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科学技術振興機構報 第395号

平成19年4月28日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報課)
URL http://www.jst.go.jp

植物ポリフェノールの基本骨格を決める酵素タンパク質の立体構造を解明

(抗がん剤など医薬品の開発に期待)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、植物ポリフェノールの構造多様性を生み出す要因となる酵素タンパク質の立体構造を解明しました。 お茶や赤ワインのポリフェノールからウコンのクルクミンに至るまで、多様な構造と生物活性を示す植物ポリフェノールが、一連のポリケタイド合成酵素注1によって生合成されることが最近、明らかにされつつあります。これら医薬資源として重要な天然物の基本骨格を作る酵素の中には、微妙な構造の違いで反応様式が大きく変わるものがあります。これが天然物の分子多様性を生み出す大きな要因となっていますが、これまでその立体構造の詳細については、ほとんど分かっていませんでした。
 今回の研究では、代表的な薬用植物であるキダチアロエのポリフェノールの生合成に関わる、新しいポリケタイド合成酵素をとりあげました。このポリケタイド合成酵素はこれまで知られていなかった新しい活性を持つものです。そして、野生型およびその一アミノ酸残基の置換により反応様式が劇的に変化した変異型それぞれの酵素の結晶構造と反応機構の解明に世界で初めて成功しました。人為的な酵素機能制御と分子多様性創出の格好の材料ともいえる、本酵素の立体構造解明は今後、さらなる酵素機能の改変や物質生産への応用により、抗がん剤など新しい医薬品の開発につながるものと期待されます。
 本研究は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「代謝と機能制御」研究領域(研究総括:西島正弘)における研究テーマ「二次代謝酵素の機能開拓と新規生物活性物質の創製(研究者:阿部郁朗、静岡県立大学薬学部講師)」の一環として、阿部講師らが株式会社三菱化学生命科学研究所の河野俊之博士および三菱化学株式会社の杉尾成俊博士らのグループとの共同研究によって得られたものです。今回の研究成果は、米国科学雑誌Chemistry & Biology(ケミストリー&バイオロジー)に、2007年4月30日(米国東部時間)付の誌面に掲載されます。

<研究の背景と経緯>

 医薬資源として重要な天然物の基本骨格を作る生合成酵素の中には、活性部位の微妙な構造の違いで反応様式が大きく変化するものがあり、これが天然物の分子多様性を生み出す大きな要因となっています。こうした生合成酵素が示す触媒能力を活用することにより、医薬品シードとなりうる有用物質の人工的生産系の構築が可能になります。また、酵素タンパク質の立体構造に基づく合理的な機能の改変によって、これまでにない新たな骨格を持つ新規化合物の創出が期待できます。
 今回の研究では、薬用植物キダチアロエのポリフェノールの生産に関わる、新しいポリケタイド合成酵素をとりあげました。ポリフェノールは医薬資源として重要な植物代謝産物です。それらの代謝産物は植物に普遍的に存在するフラボノイドからお茶や赤ワインのポリフェノール、ウコンのクルクミンに至るまで、実に多様な構造と生理活性を示します。これらの多様な、植物代謝産物の基本骨格を作るのがポリケタイド合成酵素群であり、互いに高い配列相同性を示し、一つのファミリーを構成することが最近、明らかにされつつあります。しかし、このような分子多様性を生み出す要因となる酵素タンパク質の立体構造の詳細はほとんど分かっておらず、その分子レベルでの解明が待たれていました。
 今回の研究でとりあげたキダチアロエのポリケタイド合成酵素は、我々の研究グループが2005年に世界に先駆けてクローニングに成功したものです(Abe et al. J. Am. Chem. Soc. 127: 1362-1363)。5分子のマロニルCoAを縮合して、抗アレルギー薬のリード化合物となるクロモンを生成しますが(図1)、このような骨格をもったポリフェノールを生成するポリケタイド合成酵素は、これが最初の例です。また、非常に興味深いことに、この酵素の207番のメチオニン残基をグリシンに置換することで、酵素反応の様式が劇的に変化します。つまり、5分子の代わりに8分子のマロニルCoAを縮合して、全く異なる構造をもった非天然型化合物を生成することが示されました(図1)。そこで、こうしたマロニルCoA縮合数の違いを決定する要因が何であるのか、このような反応生成物の分子多様性を生み出すメカニズムの解明をめざして、野生型および変異型それぞれの酵素タンパク質の結晶化に着手しました。

