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科学技術振興機構報 第411号

平成19年7月12日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報課)
URL http://www.jst.go.jp

肺がんの原因遺伝子を発見

(高精度の診断法と新たな治療戦略が可能に)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、ヒト肺がんの原因となっている新たながん遺伝子を発見しました。
 肺がんは欧米・日本でがん死原因の第一位を占める極めて予後不良の疾患です。肺がんは早期発見が困難なだけでなく、現在なお、抗がん剤による化学療法によって患者の生存期間を延長することが非常に難しいがんです。
 本研究チームは、喫煙者に生じた肺がんのがん細胞内に存在するmRNA(注1)を抽出し、がんの原因遺伝子を探索しました。その結果、細胞の骨格たんぱく質を作るEML4と、細胞内のたんぱく質をリン酸化(注2)によって修飾する酵素(キナーゼ(注3))の一種を作るALKという、異なる2種類の遺伝子が融合する異常によって生じた、新しいがん遺伝子『EML4-ALK』の発見に成功しました。ALKはそれ自身ではがん化能はありませんが、EML4と融合することで活性化され、がん遺伝子となります。臨床検体をさらにスクリーニングすることで、本EML4-ALK融合遺伝子が日本人の肺がん症例の約1割に存在することを確認しました。今回の発見は、(1)EML4-ALKをPCR(注4)等の遺伝子増幅法によって検出することで、肺がんの早期発見が期待できること、(2)ALKのキナーゼ活性の阻害剤が肺がんの全く新しい分子標的療法になること、などの点から予後不良の肺がんに対してこれまでにない治療戦略を可能にする成果です。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤技術」研究領域(研究総括:笹月健彦 国立国際医療センター 総長)の研究課題「遺伝子発現調節機構の包括的解析による疾病の個性診断」の研究代表者、間野博行(自治医科大学ゲノム機能研究部 教授)らによって得られたもので、英国科学雑誌「Nature」オンライン速報版で2007年7月11日18時(英国時間)に公開されます。

<研究の背景>

 肺がんのため、我が国では2005年に約6万2千人が死亡しており、また米国においても2006年に16万2千人が亡くなっています。肺がんは先進国におけるがん死因の第一位を占めるに至っており、抗がん剤による化学療法ではほとんど延命が期待できないのが現状です。しかし、最近、キナーゼ活性を有する上皮成長因子受容体(EGFR)(注5)遺伝子の変異が一部の肺がん症例で発見され、この変異を有する肺がんに対してEGFRのキナーゼ活性阻害剤であるゲフィチニブ(gefitinib)(注6)の有効性が示されました。ただし、このEGFR遺伝子変異は非喫煙者の肺がん症例に好発しており、肺がん症例の多くを占める「喫煙による肺がん」が、具体的にどのような遺伝子異常を有しているのかは不明なままでした。

<本研究の成果>

 本研究チームは、喫煙歴を持つ肺腺がん(注7)患者由来の外科切除標本からmRNAを抽出し、がん化能を示す遺伝子を探索しました。この結果、EML4と呼ばれる遺伝子の半分とALK遺伝子の半分が融合する染色体異常で生じたEML4-ALK遺伝子により、がん化が起こることを突き止めました(図1)。ここで、ALKはEGFRと同様にチロシンキナーゼを作る遺伝子の一種ですが、そのキナーゼ活性を司る領域がEML4と融合することで、強いがん化能を有する活性型チロシンキナーゼになっていました。
 EML4遺伝子とALK遺伝子はどちらも2番染色体短腕(注8)上の極めて近いところに、互いに反対向きに存在しています(図2)。従って上記のEML4-ALKが作られるためには、2番染色体短腕上の短い領域が逆位(注9)になる必要があります。実際、喫煙歴を持つ肺腺がん患者のゲノムDNAをPCRで調べたところ、2番染色体短腕中に小さな逆位が存在することが確認されました。また、他の肺がん症例で同様なEML4-ALK遺伝子が存在するか否かをPCRで調べたところ、75例中5例(6.7%)でEML4-ALK遺伝子が確認されました。EML4とALK遺伝子は正常染色体上では逆向きに存在するため、両遺伝子上に置いたプライマーによるPCRでは、本来は全くバンドが増幅されません。このことより、EML4-ALKを標的としてPCRを利用した肺がんの高感度診断が可能ではないかと考えられました。実際、EML4-ALK発現細胞を喀痰に様々な濃度で混和し、PCR反応によりEML4-ALK遺伝子を検出するためのモデル実験を行ったところ、1mL中わずか10個の陽性細胞が存在する状態でも検出可能なことが分かりました(図3)。
 さらにEML4-ALK陽性肺がんに対して、ALK阻害剤が有効な治療法となることが期待されます。成長因子依存性に増殖する細胞株にEML4-ALKがん遺伝子を導入したところ、その細胞は成長因子がない状態でも増殖可能になりました。このことは、EML4-ALKの導入により、細胞ががん化したことを示します。これにALKキナーゼ阻害剤を添加したところ、速やかにがん細胞の細胞死が誘導されました(図4)。

