JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第420号(資料2) > 研究領域 「光の創成・操作と展開」
(資料2)

平成19年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけタイプ)
新規採択研究者及び研究課題


9 戦略目標 「光の究極的及び局所的制御とその応用」
研究領域 「光の創成・操作と展開」
研究総括 伊藤 弘昌(東北大学大学院工学研究科 客員教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
板谷 治郎 (独)科学技術振興機構 研究員、グループリーダー 高次高調波のコヒーレンスを利用した分子動画観測 近年のレーザー技術の進歩により、実験室内で高次高調波と呼ばれる軟X線を発生できるようになっています。本研究では、高次高調波のもつ「コヒーレンス」という優れた光の性質に着目して、原子や分子が非常に高速に動いている様子を直接観察する手法を開拓します。具体的には、軟X線の散乱から散乱源のナノ構造を観測する手法と、高強度レーザー電場下での電子の干渉から分子内の電子構造を読み取る手法の開発を目指します。
清水 亮介 (独)科学技術振興機構 研究員 多光子波束による物質の非線形光学応答 光の量子性が顕著になる極微弱光領域における光と物質の相互作用では多光子波束の量子的な内部自由度が重要な役割を果たします。本研究では時間―周波数領域における多光子波束の内部自由度を制御する手法の開拓を行い、その非線形光学応答を実験的に調べます。これにより、量子レベルの光と物質との非線形光学応答では相互作用を強く起こしたい場合と、時間応答を調べたい場合とで最適な光の状態が異なることを明らかにします。
永井 正也 京都大学 助教 テラヘルツ電磁波による高速電子スピン操作 非同期光サンプリング法をベースとしたテラヘルツ領域のオシロスコープを開発することで、偶数価金属イオンの磁気遷移を精密測定する手法を確立します。また高強度テラヘルツパルス発生技術や磁場増強効果を用いることで、電磁波との相互作用が弱い磁気遷移を顕在化させ、テラヘルツスピンエコーなどの非線形分光へと発展させます。最終的にはスピン状態をパルス光によって直接制御する新しい技術を開拓します。
早瀬 潤子 (独)情報通信研究機構 専攻研究員 量子ドットによる光・量子メモリの創出と高光非線形性の探求 本研究では半導体量子ドットを対象として、フォトンエコーを用いた光・量子メモリの原理実証を行ないます。2つの光パルス間の相対位相差として符号化された情報を量子ドットに転写・保存し、制御パルスにより必要な操作を施した後、読み出しパルスを照射しフォトンエコーとして再生します。材料構造の最適化により非線形性を増大させ、極微弱光領域において動作する量子メモリの実現を目指します。
前田 はるか University of Virginia Research Scientist デコヒーレンスフリーな非発散波束の生成と量子制御への応用 原子・分子等の量子系にレーザー等を用いて生成されるコヒーレントな量子状態の重ね合わせ=波束の運動を高度に制御する研究は、波束を利用して量子系の制御や量子情報処理等を行う場合の鍵です。一般に波束は環境との相互作用により瞬時に壊れてしまいます。本研究では壊れない波束の物理性質を徹底的に理解し、そして従来の波束法とは全く異なる量子制御の新技術の創出を目指します。
宮丸 文章 信州大学 助教 フラクタル構造による光制御可能性の探索と光機能素子の創製 フラクタル構造による光制御の可能性探索のため、メタマテリアルの概念を導入し、その単位構造にフラクタル構造を採用することにより新規光学機能の発現を狙うのが本研究の目的です。具体的なターゲットとして、テラヘルツ光領域において種々の構造の光アンテナ及び光変調素子を実験的・理論的に探求します。これにより、テラヘルツ光技術の飛躍的な発展のみならず可視光領域の新たな光機能デバイスの創製にもつながると期待されます。
三代木 伸二 東京大学 助教 重力波検出技術が拓く超巨視的量子性の物理 一般相対性理論がその存在を予測する「重力波」という極めて微小な時空の歪みを直接検出するために研究されてきた、レーザー干渉計を用いた極限的微小変位計測技術を応用し、「光ばね」という特殊な力学的共振系における「光ばね共振周波数振動」の実効温度を、2桁マイクロケルビンまで低減し、将来的には、エネルギー基底状態付近でのグラムスケール物体の量子的ふるまいの顕在化を目指しています。
森下 亨 電気通信大学 助教 強高度レーザーによる超高分解能4次元時空イメージング 高強度赤外レーザーを用いた原子・分子の新しい超高分解能4次元時空イメージングの理論を開発します。レーザーにより誘起されるイオン化電子の再衝突過程を利用して、空間的には原子サイズ(Å)、時間的には分子内電子の軌道周期(アト秒)程度の超高分解能を目標とします。これにより、電子状態まで含めた原子レベルでの物質の状態遷移の研究という新しい分野の開拓をすると共に、光と物質の相互作用についての深い理解を目指します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:伊藤 弘昌(東北大学大学院工学研究科 客員教授)

 光・光量子科学技術は、わが国がこれまで積み上げてきた高いポテンシャルを有する分野であり、さらなる優れた基礎的科学技術の創出が求められています。本研究領域は、光の本質の理解、光に関わる新しい現象・物性の解明、光の制御と光による物質の制御に関する新しい概念・手法の探求などに関して、個人の独創的な発想に基づき、将来もたらされると期待される新パラダイムを見据えたこれまでにない研究を対象に選考を実施しました。
 本研究領域の提案に対し、大学、研究機関、民間企業等の方々から計58件の応募が有りました。応募内容は、テラヘルツ波から赤外、可視光、紫外の広範な領域の光の発生・伝搬・検知の手法・技術や素子等に関する研究、光と物質の局所的相互作用に関する研究、光による原子・分子の制御、光の波長・振動数、位相、エネルギー密度などの光の本質の理解に関する研究など幅広く寄せられました。これらの研究提案に対し、光関連領域の専門家からなる15名の領域アドバイザーと共に慎重に選考を行いました。選考にあたっては、研究のねらい、提案者自身のオリジナリティ、研究計画、個人研究に適した実施規模であることなどを考慮しましたが、特に、提案内容が「将来どのような新しい科学・技術分野に展開できる可能性を持っているか」を重視して選考いたしました。
 まず書類選考により、特に内容が優れた21件に対して面接選考を行いました。その結果、新現象の解明を目指す基礎的研究から素子やシステムの革新を追求する研究に至るまで幅広い研究提案8件を採択することとなりました。採択された提案はいずれもオリジナリティが高く、理論的、実験的裏付けに基づく研究計画を明示し、本研究の成果が光・光量子科学技術に革新性をもたらす事が期待できるものです。募集の最終年度に当たる今回は、メタマテリアルの概念を導入した光機能素子研究、重力波検出技術を駆使した「グラムスケール」物体の量子性研究などが採択され、昨年に引き続き研究領域活動のカバー範囲が拡大しています。これまで2年間の採択研究者16名を含めた研究領域活動を通じ、これらの採択課題の中から21世紀の光科学・技術の新芽となる技術が育つことを期待いたします。
 倍率が高く、優れた提案でありながら採択に至らなかったものが多くあります。そのため、採択に至らなかった研究提案についても、研究をさらに発展していただくことを希望します。今後も新たな原理の発見、方法論の創出や革新的な技術展開の契機となる独創性溢れる研究を推進されることを期待いたします。