<研究の内容>

 本研究では、キダチアロエ由来ポリケタイド合成酵素の野生型、および207番のメチオニンをグリシンに置換した変異型酵素を、それぞれ大腸菌において過剰発現させ、精製した組み換え酵素を結晶化、SPring8にてX線回折強度を測定しました。その結果、両酵素タンパク質の立体構造を1.6Åの分解能で得ることに成功しました。まず、植物に普遍的に存在するフラボノイドの骨格を作るカルコン合成酵素(キダチアロエ由来ポリケタイド合成酵素とはアミノ酸レベルで60%の相同性を示す)の結晶構造との比較により、両酵素はタンパク質全体ではほぼ同一の立体構造を共有することが示されました。しかも驚くべきことに、両酵素の活性中心を構成するほとんどのアミノ酸残基を重ね合わせることが可能でした。一方、活性部位キャビティ注2の大きさは明らかにキダチアロエ由来ポリケタイド合成酵素の方が小さく、こうした活性部位キャビティの大きさと形状の違いが、酵素反応の生成物特異性を決定することが示されました。
 次に、野生型および変異型酵素のタンパク質構造の比較により、メチオニンをグリシンに置換することで、実際に活性部位キャビティの大きさが劇的に変化することを見出しました(図1)。即ち、変異の導入により、活性部位の下側に今まで埋もれていたポケットの入り口が開いて、キャビティの大きさが247Åから649Åに拡大しました。これにより炭素鎖の伸長反応がさらに進行して、本来5分子のマロニルCoAを縮合する酵素が8分子のマロニルCoAを縮合して、全く異なる構造をもった非天然型の化合物を生成することを明らかにしました。

<今後の展開>

1 人為的な機能制御と分子多様性創出の格好の材料ともいえる、本酵素タンパク質の立体構造に基づき、今後さらに、活性部位キャビティの大きさや、活性中心アミノ酸残基の配置を変化させることなどにより、今までにない新たな活性をもった酵素タンパク質と非天然型ポリフェノールの創製が可能になります。実際、研究グループは、本酵素の207番のメチオニン残基をグリシンに置換することにより出現した新たなポケットに、さらに変異を導入してキャビティを広げることにより、今度は9分子のマロニルCoAを縮合して、在来見られない骨格をもったポリフェノールを生産する非天然型酵素の創出に成功しています(Abe et al. J. Am. Chem. Soc.印刷中、WEB公開2007年4月17日)。こうして得られた非天然型化合物には、天然型のポリフェノールと同様な様々な生理活性が予想され、抗がん剤など新たな医薬品の開発が期待されます。
2 物質生産への応用として、本酵素タンパク質の遺伝子を、微生物や植物に導入することにより、新たな機能を持たせた遺伝子組み換え生物を作ることが可能になります。これにより、本来植物が微量にしか生産しない代謝産物を、大量・安価に供給することが期待されます。現在、本酵素遺伝子を組み込んだ新機能賦与植物創出に関する研究が進行中です。
3 結晶構造に基づく合理的な機能の改変により、天然の酵素の触媒活性を超えるスーパー生体触媒の創出が可能になります。炭素-炭素結合の形成など生合成酵素が仲立ちする反応は、有機合成化学の技術が進歩した今日にあっても、酵素だけが効率的に行うことができるものです。常温常圧下で強酸や強塩基の助けを借りずに、驚くほど単純な工程で天然物の複雑な構造を作り上げることができます。保護・脱保護あるいは官能基変換の繰り返しを必要としない酵素を用いた合成法の利点ははかりしれないものがあり、今後課題となる低環境負荷型化学合成の発展に大きな貢献をするものと期待されます。
用語解説 図1

<掲載論文名>

"Structural insight into chain length control and product specificity of pentaketide chromone synthase from Aloe arborescens"
(キダチアロエ由来ペンタケタイドクロモン合成酵素の結晶構造およびポリケタイド鎖長制御機構の解明)
doi: 10.1016/j.chembiol.2007.02.003

<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域「代謝と機能制御」
(研究総括:西島 正弘 国立医薬品食品衛生研究所 所長)
研究課題名二次代謝酵素の機能開拓と新規生物活性物質の創製
研究者阿部 郁朗(静岡県立大学 薬学部 講師)
研究実施場所静岡県立大学 薬学部
研究実施期間平成17年10月〜平成21年3月

<お問い合わせ先>

阿部 郁朗(アベ イクロウ)
静岡県立大学 薬学部 生薬・天然物化学分野
〒422-8526 静岡県静岡市駿河区谷田52-1
TEL:054-264-5662 FAX:054-264-5662
E-mail:

河野 俊之 (コウノ トシユキ)
三菱化学生命科学研究所
〒194-8511 東京都町田市南大谷11号
TEL:042-721-6285 FAX:042-724-6296
E-mail:

杉尾 成俊 (スギオ シゲトシ)
三菱化学株式会社
〒227-8502 神奈川県横浜市青葉区鴨志田1000番地
TEL:045-963-3663 FAX:045-963-4206
E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL: 048-226-5641 FAX:048-226-2144
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