<今後の展開>

 本研究チームの解析の結果、肺がんの約1割の症例において、EML4-ALK融合型チロシンキナーゼが存在することが分りました。既知の肺がん原因遺伝子であるEGFR異常は非喫煙者、アジア人、女性に多く認められますが、今回解析した症例中、EGFR変異を有するグループとEML4-ALKを有するグループは全く重なり合いませんでした。つまり、これまで発がん機構が分っておらず、有効な治療法も存在しなかった肺がんに対して、新たな治療戦略が現実のものとなります。具体的には、以下の2点が挙げられます。

 (1)喀痰や肺胞洗浄液、肺生検、胸水などを試料とするRT-PCR(注4参照)によるEML4-ALKの検出が、肺がんの高感度・高精度の診断法として利用できます。これまで肺がんの診断には喀痰や肺生検、胸水の病理細胞診が利用されてきましたが、これらは何れも試料中にある程度の割合でがん細胞が存在しないと診断が困難です。つまり進行期にならないと精度の良い診断はできません。それに比べて、今回開発されたPCRによるEML4-ALK遺伝子の検出による診断法は極めて感度が高いため、早期に肺がんの分子診断が可能になると期待されます。
 (2)更なる応用として、ALKのキナーゼ活性に対する阻害剤が肺がんの全く新しい治療法になると期待されます。しかもALK遺伝子破壊マウスは正常に成長することから、ALK阻害剤はヒトに重篤な副作用を引き起こさないのではないかと考えられます。

以上により、今回の発見は診断・治療の両面で直接、臨床応用・医療に結びつくものと言えます。なお今回用いたスクリーニング系をさらに他のがん種に応用することで、別のがんにおいても新たながん遺伝子を発見することが期待されます。

図1 EML4-ALK遺伝子によって作られるたんぱく質の構造
図2 肺がんにおける2番染色体短腕中の逆位
図3 PCRによる肺がん細胞の高感度検出法
図4 ALK阻害剤によるEML4-ALK陽性細胞の細胞死誘導
用語解説

<論文名>

「Identification of the transforming EML4-ALK fusion gene in non-small-cell lung cancer (Nature)」
(ヒト肺がん細胞におけるEML4-ALK融合型がん遺伝子の発見)
doi: 10.1038/nature05945

<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤技術」
(研究総括:笹月 健彦 国立国際医療センター 総長)
研究課題名: 「遺伝子発現調節機構の包括的解析による疾病の個性診断」
研究代表者: 間野 博行 自治医科大学 ゲノム機能研究部 教授
研究期間 平成14年〜平成20年

<お問い合わせ先>

間野 博行(まの ひろゆき)
 自治医科大学 分子病態治療研究センター ゲノム機能研究部
 〒329-0498 栃木県下野市薬師寺3311-1
 TEL:0285-58-7449 FAX:0285-44-7322
 E-mail:

瀬谷 元秀(せや もとひで)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
 〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
 TEL:03-3512-3524 FAX:03-3222-2064
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