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科学技術振興機構報 第367号

平成18年12月14日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

振動による「床ずれケア用具」の開発に成功

 JST(理事長 沖村憲樹)では、独創的シーズ展開事業・委託開発の開発課題「振動による褥瘡(じょくそう)治療用具」の開発結果をこのほど成功と認定しました。
 本開発課題は、東京大学大学院医学系研究科教授 真田弘美らの研究成果を基に、平成16年3月から平成18年9月にかけてマツダマイクロニクス株式会社(代表取締役社長 松田樹一、本社 住所 千葉県柏市高田字上野台子1400番地1、資本金 3,000万円、電話04-7143-8100)に委託して、企業化開発(開発費約84百万円)を進めていたものです。
 高齢化社会が進行するなか、寝たきり状態となる高齢者の数が2010年には170万人に達し、その内の7~10人に1人の割合で床ずれ(褥瘡(じょくそう))が発症するであろうと予測されています。床ずれは、長い間同じ姿勢で寝ていることで、身体の一部に血液が通わなくなり、栄養が不足して皮膚がくずれていく状態のことです。高齢者や入院患者では一旦床ずれが出来ると、痛がって苦しみ、命にかかわることもあります。それに伴い、介護する人たちの労力や医療費の増加を招き、患者にとっても家族にとっても大きな負担となるため、今後床ずれ対策の重要性がさらに高くなってきています。
 本新技術は、床ずれ患部に振動を与えることにより、阻血注1傾向にある患部の血液の流れを促進させ、血液と組織間の栄養分の吸収や老廃物の排出を促し、床ずれのケアや解消に役立てる機器に関するもので、動物による基礎試験や健常者の下肢に振動を付加する実験により、振動付加による血流改善のメカニズムを調査し、最も効果的な振動の条件を把握してそれを実現する機器を設計製作しました。
 また、床ずれの初期段階であるStage I注2褥瘡の発赤がみられる患者を対象に臨床試験を行いました。各部位に適用した場合、一週間以内にほとんど全ての床ずれ部位での発赤が縮小しあるいは色素沈着へと改善され、本機器が床ずれの初期病変の発赤の解消に有効であることが確認できました。
 開発製品は、ベッドやマットレスの種類を選ばず使用でき、簡便な操作により、寝たきり患者の床ずれのケアができ、重症化を最小限にとどめことができるため、病院、介護施設、さらに一般家庭まで広く利用が期待されます。


本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景)  高齢社会が進行するなか「寝たきり老人」が増加し、床ずれが社会問題化しています。

 床ずれは年齢に関係なく、寝たきりの人や車いすが手放せない人、自分では体の向きや位置が変えられない人ならだれにでもできます。特に寝たきり高齢者に発生しやすく、わが国における院内発生の有病率は、25.7(1,000人対)と高い値を示しており、現代医学の重要課題の一つとなっています。
 医学的には褥瘡(じょくそう)、褥瘡性潰瘍(じょくそうせいかいよう)などと呼ばれ、皮膚のすべての層(軟部組織層)に酸素を運ぶために流れている血液流量の低下あるいは停止の状態が一定時間続くことによる、皮膚組織の阻血性障害を言います。一旦床ずれが発生すると非常に痛がって苦しみ、命にかかわることもあり、結果として入院期間を延長させ、医療費の増加を招くなど、患者やその家族にとっても大きな負担となります。
 また、医療報酬改定においても平成14年10月から実施された褥瘡対策未実施の減算がさらに見直され、平成18年度には褥瘡ハイリスク患者ケア加算が新設されました。また、入院中に発生した重度の床ずれの報告が義務付けられるなど行政も床ずれ予防に積極的に力を入れています。このような情況から今後床ずれ対策の重要性が非常に高くなってきています。
 床ずれには、予防を図ることが何よりも重要です。原因である圧迫やずれを取り除く方法や、栄養管理、清潔管理など、さらに積極的に血流を促進させる方法として入浴や足浴が知られていますが、労力やコストと効果の面において完全な方法は確立していません。中でも、日本の高齢者には、足部(踝(くるぶし)や踵(かかと)部)の床ずれが多く発生しておりますが、これについては現在の方法だけでは予防が困難と思われています。
 そこで、外部から非侵襲的に血流を促進させる方法として、振動に着目し、新方式の床ずれケア用具を開発しました。

