JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第426号(資料2) > 研究領域 「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
(資料2)

平成19年度 戦略的創造研究推進事業(CRESTタイプ)
新規採択研究代表者および研究課題概要


10 戦略目標 「精神・神経疾患の診断・治療法開発に向けた高次脳機能解明によるイノベーション創出」
研究領域 「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
研究総括 樋口 輝彦(国立精神・神経センター 総長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
井ノ口 馨 株式会社三菱化学生命科学研究所研究部門 グループディレクター 恐怖記憶制御の分子機構の理解に基づいたPTSDの根本的予防法・治療法の創出 本研究は、トラウマ記憶そのものを減弱・消去させることにより、外傷後ストレス障害(PTSD)の根本的な予防・治療法の開発のための基盤構築をはかるものです。動物モデルを用いて恐怖記憶の制御の分子機構を明らかにし、その知見から得られる動物モデル・トラウマ体験者・PTSD患者まで一貫した理論的根拠を基にしたPTSDの新規かつ根本的な予防法と治療法の創出を目指します。
岩坪 威 東京大学大学院薬学系研究科 教授 アルツハイマー病根本治療薬創出のための統合的研究 本研究は、アルツハイマー病(AD)の分子病態を、病因物質βアミロイド(Aβ)の産生、凝集、クリアランスの分子機構に着目して解明し、各段階を改善する新機軸の治療方策を創出するものです。Aβ産生についてはγセクレターゼ、Aβの毒性機構についてはシナプスや樹状突起などの障害を標的として、Aβ排出促進療法にも着目します。さらにADの初期病態を反映するバイオマーカーについて、実験動物とAD患者を対比し検証し、新規治療法の実現につなげます。
貝淵 弘三 名古屋大学大学院医学系研究科 教授 神経発達関連因子を標的とした統合失調症の分子病態解明 統合失調症の発症には、遺伝因子と環境因子が関与すると考えられています。発症脆弱性遺伝子が複数報告されていますが、発症機構は今なお不明です。本研究では統合失調症の分子病態を理解するため、発症脆弱性因子に結合する分子を同定し、その生理機能や遺伝学的な関与を明らかにします。さらに、発症脆弱性遺伝子の変異マウスを作成し、病態生理学的、行動学的な解析を行い、新たな予防法・治療法へと繋げることを目標とします。
高橋 良輔 京都大学大学院医学研究科 教授 パーキンソン病遺伝子ネットワーク解明と新規治療戦略 ドーパミン神経の選択的変性を特徴とするパーキンソン病(PD)は、わが国で10万人以上の患者数を数える重篤な神経変性疾患であり、治療に向けた病因解明は急務です。本研究は、単一および多重遺伝子変異をもつPDモデル系(細胞株・メダカ・マウス)を樹立し、小胞体、ミトコンドリア、タンパク質分解系の複合病態を解明するもので、モデル系を治療の標的分子や神経保護性低分子化合物の探索に利用して、新規治療法の開発を目指します。
宮川 剛 藤田保健衛生大学総合医科学研究所 教授 マウスを活用した精神疾患の中間表現型の解明 これまでに「マウスの精神疾患」と呼んでも過言ではないほどの顕著な行動異常を示す系統のマウスを複数同定することに成功してきました。本研究は、このような精神疾患モデルマウスの脳について、各種先端技術を活用した網羅的・多角的な解析を行い、生理学的、生化学的、形態学的特徴の抽出を進めます。さらに、これらのデータをヒトの解析に応用することによって、精神疾患における本質的な脳内中間表現型の解明を目指します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:樋口 輝彦(国立精神・神経センター 総長)

 本研究の戦略目標は少子・高齢化社会あるいはストレス社会といわれるわが国において、社会的要請の強い精神・神経系の疾患の克服のために、脳科学の基礎的知見を活用して予防・診断・治療における新技術(イノベーション)の創出をめざすことにあります。具体的には、精神・神経疾患あるいは認知・情動と関係する遺伝子変異・多型、環境因子等を付与することによって、ヒトの脳機能変化を再現させた動物モデルを作成し、ヒトでは直接検証が困難な分子マーカーや機能マーカーを検証すること、あるいはこれら精神・神経疾患または認知・情動に関わる分子神経機構の生化学的評価法や非侵襲機能解析法を開発すること、あるいはヒトで見出されたマーカーを動物モデルで確認することにより、これらの疾患を診断・評価する技術を開発すること等が挙げられます。
 平成19年度は、精神医学、神経内科学、神経科学、神経化学などを専門とする研究者から59課題の提案をいただきました。その提案内容は多岐にわたりましたが、大きく分類すると神経疾患、認知症関連、精神疾患(統合失調症、気分障害、不安障害など)、発達障害、特定の疾患を超えて応用可能な新技術、その他に分けることができました。これらの研究課題について、領域アドバイザーの方々の協力を得て書面審査を行い、13課題に対して面接選考を行いました。その結果、5課題を採択しました。5件の採択課題の対象は、外傷後ストレス障害(PTSD) 、アルツハイマー病、統合失調症、パーキンソン病、精神疾患モデルマウスという多様な構成となり、いずれも独創性に富み、新たなイノベーションの創出が期待できるものです。
 来年度も、本年度と同様に戦略目標の達成に向けた多様な研究提案を期待します。なお今回は脳の高次機能解明を厳密に解釈した関係で脊髄関連の疾患を対象とするかを明記しませんでしたが、次年度以降には明確にする予定です。