JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第420号(資料2) > 研究領域 「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」
(資料2)

平成19年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけタイプ)
新規採択研究者及び研究課題


2 戦略目標 「社会的ニーズの高い課題の解決へ向けた数学/数理科学研究によるブレークスルーの探索(幅広い科学技術の研究分野との協働を軸として)」
研究領域 「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」
研究総括 西浦 廉政(北海道大学電子科学研究所 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
荒井 迅 京都大学 助教 数学と計算機科学の連携による数理モデルの大域的計算理論 自然や社会の様々な現象に対し、微分方程式などで現象をモデル化し、そのモデルを数学やコンピュータシミュレーションにより解析するという事が広く行なわれています。本研究では計算機科学やトポロジー、力学系の新しい結果を用いることで、純粋数学とコンピュータの良い面を融合させた数理モデル解析のための新しい理論を開発します。またそれを実装したソフトウェアを提供し、広く数理科学に貢献することを目指します。
新井 仁之 東京大学 教授 ウェーブレットフレームを用いた視覚の数理モデル 視覚のメカニズムの解明は科学上の重要なテーマの一つです。本研究では人間の視覚系の非線形数理モデルを構成し、それにより知覚心理学や視覚科学で解明されていないような視覚の仕組み、錯視発生のメカニズム、色知覚などを数学的方法で明らかにしていきます。そのため新しいウェーブレットフレームの構成も行います。またこれらの成果は画像工学等への応用をはじめ、数学の新しい展開にも結びついていきます。
坂上 貴之 北海道大学 准教授 水圏環境力学理論の構築 私達の身近な水圏環境(河川・湖沼・海洋)で起こる問題は、例えばタンカーからの重油漏れ事故、海上空港が周辺水域に及ぼす影響、湖沼における生物多様性の変化と生態環境の回復など、日常生活に密接に関わるものばかりです。本研究では、これらの水圏環境問題を統一的に扱える数学理論~水圏環境力学~の構築と、それを応用したソフトウェアの開発により現実の環境問題に応えられる新概念・シミュレーション手法の提案を目指します。
水藤 寛 岡山大学 准教授 臨床医療診断の現場と協働する数理科学 数理科学と臨床医学の協働を進めることで、数理科学の最新の成果を臨床医学に生かし、人体の状態の理解と予測を行います。具体的には、人体内の種々の臓器における変化の数理モデル化を行い、そのモデルの解を求めることで、低侵襲性診断の実現や患者ごとの最適な治療法の選択につなげていきます。一方、臨床医学の発展に数理科学的手法のいっそうの進歩が必要とされることで、数学・数理科学自身の発展をも導くことが期待されます。
田中 ダン 福井大学 講師 離合する粒子多体系 引力、斥力を及ぼしあう粒子の集合体は、様々な構造を創発します。細胞や病原菌を粒子とみなせば、その集合構造は機能に直結します。ナノスケール粒子の集合形態をコントロールできれば、有益な微小デバイスを創出できます。このような系に通底する数理的な仕組みを抽出し、未知の数理概念の構築を目指します。その新たな数理概念と、各系固有の性質とを考え合わせれば、新技術創成の一基礎の構築が期待されます。
長藤 かおり 九州大学 准教授 科学工学モデルの安定性に関する計算機援用解析 自然科学や工学における現象解析のための数理モデルについて、主にその安定性を中心に数学理論と計算機を用いて厳密に解析します。通常の数値シミュレーションによる結果に対して数学的な保証を与えること、また理論的な解析が不可能、或いは非常に複雑な場合に対して計算機援用による解析手法を確立することを目標とします。様々な解析対象に柔軟に対応でき、かつ数学的に保証された結果を提供できる効率的なシステムの構築を目指します。
中野 張 大阪大学 特任助教 保険型金融商品のリスク分散メカニズムの解明 本研究では、生命保険や銀行貸付などの保険型の金融商品の本質的な特徴であるリスクの集積や時間分散を加味した効用関数を導入し、リスク分散メカニズムの数理的解明を目指します。このアプローチは、従来の大数の法則による説明に新たな視点を与えるものであり、さらに、これまで標準的方法論が存在しなかった多期間の安全割り増しの問題に対する、一つの数理モデルの提示につながるものです。
長山 雅晴 金沢大学 准教授 自己組織化としての皮膚バリア機能の数理的解析 皮膚は人間の体内水分を保持するバリア機能を有しています。最近の実験結果から、このバリア機能はカルシウムイオンを通じた情報伝達により皮膚表面の情報を皮膚内部に伝達することによって自己組織的に行われている可能性が高くなってきました。本研究では皮膚科学者・非線形科学者の協力を得て、皮膚バリア機能に対する数理モデル化を行い、数理的に皮膚バリア機能を解明し、自己組織化の視点から数理科学としての皮膚科学分野を開拓します。
西成 活裕 東京大学 准教授 輸送と渋滞に関する諸現象の統一的解析と渋滞解消 車の渋滞は現在大きな社会問題となっています。また、都市部では安全性や快適さの観点から公共の場所での人の混雑緩和が重要な課題です。そこでこれらの問題を全て「渋滞現象」として捉え、広い意味での流れや輸送に伴う渋滞のメカニズムを最新の数理科学を用いて統一的に解析します。そして様々な渋滞現象を横断的に分析することで、車や人などの渋滞解消の新しい方策を提言します。
蓮尾 一郎 京都大学 助教 「計算機システムの科学」のための数学 計算機システム(=計算機を用いた情報処理システム)を正しく設計することはとても難しく、その欠陥が大きな社会的、経済的損害を与える例は枚挙に暇がありません。本研究では、物理学におけるデカルト直交座標のような、「計算機システムの科学」における数学的基礎を構築することを目指します。その成果により、正しい計算機システムの設計が容易になると同時に、抽象数学の研究の対象たりうる新たな構造の発見が期待されます。
牧野 和久 東京大学 准教授 離散アルゴリズムに対する品質保証技術 近年の情報化社会において、ソフトウエア(アルゴリズム)の品質保証は重要な課題です。しかしながら、現実社会のシステムや産業経済活動などに関連して現れる多くの問題は、その本質的な計算困難性から、得られた解の精度が保証されていない現状にあります。本研究では、離散数学、最適化、計算量理論を用いることで、次世代のソフトウエア技術として汎用性のあるアルゴリズムの品質保証技術の開発を目指します。
吉田 朋広 東京大学 教授 確率過程の統計推測法の基礎理論およびその実装 確率微分方程式に対するデータ解析の基礎理論、確率数値計算および半解析的方法による期待値の近似、種々の近似法のオプションやリスク評価への応用を課題とし、確率過程の統計推測理論、漸近分布論、保険数理・ファイナンスへの応用を包括的に研究します。さらに、ソフトウエアとしての実装の研究によって、3分野を融合した利用環境の整備を目指します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:西浦 廉政(北海道大学電子科学研究所 教授)

