JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第420号(資料2) > 研究領域 「代謝と機能制御」
(資料2)

平成19年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけタイプ)
新規採択研究者及び研究課題


10 戦略目標 「代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御に関する基盤技術の創出」
研究領域 「代謝と機能制御」
研究総括 西島 正弘(国立医薬品食品衛生研究所 所長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
池ノ内 順一 京都大学 日本学術振興会 特別研究員 細胞の極性形成に関わる膜ドメインの形成・維持機構の解明 私達の体を構成する細胞を包む膜は、様々な秩序だった領域から成り立っています。細胞を包む膜を構成するタンパク質については多くの研究がなされてきましたが、もう一方の主成分である脂質についての理解は遅れています。本研究は細胞の細胞膜のそれぞれの領域でどの程度脂質が違っているのか、秩序の破綻した癌細胞と正常細胞では脂質がどう違うのかを明らかにし、細胞膜における脂質代謝物の機能を明らかにすることを目指します。
今村 博臣 大阪大学 日本学術振興会 特別研究員 蛍光ATPプローブを用いたATP代謝の解析 全ての細胞はATPという物質をエネルギーとして使っています。つまり、細胞内のATP濃度は細胞のエネルギー状態の指標となると考えられるわけですが、これまでは個々の細胞についてATP濃度を測定する事は困難でした。本研究では蛍光によって細胞内のATP濃度をモニターする手法を確立して、ATPの細胞内での振る舞いを調べます。さらに、ATPの合成・分解が制御される機構を明らかにする事を目指します。
岩脇 隆夫 (独)理化学研究所 ユニットリーダー 細胞内の蛋白質代謝を管理するストレス応答機構の解明 生体内にはタンパク質の品質を広い範囲で管理し、その代謝過程を調節している機構が存在しますが、その実態が完全にわかっている訳ではありません。本研究では小胞体とよばれる細胞小器官で合成される分泌タンパク質や膜タンパク質に焦点をあて、小胞体内タンパク質の品質管理を担っているストレス応答機構をより広く、より詳しく解明することで、その代謝調節機構や関連するヒト疾患・生理現象の謎に迫ることを目指します。
酒井 達也 (独)理化学研究所 チームリーダー オーキシン調節による植物の成長制御機構の解明 植物は植物ホルモンオーキシンの代謝調節によって、細胞の成長、分裂、分化、ひいては個体の大きさ、発生、生殖など、様々な営みを制御しています。本研究は、光応答をモデルとして、環境刺激に応答したオーキシン合成・代謝・細胞間輸送の調節機構、及びオーキシンを介した植物の成長制御機構について分子レベルでの解明を目指します。本研究成果は、植物の収量や形態、環境適応性の改良技術に貢献する可能性があります。
中野 雄司 (独)理化学研究所 専任研究員 ブラシノステロイド情報伝達による発生と自然免疫制御の分子機構 ステロイドホルモンは多細胞生物の種を越えて広く保存される生理活性化合物であり、植物においてはブラシノステロイドが重要な役割を担っています。本研究では、このブラシノステロイド生合成阻害剤Brzを用いたケミカルジェネティクス(化学遺伝学)研究を行い、ブラシノステロイドによる植物発生と植物自然免疫の制御機構、植物ブラシノステロイド情報伝達経路と動物自然免疫情報伝達経路との進化的保存性の解明を目指します。
前田 裕輔 大阪大学 准教授 オルガネラのpHによるタンパク質輸送の制御 細胞内小器官は、各々固有のpHを持っています。ゴルジ体のpH調節はタンパク質輸送・糖鎖修飾・ゴルジ体の形態を制御する根幹的なホメオスターシスの一つです。ゴルジ体のpH上昇よりそれらの異常を示す変異細胞を解析することにより、これまでほとんど判っていないpHの調節機構、及びpHによるタンパク質輸送の制御機構の詳細な仕組みを明らかにすることを目指します。
南野 徹 千葉大学 助教 老化シグナルにより制御される代謝ネットワークの解明 本研究では、メタボリックシンドロームや糖尿病、心不全などといった生活習慣病を、老化の側面から検討することによって、新たな治療法の開発を目指します。これまでの研究結果から、脂肪における老化シグナルが活性化すると、各臓器において代謝不全が生じ、糖尿病の発症が誘導されることがわかっています。このようなモデルを用いることによって、脂肪の老化制御によって変化する代謝調節分子を同定し、その分子を標的とした治療法を開発することができます。
宮本 健史 慶應義塾大学 講師 「骨代謝」における破骨細胞の細胞融合と代謝制御 骨は骨を吸収する破骨細胞と骨を形成する骨芽細胞により常にリモデリングと呼ばれる組織再構築が行なわれており、これらの細胞活性の総和としての代謝を理解することが骨粗鬆症などの骨代謝疾患対策には欠かせません。本研究では細胞融合因子DC-STAMPが破骨細胞の状態制御を通じて骨形成を含む骨代謝全体を制御するという知見を切り口に、骨の恒常性維持機構ならびにその破綻による病態を解明することを目標としています。
村山 明子 筑波大学 講師 新規蛋白質NMLによるATP代謝制御ネットワークの解明 ATPの生産と消費のバランス維持は、細胞にとって極めて重要です。本研究では、ATP代謝制御に関わる新規蛋白質Nucleomethylin (NML)の機能解析を行い、NML複合体を中心とするATP代謝制御ネットワークの解明とその個体における役割、さらに、ネットワークの破綻と疾患との関係を明らかにすることを目標とします。将来的には、癌・生活習慣病・老化などの新たな治療戦略の開拓が期待されます。
山口 英樹 東京薬科大学 講師 癌浸潤転移における細胞膜脂質代謝及びドメイン構造の機能解析 浸潤突起は生理的な基質上で培養された癌細胞の底部に観察される特殊な細胞膜構造です。この構造は細胞外基質を分解する活性を持つことから、癌浸潤転移において重要な働きをしていると考えられています。しかし、その生体内での機能や形成の分子機構は未だほとんど明らかになっていません。本研究では、浸潤突起形成に関わる細胞膜脂質代謝メカニズムを明らかにし、癌転移治療法の開発につながる成果を得ることを目指します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:西島 正弘(国立医薬品食品衛生研究所 所長)

