法論の概略
<用語解説>

<掲載論文名>

"Construction of effective free energy landscape from single molecule time series"
(1分子時系列からの実効的な自由エネルギー地形の構築)
doi: 10.1073/pnas.0704167104

<研究領域等>

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「生命現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」
 (研究総括 柳田 敏雄 大阪大学大学院生命機能研究科 教授)
研究課題名 「蛋白質の折り畳み運動解明を目指した一分子観測法の確立」
研究代表者 高橋 聡 (大阪大学蛋白質研究所 准教授)
研究期間 平成16年度〜平成20年度

<お問い合わせ先>

北海道大学電子科学研究所
分子生命数理研究分野
〒060-0812 北海道札幌市北区北12条西6丁目
小松崎 民樹 (コマツザキ タミキ)
TEL&FAX:011-706-2892
E-mail:

科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
金子 博之(カネコ ヒロユキ)
TEL:03-3512-3531 FAX:03-3222-2066
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