 科学を支える基盤として数学は非常に大きな役割を果たしてきましたが、同時に、見えない形で一歩先を行く先導的役割も多く果たしてきたことは歴史が語るところです。それらは当時の諸科学あるいは社会との直接、間接の相互作用の結果生まれたものでもあります。
 本研究領域は、数学研究者が社会的ニーズの高い課題の解決を目指して、諸分野の研究者と協働し、ブレークスルーの探索を行う研究を対象とするものです。謂わば21世紀におけるデカルト流の数学的真理とベーコン流の経験則の蓄積との統合を目指し「孤立した知からつながる知」を構築してゆく研究を積極的に取り上げる事にしました。諸分野の研究対象である自然現象や社会現象に対し、数学的手法を応用するだけではなく、それらの数学的研究を通じて新しい数学的概念・方法論の提案を行うなど、数学と諸分野との双方向的研究を重視する研究を対象とし、公募をいたしました。
 数学は全科学を推進してゆく最も大きな駆動力であると同時に、研究者ではない多くの国民に理解され、身近なものとして歩むものでなくてはなりません。そのためにこれまで以上に開かれた諸分野とつながる重要な知として大きな期待が寄せられていると思われます。
 本年度、本領域では、個人型研究(さきがけ)の公募を行い、若手研究者を中心として総数169件と予想を大きく超える応募がありました。様々な背景をもつ研究者が数学を軸として諸分野とつながる可能性を示す大きなポテンシャルを感じさせるものでした。
 応募課題はいずれも第一線で活躍されている優秀な研究者の提案で、数学を深化させ、結果として他分野の伏流水となるもの、また材料・生命・医療・環境・情報・交通・金融を含む様々な分野とのつながりを意識し、新たな切り口を開拓しようとする意欲的な提案が数多くありました。これらの研究提案を8名の領域アドバイザー及び5名の外部評価者の協力を得て、厳正に書類選考を行い、特に優れた研究提案25件に対して面接選考を行いました。最終的には、12件(内女性研究者1名)を採択いたしました。審査に当たっては、応募課題の利害関係者の審査への関与や、他制度の助成金等との関係も留意し、公平・厳正に行いました。
 書類及び面接選考に際しては、研究の構想、計画性、課題への取り組みなどの観点のほか、諸分野とのつながりを具体的にどのように実現させうるのか、その姿勢や他の助成金等ではできない斬新な取り組みを重視いたしました。この個人型研究(さきがけ)が、諸分野をつなぐコーディネータの育成にも寄与することを強く期待しています。来年度からはチーム型研究(CREST)も始まる予定であり、本領域を開拓する多くの研究者の応募を期待します。