 「代謝と機能制御」研究領域は、平成17年度に発足し、今年度が3回目で最後の公募となりました。
本研究領域では、メタボローム研究に資する新しい分析手法の開発、微生物・動物・植物の変異・病態・発生過程等におけるメタボローム解析、特定の細胞状態を規定する代謝産物の同定、新しい代謝過程の発見、代謝産物の変化情報に基づく細胞機能の解明と制御などを研究対象としています。
 本研究領域の公募に対し、156件と今年度も多数の応募がありました。この中には、昨年度、あるいは、一昨年度残念ながら採択に至らなかった研究構想を練り直して、再度応募した提案も含まれていました。これらの研究提案に対し13名の領域アドバイザーとともに書類選考を行い、とくに内容の優れた研究提案22件を面接対象として選考しました。書類選考の段階で面接対象とならなかった研究提案の中にも、優れたものが多数ありました。面接選考においては、過去2回と同様に、研究のねらい、研究計画、研究の主体性、将来性などを中心に審査しました。また、研究構想が本研究領域の趣旨に向き合っていること、高い独創性を有すること、新規性に富むことについても重視しました。選考の結果、今年度の採択課題数は、10件となりました。競争倍率は15倍を超え、この分野の研究に対する非常に高い関心が続いていることが示されました。
 代謝産物の多様性とその機能を網羅的に解析するメタボローム研究は、ゲノム情報を活用するポストゲノム研究として、プロテオーム研究の次に来る新しい研究分野です。本領域では、メタボローム研究における新たな方法論の創出や技術展開を目指すという観点に立ち、メタボライトに基づいた研究であれば幅広く選考の対象としました。新しい生理活性代謝産物の発見、疾患特異的な代謝マーカーによる診断法の開発、代謝疾患治療薬の開発、有用な代謝産物を効率よく産生する実用生物の開発などにつながる可能性を有しているかとともに、サイエンスの見地から将来大きな発展が期待されるかを考慮しました。その結果、計3回の公募で領域全体として33件の研究課題が採択され、メタボロームに関する広範囲の研究が推進される体制となりました。
 メタボローム研究は世界的にも黎明期にあり、我が国が世界に先駆けてメタボローム研究をリードしていくために、将来を担う研究者の方々が独創的な研究構想に挑戦し、本研究領域の成果がこの分野の"さきがけ"となることを期待しています。