JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第420号(資料2) > 研究領域 「生命システムの動作原理と基盤技術」
(資料2)

平成19年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけタイプ)
新規採択研究者及び研究課題


4 戦略目標 「生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出」
研究領域 「生命システムの動作原理と基盤技術」
研究総括 中西 重忠(財団法人大阪バイオサイエンス研究所 所長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
秋山 泰身 東京大学 講師 胸腺依存的な免疫寛容を制御する基盤技術の開発 免疫寛容は自分の体や無害な外来物質への免疫反応を抑制する現象です。その異常は自己免疫病やアレルギー疾患などの原因となるだけでなく、その制御により癌に対する免疫反応を強化できる可能性があります。胸腺は免疫寛容を誘導する臓器であり、その働きには髄質上皮細胞が重要であると考えられています。本研究は、胸腺の髄質上皮細胞の分化や免疫寛容誘導メカニズムを解明し、免疫寛容を人為的に制御することを目指します。
岩崎 秀雄 早稲田大学 准教授 環境適応に関わる時空間パターン形成現象の分子ネットワーク 形態形成などの動的で複雑な高次生命現象の基本骨格を分子レベルから解明するには、できるだけ単純なモデル生物を用いたシステマティックな解析が有効です。本研究では、体内時計や周期的な空間パターン形成が観察される最も単純な生物シアノバクテリアに着目し、顕微鏡下での長期連続観測・操作系の構築と理論モデルの実験的検証を通じて、時空間パターン生成の基本骨格と生理的意義の解明を目指します。
木津川 尚史 大阪大学 准教授 リズミカルな連続運動の神経基盤の解析 発話や歩行、楽器の演奏など、私たちの日常はリズミカルな運動に満ちています。本研究では、複雑なステップをリズミカルに走るマウスの脳から神経活動を記録することにより、リズムが脳内でどのように生み出されるのか解析します。また、トランスジェニックマウスを利用して、記録している神経細胞がどんな神経回路に属するかを同定する手法を開発し、この運動に関わる神経回路とその情報処理様式を解明することを目指します。
小早川 令子 東京大学 特定プロジェクト特任研究員 匂いに対する忌避行動を規定する神経回路の解明 鼻腔の嗅細胞で感知された匂い分子の情報は、嗅球を経由して脳の中枢部へと伝達されます。今までに、遺伝子操作の手法を応用して、匂い情報を伝える神経回路を意図的に作り変えた結果、嗅球の一部の神経回路が匂いに対する先天的な行動を決定していることを発見しました。本研究では、脳の神経回路を意図的に作り変える実験手法を用いて、匂い分子の持つ化学構造や質感の情報を哺乳類の脳が読み解き、行動を引き起こすメカニズムを解明します。
小村 豊 (独)産業技術総合研究所 主任研究員 脳内を縦横に結ぶ意思決定リンク 意思決定は外界の状況を分析し、考えられる複数の選択肢からベストを決定する脳機能です。過去の分析的研究によって、視覚領域や運動領域などの脳内の各モジュールが、ある特化した機能を担っていることがわかってきました。本研究では、脳の普遍構造である並列性(横糸)と階層性(縦糸)が顕在化する実験パラダイムを使って、霊長類が意思決定する際に、脳内モジュール間が「縦横につながる」メカニズムに迫ります。
田中 敬子 Duke University Medical Center Research Associate 小脳長期抑制を発現・維持する分子機構の時間的・空間的制御 小脳の平行繊維とプルキンエ神経細胞との間で見られる神経伝達は、刺激に応じて長期的に減少し、運動機能の学習に関与することが知られています。本研究では、この長期的減少の動的な分子機構を解明します。特殊な形態を持つ神経細胞のどこで、どのような分子がいつ働くかを調べるため、最新技術を用いた実験結果と理論的に想定されるモデルとを照らし合わせ、さらに実験的に検証することにより研究を進めます。
原田 伊知郎 東京工業大学 助教 生体内細胞の周辺環境物性認識システムの解明 生体内の細胞は細胞外マトリクスとよばれる高分子群に接着することで十分に機能を発揮しますが、細胞はその種類だけでなく固さなど物理的な要素もあわせて認識していることが示されています。周辺環境の物性認識機構は、組織の修復・再生、さらに細胞の分化誘導にも重大な影響を与えます。本研究では、ナノテクノロジーを駆使した計測用培養基盤によって、細胞が周辺環境の物理特性を認識する分子システムの解明を目指します。
東山 哲也 名古屋大学 教授 花粉管ガイダンスの動的システムの解明 花粉管ガイダンスは、植物の生殖や穀物生産を支える重要な機構です。その精巧なシステムを理解することは、植物の生殖機能のデザインのみならず、化学屈性の真の理解や、ナノマシンへの応用など、様々な貢献が期待できます。本研究では、これまで世界をリードして進めてきた花粉管ガイダンスの研究、特に150年の謎とされる花粉管誘引物質の同定を基盤に、花粉管ガイダンスを生命システムとして解明することを目指します。
深田 優子 自然科学研究機構 専門研究職員 シナプス強度を決定する基本原理の解明 脳の神経細胞間のシナプス伝達の強さ(シナプス強度)は常に一定ではなく、外界刺激に応答して変化します。この柔軟な変化によって脳は記憶・学習・情動など重要な機能を果たし、また、このメカニズムが破綻するとてんかんや認知症など脳機能の異常が生じます。本研究では、脳内の速い興奮性シナプス伝達を担っているAMPA型グルタミン酸受容体と独自に発見したその制御因子群に着目して、シナプス強度を決めるメカニズムを明らかにすることを目指します。
松井 広 自然科学研究機構 助教 脳細胞光制御を用いた神経グリア相互作用の解明 本研究では、神経細胞・グリア細胞の興奮・抑制状態を、光刺激を用いて選択的に制御し、神経‐グリア間の相互作用が、個々のシナプス伝達の調節といった微細なレベルから、小規模神経回路における神経活動レベル、さらには、個体での行動レベルに、どのような影響を与えるのかを調べます。脳内で圧倒的な数を占めながら、その役割が明らかにされていないグリア細胞が、脳機能にいかに関わるかを生体脳を用いて解明します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:中西 重忠(財団法人大阪バイオサイエンス研究所 所長)

