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科学技術振興機構報 第424号

平成19年9月7日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報課)
URL https://www.jst.go.jp

閉経後骨粗鬆症の病因を解明

 JST(理事長 沖村憲樹)は、女性ホルモンが女性ホルモン受容体(Estrogen Receptor: ER)を介して、骨基質を吸収する細胞である破骨細胞注1)の寿命を調節し、骨量を維持していることを明らかにしました。これは、細胞種特異的に遺伝子欠損を引き起こす遺伝子改変技術注2)を用いて行ったものです。  高齢化社会に伴い、老年期における骨粗鬆症による生活レベルの低下が問題となっています。中でも、女性の閉経後骨粗鬆症が大きな問題となっていますが、閉経に伴って減少する女性ホルモンの骨組織に対する効果は今まで十分に分かっていませんでした。
 研究チームは今回、女性ホルモン欠乏によって骨粗鬆症が引き起こされることに着目し、骨組織、特に破骨細胞におけるERの機能を遺伝子改変マウスを用いて分析しました。その結果、女性ホルモンが破骨細胞内のERに結合することによって、細胞死の一種であるアポトーシス注3)を引き起こす因子のFas Ligand注4)の遺伝子発現が亢進し、破骨細胞寿命を調節していることが、初めて明らかになりました(図1)。
 本研究の成果は、今まで十分に明らかになっていなかった女性ホルモンによる骨量維持メカニズム、および女性ホルモン欠乏によって引き起こされる閉経後骨粗鬆症の病因の一端を明らかにしたことです。また、女性ホルモンの骨組織における重要な作用点が、骨吸収をつかさどる破骨細胞であることを脊椎動物の生体内で初めて発見したことです。今後の骨粗鬆症治療開発の一助となることが期待されます。
 本研究は、戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「加藤核内複合体プロジェクト」(研究総括:加藤茂明 東京大学分子細胞生物学研究所教授)の加藤茂明(同上)と中村貴(JST研究員)らが、今井祐記(東京大学分子細胞生物学研究所リサーチフェロー)らと共同で行ったものです。今回の研究成果は、米国科学雑誌「Cell」電子版に2007年9月6日(米国東部時間)に公開されます。

<研究の背景>

 日本をはじめ先進諸国では高齢化が進み、老年期の骨粗鬆症、特に女性の閉経後骨粗鬆症による脊椎骨や大腿骨の骨折が多発し、骨折に伴う、生活の質の低下が憂慮される事態となっています。閉経後骨粗鬆症は、女性ホルモンの欠乏によって生じることは分かっていますが、なぜ女性ホルモンが欠乏すると骨の脆弱化が起こるかは分かっていませんでした。
 女性ホルモンは細胞内に存在する女性ホルモン受容体(ER)に結合して、様々な遺伝子発現を調節します。このため、研究用に女性ホルモン受容体遺伝子欠損マウスが作られましたが、このマウスでは逆に女性ホルモン濃度が上昇するなどのホルモン異常が起こり、閉経後骨粗鬆症に見られるような骨脆弱性は認められませんでした。
 そこで、全身的な女性ホルモン受容体遺伝子欠損マウスではなく、骨組織に存在する細胞種特異的な遺伝子欠損マウスによる解析が必要と考えられました。骨組織では、常に古い骨を吸収しながら新しい骨を形成する骨再構築(リモデリング)が起こっています。研究チームは今回、骨吸収を担う細胞である破骨細胞特異的にER遺伝子を欠いたマウスを作り解析しました。

<研究成果の概要>

 今回研究チームは、破骨細胞でのみER遺伝子が欠損するマウスを作り、骨の強さ(骨密度など)を調べました。すると、この雌マウスでは野生型(ER遺伝子が普通に発現できる)マウスと比べて内分泌に異常を認めませんでしたが、閉経後骨粗鬆症と同じような骨量の低下を認めました。さらに骨量の減少を組織標本で詳しく検討すると、破骨細胞特異的ER遺伝子欠損マウスでは、野生型マウスに比べて破骨細胞の数が増えており、骨の吸収が骨の形成を上回ることで、骨量が減少していることが分かりました。また野生型マウスでは、卵巣摘出によって閉経後骨粗鬆症と同じように骨量減少が起こりますが、女性ホルモンを補充することで骨量が回復します。破骨細胞特異的ER遺伝子欠損マウスでは、卵巣摘出による骨量減少を示さず、さらに女性ホルモンの補充によっても骨量の回復を認めませんでした。
 そこで、なぜ破骨細胞の数が破骨細胞特異的ER遺伝子欠損マウスで増加するのか、そのメカニズムを明らかにするために実験を進めました。その結果、野生型マウスの破骨細胞では女性ホルモンを投与することによって、細胞死の一種であるアポトーシスを引き起こす因子の一つ、Fas Ligandの遺伝子発現が亢進しアポトーシスが進むのに対し、ERを持たない破骨細胞では女性ホルモンを投与してもFas Ligandの遺伝子発現に変化を認めず、アポトーシスにも変化がありませんでした。つまり、女性ホルモンは骨組織に直接的に作用し、骨吸収を司る破骨細胞の寿命を調節することで骨量維持にかかわっていることが分かりました(図1)。

<今後の展開>

 現在骨粗鬆症に対する治療薬の開発が進み、一定の効果を上げていますが、副作用や合併症などいくつかの問題があります。これらの問題は、閉経後骨粗鬆症の原因が明らかになっていないために、ターゲットを絞った治療薬の開発が十分とは言えないことで起こっている可能性があります。本研究では、破骨細胞における女性ホルモンの作用点を明らかにしたことで、閉経後骨粗鬆症発症の一端を解明したと言えます。これらの詳細な分子メカニズム解明は、閉経後骨粗鬆症治療薬の開発につながる可能性があります。

用語解説
図1 破骨細胞の生涯

<掲載名>

"Estrogen Prevents Bone Loss via Estrogen Receptor α and Induction of Fas Ligand in Osteoclasts"
(エストロゲンは破骨細胞のエストロゲン受容体αを介しFas Ligand発現を誘導することで骨量を維持する)
doi: 10.1016/j.chom.2007.09.005

<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

戦略的創造研究推進事業ERATO型研究
研究領域:「加藤核内複合体プロジェクト」
研究総括:加藤茂明 東京大学分子細胞生物学研究所 教授
研究期間:平成16年度~平成21年度

<お問い合わせ先>

独立行政法人 科学技術振興機構
加藤核内複合体プロジェクト 研究総括
東京大学分子細胞生物学研究所教授
〒113-0033 東京都文京区弥生1-1-1
加藤 茂明(かとう しげあき)
Tel: 03-5841-8478 Fax: 03-5841-8477
E-mail:

独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
小林 正(こばやし ただし)
Tel: 03-3512-3528 Fax: 03-3222-2068
E-mail: