JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第420号(資料2) > 研究領域 「生命現象の革新モデルと展開」
(資料2)

平成19年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけタイプ)
新規採択研究者及び研究課題


3 戦略目標 「生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出」
研究領域 「生命現象の革新モデルと展開」
研究総括 重定 南奈子(同志社大学文化情報学部 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
佐々木 顕 総合研究大学院大学 教授 病原体抗原型と宿主免疫の共進化動態の解明・将来流行予測 インフルエンザウイルスや、エイズウイルス、トリパノソーマなど急速に進化する病原体は、ワクチンや薬剤に対する抵抗性を急速に発達させ、また宿主免疫の攻撃目標となるコートタンパク質を頻繁に変えることによって宿主免疫応答から逃げます。このような病原体に対抗する有効な対策を行うために、宿主の集団免疫構造と病原体エピトープの共進化を数理モデル化し、流行と進化の予測を可能にする数学的理論を開発します。
柴田 達夫 広島大学 准教授 細胞膜-細胞質結合反応系による細胞情報処理の動作原理の解明 細胞を構成する分子は拡散の強さや寿命の違いによって異なる情報特性を持っています。特に、細胞膜上の分子は局所的情報を保持し、細胞質中の分子はそれを大域的に統合するのに適しています。各分子の情報特性の違いに注目して、細胞が環境の濃度勾配を認識する仕組みや、極性を作るために自発的シグナルを形成する機構を解明します。得られた細胞の情報処理モデルは多くの細胞生物学的課題に適用できます。
菅原 路子 東京工業大学 助教 細胞運動解析のためのマルチレイヤーモデル構築 細胞運動は、生体における最も普遍的な現象の一つです。細胞運動に関わる分子メカニズムは徐々に解明されつつありますが、それが細胞全体の動きとどのように関連するかは明らかになっていません。そこで本研究では、マクロな細胞全体の運動とそれに関わるミクロなタンパク質間シグナル伝達機構を関連付けて解析する手法を提案し、細胞運動に関する数理モデルの開発を行います。さらには、開発した数理モデルを基に、細胞運動の全容解明を目指します。
舘野 高 大阪大学 准教授 大脳基底核回路網のハイブリッドシステムモデリング 本研究課題では、大脳基底核の神経回路網を対象に行動学習の基本原理の探求を目的として、強化学習仮説を細胞とその回路網レベルで検証します。その為に、実際の細胞と数理モデルから構成されるハイブリッドシステムを構築し、生理学実験と計算機モデルの間の整合性が取れるフレームワークを作成します。そして、従来では仮説妥当性の当否が難しかったボトムアップ的研究方法の検証性を神経回路網レベルまで底上げすることを目指します。
手老 篤史 北海道大学 日本学術振興会 特別研究員 真正粘菌に学ぶ時間・空間に対する原始的インテリジェンス 本研究は真正粘菌変形体という多核単細胞生物の知性を解明する事を目的とします。粘菌には迷路を解いたり、最適なネットワークを発見したり、時間間隔を記憶して予測行動をとるという能力がある事が近年実験によりわかってきました。本研究はこの粘菌の行動をモデル方程式であらわし、コンピューター上で再現する事により、原生生物の知性を理解し、生物の知性の起源を調べるものです。
富樫 辰也 千葉大学 助教 性的二型の進化と生息環境に関する基本原理の解明 異型配偶(配偶子サイズの雌雄差)は、性淘汰によって生物に雌雄の性的二型を生じる根本的要因となります。本研究課題は、海産緑藻を用いた実験データに基づいて配偶子の行動シュミレーションを含む異型配偶の進化モデルを構築し、その進化において生息環境が果たしてきた役割について、理論解析を行うことによって解明します。これによって、実験研究と従来の理論研究のギャップを埋める新しい研究成果を挙げることを目指します。
三浦 岳 京都大学 助教 上皮組織のかたちづくりを理解する 人の体の中と外の境目は、すべて上皮と呼ばれるシート状の組織で覆われています。この組織は様々な複雑な形を取って生命の維持に不可欠な働きをしていますが、「なぜそのようなかたちができるのか」は、いまだによくわかっていません。この研究では、上皮組織を様々な手法でモデル化し、それを実験で検証することによって、その形づくりをきちんと理解し、さらにその知識を組織の再生に活用していきます。
望月 敦史 自然科学研究機構 准教授 生体分子相互作用のネットワーク構造の力学的解明 代謝調節や発生現象などの生物らしい振る舞いの多くは、多数の生体分子が相互作用するネットワークから作られる、と分かってきました。複雑な相互作用のネットワークに基づいて、分子の活性が変化することで、高度な時間的調節や細胞分化がなされるのでしょう。この研究では、分子の相互作用ネットワークの「形」とそこから生まれる、ダイナミクスとの関係を明らかにします。複雑なネットワークも理論によって理解できることを示します。
元池 育子 はこだて未来大学 助教 時間発展する樹状経路構造上の信号伝播様式 信号処理素子である神経細胞や、粘菌の管などは、枝分かれした樹状という特徴的な「形」をしています。そしてこの形は、信号の伝播に応じて、少しずつ変わっていきます。この「形」をとることによるメリットは何なのか、単純化した数理モデルを用いて、樹状を走る信号のパターンから機能を読み取り、明らかにしていきます。発展として、樹状の結合系についても検証し、形と機能の関係から、生命の信号処理の基盤にアプローチします。
森下 喜弘 (独)科学技術振興機構 研究員 形態形成ダイナミクスの新しいモデリング手法の構築 我々ヒトを含む多細胞生物の体は、母体または卵の中で一つの受精卵から細胞分裂や細胞分化(骨や筋肉などの決められた運命をたどること)を通じて自動的に形成されます。本研究では、形ができる過程で個々の細胞内で生じる複雑な化学反応や、細胞にかかる力、変形の度合いをコンピュータを用いて計算し、我々の体がどのように形成されていくのかを明らかにします。
山内 淳 京都大学 准教授 生物多様性の統合理論の構築:ゲノムから生態系まで 生物の多様性のメカニズムを理解するためには、各生物の性質を決定するゲノムから生物どうしの相互作用の場である生態系までを、統一的にとらえる必要があります。本研究課題では、ゲノムからのアプローチとして細胞内共生の進化過程と、生態系からのアプローチとして多種共存の機構に注目し、これらの2つの課題をケーススタディーとしながら、ゲノムレベルから生態系レベルをつなぐ理論的な枠組みの構築を目指します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:重定 南奈子(同志社大学文化情報学部 教授)

 本研究領域は、多様な生命現象に潜む本質的なメカニズムの解明に資する斬新なモデルの構築を目指す研究を対象として、本年度から募集を開始しました。具体的には、環境へ適応しつつ合目的的に機能していると見られる生命システムの、遺伝子発現、細胞の機能と動き、発生・形態形成、免疫、脳の高次機能、生物社会の形成、生態系などの制御機構や、老化や疾病などのメカニズムに対して、そのはたらきの基本原理に迫るような革新的な数理科学的モデルの構築をおこなう研究提案を取り上げることにしました。
 本公募に対して、遺伝子やタンパク質、細胞、組織、器官、個体、群集など、さまざまなスケールに渡る幅広い研究分野から計174件の応募がありました。これらの研究提案を10名の領域アドバイザーのご協力を得て書類選考を行い、研究提案25件を面接対象としました。面接選考に際しては、研究構想が本領域の趣旨に合っていること、特に、高い独創性を有すること、提案者自身の着想であること、提案されたモデルの発展性が期待できることなどを重視し、加えて提案者の目的意識やチャレンジ性を勘案しながら、公平かつ厳正な審査を行いました。 

 選考の結果、初年度の採択課題数は11件となり、新しい発想に基づく意欲的な研究課題を採択することが出来たと考えております。面接選考で採択されなかった提案、また書類選考の段階で面接選考の対象とならなかった提案の中にも、重要な提案や独自性の高い提案が数多くありました。ただ、重要であっても数理科学的なモデルのイメージが具体的でないものは、不採択としました。これらの提案者に関しては、今回の不採択理由を踏まえて再度提案を練り直して是非再挑戦して頂きたいと思います。
 来年度も、生命現象のメカニズムの基本原理に迫る革新モデルの構築を目指すという視点から募集を行う予定です。対象とする生命現象がミクロからマクロまで多様であっても、モデリングに当たっては共通的な枠組みで捉え得ることがしばしばあります。異なる対象を扱う研究者が相互に刺激を受けることが、新しいそして画期的なアプローチを発見するうえで極めて有効と考えられます。この観点から、本年度以上に多様な分野から夢のある優れた提案が積極的になされることを期待しています。