「生命とは何か」の謎に、近年、細胞の中の物理・化学反応と捉え、生物、化学系科学者は、その答えを種々の生物、細胞、生体分子を対象として、生命現象の普遍性を探り、他方、情報系科学者は、その答えをシステム工学から生命システムの共通原理を探求してきました。
 昨年度より発足した本研究領域は、その答えの一助となる「生命システムの動作原理」の解明を目指して、新しい視点に立った解析基盤技術を創出し、生体の多様な機能分子の相互作用と作用機序を統合的に解析して、動的な生体情報の発現における基本原理の理解を目指す研究を取り上げてきました。近年の飛躍的に解析が進んだ遺伝情報や機能分子の集合体の理解をもとに、細胞内、細胞間、個体レベルの情報ネットワークの機能発現の機構解明、さらには、生体情報の発現の数理モデル化や新しい解析技術の開発などの基盤技術の創成など、生命システムの統合的な理解をはかる上で重要な研究を対象としております。今年度からは同じ戦略目標の下に、「生命現象の革新モデルと展開」(重定南奈子研究総括)が発足し、相互連携することにより、新たな研究成果を期待できると思っています。
 本年度も、本領域の公募に対し、個人型研究(さきがけ)では257件と昨年と同様に、非常に多くの研究者からの応募がありました。多くの研究者が本領域を次世代の重要な研究領域として注目している証であると考えています。
応募課題は、いずれも、第一線で活躍されている優秀な研究者の提案で、生体をシステムとして捉え、その動作原理を解明しようとする意欲的な内容が多く、又、基盤技術においても独創性の高いものが、数多くありました。これらの研究提案を10名の領域アドバイザーおよび2名の外部評価者の協力を得て、厳正に書類選考を行い、個人型研究(さきがけ)では、特に優れた研究課題25件に対して面接選考を行いました。最終的には、10件(内女性研究者3名)を採択致しました。審査に当たっては、応募課題の利害関係者の審査への関与や、他制度の助成金等との関係も留意し、公平・厳正に行いました。
 書類及び面接選考に際しては、昨年と同様に、研究の構想、計画性、課題への取り組みなどの観点のほか、国際的な視野やオリジナリティーを重視致しました。特に個人型研究(さきがけ)では、若手の研究者の育成を図る意味において、新分野を切り開く独創性とチャレンジ性を重視しました。
 本研究の推進は、わが国の生命科学研究に、新しい視点から取り組むもので、極めて緊急かつ重要な課題と認識しています。当然、産業面からも新しい基本原理や基盤技術を創薬開発やバイオエンジニアリングに繋げることが期待されています。
  来年度も、本領域を開拓する多くの研究者の応募を期待します。