(内容)  患部周囲に水平方向の低周波振動を与えることにより、患部の血流を促進させて阻血状態を解消します。

 本新技術は、振動を利用して初期段階の床ずれの解消を図る装置に関するものです。床ずれの初期段階では、皮膚の圧迫により血液の流れが滞り、阻血状態になっていますが、患部に適度な振動を与えることにより、皮膚の血液の流れを促進させ、血液と組織間の栄養分の吸収や老廃物の排出を促すことができて、床ずれの解消や進行を止めることができます。
 患部へ振動を加える用具としては、ベッドやマットレスの加工や取り付け具が必要なく、ベッドとマットレスの間に挟む様な使い方で、患部を圧迫しないようにベッドの面に対して水平方向の振動が発生できる可搬型の振動器を考案しました。
 健康な人を対象にした実験では、この振動器を下腿部最長径部位によく当たるような位置でベッドとマットレスの間に挟み振動させた場合、踵部の血流が促進されたことを確認しました。これは振動が下肢の筋肉あるいは皮膚を刺激したことで軸索反射注3あるいは血管内皮細胞へのシアストレス効果注4により血流が改善したものと考えられました。
 振動が身体に対して与える影響については、従来から悪影響をおよぼすものとして「レイノー現象」注5がよく知られていますが、本開発では、この傷害となる振動条件を避けて、血流改善に効果のある振動条件を明らかにしました。
 健康な成人の下腿部における実験により、連続振動、振幅変調、バーストなどの各種の振動波形から、頭部へ振動が伝達した場合でも患者に不快に感じない周波数の範囲で血流がもっとも改善できる振動条件を探しました。その結果、身体に優しい低周波の水平振動を加える事によって傷害を与えずに血流が改善できることを明らかにしました。最も効果的な振動条件は具体的には、水平方向の振動数47Hz、振幅変調の周期15秒でした。
 開発製品は、以上の実験結果に基づいて、最も効果的な振動が発生できる様に加振メカニズムの設計を行い、振動器本体内部に加振素子、電源を置き、別置きのコントローラで遠隔制御出来るように構成しました。また、本体の振動板は劣化疲労を極力抑える構造とし、その材質は耐候性と強度の優れたポリカーボネート樹脂しました(写真1)。また、JIS T0601-1"医用電気機器-安全に関する要求事項"に準拠して設計し安全性を確保しました。この規程では、漏洩電流などの規制が厳しく、部品間の沿面距離や漏れ磁束の減少化のためトランス等の電源部が大型化となり、本体ケース形状も大型化が避けられませんでしたが、工夫により写真1に示すコンパクトな製品が設計製作できました。さらに体重が異なっても振幅が維持できるフィ-ドバック制御回路も開発しました。

(効果)  床ずれに悩む患者や家族の労力負担が軽減されます。

 本開発品の効果については、石川県の305床、500床の2病院で、床ずれの初期段階であるStage I 褥瘡の発赤がみられる患者22名を対象に臨床試験を行いました。加振条件は振動数47Hz、変調周期15秒で15分間として、1日3回・1回15分間の加振を行い、皮膚の発赤の面積と色調を毎日観察して、Stage I 褥瘡かその他の皮膚障害であるかを鑑別しました。臨床試験はStage I 褥瘡が解消した段階で終了しましたが、解消しなかった場合は、最長7日間の加振を行いました。
 実験結果では、全てのStage I 褥瘡33部位の内28部位が、この加振効果により解消しました。褥瘡学会によるとStage I 褥瘡の治癒期間は、平均13.3日と報告されていますが、本製品を適用した場合は、Stage I 褥瘡の解消期間が、全体で4.4日、足部3.3日、体幹部4.9日であり、発赤の解消が著しく早いことが実証できました。
 写真2に示すように、特に足部(踝や踵部)のStage I 褥瘡の解消に大きな効果がみられたことは、日本の高齢患者に多い病変への対策として特記すべき効果であります。
 床ずれには、予防策を取ることが何より重要ですが、自分で体を動かすことができない人の場合、2時間ごとに体の姿勢を変化させる必要があります。家族や看護師にとっても体力的・精神的に大きな負担となります。
 本技術は、労力の面において負担が少なく、予防への適用が容易であるとの特徴があり、寝たきりの患者の床ずれ重症化を最小限にとどめることができるため、床ずれケア技術として、各部位の患部に適用でき、病院、介護施設、さらに一般家庭まで広く利用が期待されます。

用語解説
写真1 振動器
写真2 踝部のStage I 褥瘡の変化
開発を終了した課題の評価

<お問い合わせ先>

 マツダマイクロニクス株式会社
 第2開発部長 木下 眞(キノシタ マコト)
 〒277-0882 千葉県柏市柏の葉5-4-6
 TEL: 04(7133)7011 FAX: 04(7133)7031

 独立行政法人科学技術振興機構
 産学連携事業本部 開発部 開発推進課
 菊地 博道(キクチ ヒロミチ)、永田 健一(ナガタ ケンイチ)
 〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3
 TEL: 03-5214-8995 FAX: 03-5214-8999