科学技術振興機構報 第34号
平成16年3月12日
埼玉県川口市本町4−1−8
独立行政法人 科学技術振興機構
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URL:http://www.jst.go.jp/

ナノ組織制御により液体窒素温度で世界最高の臨界電流密度を達成

―高温超伝導体の電力・産業用途への応用に大きな進展―

 独立行政法人 科学技術振興機構(JST、理事長: 沖村憲樹)は、液体窒素温度(-196℃)下で、5テスラという強磁場にもかかわらず、高温超伝導体として20万アンペア/cm2の世界最高の臨界電流密度(注1)を実現することに成功した。これは、現在液体ヘリウム温度(-269℃)下で実用化されている金属系低温超伝導体の臨界電流密度に匹敵する値を安価な液体窒素中で実現したもので、高温超伝導体の潜在力を実証し、リニアモーターカー等電力・産業への応用を加速する重要な成果である。
 この高い臨界電流密度を達成した鍵は、ナノサイズの組織制御により効果的に導入された高温超伝導体薄膜中の結晶欠陥(注7)である。これにより、強い磁場の下では臨界電流密度が低下するという従来の高温超伝導体の弱点を克服することが可能となった。
 この成果は、同機構の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「ナノ組織制御による高臨界電流超伝導材料の開発」(研究代表者:松本 要 京都大学大学院工学研究科助教授)において、京都大学、名古屋大学、東京大学、山形大学、(財)電力中央研究所の研究チームによって得られたもので、3月17日〜3月19日に開催される「nano tech 2004国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」(東京ビッグサイト)のJST展示ブースにおいて発表される。
【本文】
 電気抵抗による熱損失なく電流を流すことができる超伝導材料は、エネルギー損失のない電線や大電流を用いた強磁場の発生など、電力分野や産業分野への幅広い応用が期待されている。
 これまでに実用化されている金属系超伝導体は、液体ヘリウムなどで極低温(−269℃)まで冷却しなければ超伝導状態とならず、「価格が高い」、「取り扱いが難しい」といった問題があった。一方、希土類系の高温超伝導体は、液体窒素温度(−196℃)で超伝導を示すことから、価格や取り扱いの面では制約が緩いが、電流を流した結果生じる磁場の影響で流すことのできる電流の量に限度があり、この点の克服が長年の重要課題となっていた。
 本研究では、薄膜技術とナノテクノロジーを駆使して、微細な結晶欠陥を高温超伝導体薄膜に多数導入することに成功した。これにより、高温超伝導体に対する磁場の影響を劇的に軽減し、液体窒素温度下で流れる電流の量を飛躍的に向上させることできた。今回の成果は、高温超伝導体の電力・産業への応用に大きく資するものと期待される。
 
【詳細説明】
<序文>
 通常の金属である銅やアルミに電流を流すと電気抵抗による熱損失が発生し、既存の電力ケーブルなどではこのエネルギーロスは無視できない大きさになる。また強磁場を発生させるために銅線でコイルを作製して大電流を通電すると、発熱のために銅線が溶けてしまうこともある。一方、超伝導体はある温度(臨界温度(注2)以下にまで冷却すると電気抵抗ゼロの超伝導状態になり、この状態で超伝導体に大電流を流しても熱損失は全く発生しない。このためエネルギー損失のない強磁場発生コイルシステムや電力ケーブル等が可能となる。

 すでに金属系超伝導体である二オブチタン(NbTi)やニオブ3スズ(NbSn)線材などが実用化され、強磁場を応用したリニアモーターカー、医療用磁気共鳴イメージング装置(MRI)、タンパク質等の分析用核磁気共鳴(NMR)システム、素粒子加速器、等々でその有効性が確かめられており、さらには将来のエネルギー源である核融合装置などではプラズマ閉じ込め用大型超伝導コイルとして不可欠な存在になっている。しかし超伝導を出現させるためには、金属系超伝導線材では高価な液体ヘリウムを利用して4.2K(-269℃)にまで冷却しなければならず大幅な普及には制約があった。

 これに対して、20世紀末に発見された高温超伝導体は、臨界温度が初めて液体窒素温度77K(-196℃)を越え、液体窒素中において超伝導を示す物質である。窒素は空気中に無尽蔵に存在し、液体ヘリウムに比べて1/20〜1/30と安価なことから冷却による制約が大幅に緩和されるため、エネルギーの高度利用のためにも高温超伝導体を電力・産業技術分野へ応用することが強く期待されるようになっている。
<研究背景>
 超伝導体を産業応用や電力応用に利用するためには、超伝導体を用いて強磁場発生コイルを作製する必要がある。しかしながら、現状の高温超伝導体は磁場に大変弱い(図1に、強磁場下での性質を示した)。これは超伝導体中に形成される磁束量子(注3)の振る舞い(注4)により、液体窒素温度下の磁場中で流せる電気抵抗ゼロの電流密度(臨界電流密度)が制限されてしまうためで、現在でもごく限られた範囲でしか実用化には至っていない。

 高温超伝導体の実用化には液体窒素温度下で、少なくとも液体ヘリウム温度で動作する金属系超伝導体クラスの磁場中臨界電流密度を実現することが不可欠である。そのためには図2に示すような磁束量子のピン止め(注5)が重要な鍵を握っており、磁束量子の挙動を理解してその動きを止めるための効果的なピン止め点を高温超伝導体中に多数導入することが長年の重要課題となっていた。

 本研究ではこれらの問題を解決するために、従来のY(イットリウム)系高温超伝導体(YBa2Cu3Ox)のY元素を希土類元素(注6)(R= Sm(サマリウム),Gd(ガドリニウム)など)で置き換えた希土類系高温超伝導体(RBa2Cu3Ox)を用い、線材などへの応用が可能な高温超伝導薄膜を開発してきた。希土類元素は高温超伝導体の臨界温度を2〜4K上昇させ、更に、バルク体では、液体窒素温度下の磁場中で、ピン止め効果の増大が確かめられていた。

 しかし、これまで作製された希土類系高温超伝導薄膜では臨界温度は上昇するものの、効果的なピン止め点となる結晶欠陥を膜中に多数導入することが難しく、期待する特性を得ることは出来ていなかった。このため薄膜作製プロセスにナノテクノロジーを適用し、膜中にデザインされたナノスケールの結晶欠陥を導入する新規な手法の開発が望まれていた。
<研究成果の内容>
 本研究では、希土類系高温超伝導体(RBa2Cu3Ox、 R=Sm、 Gd、 Er(エルビウム)など)を用いて単結晶上にc軸配向した高温超伝導薄膜を形成した。一般に高温超伝導体は層状構造を持つことから異方性が強く、層に垂直方向をc軸、平行方向をa軸またはb軸とした時、c軸に平行に磁場Bが与えられた時(B//c)に超伝導特性が最も弱くなる。そのため高温超伝導体を磁場中で利用する時は、この方向の臨界電流密度を向上させることが最も重要となる(図3)

 今回、特に結晶成長プロセスを利用したナノ組織制御技術を開発し、ピン止め点となる結晶欠陥を膜中に導入することを試みた。その結果として微細な結晶欠陥を薄膜中に分散させることができた。電子顕微鏡観察によれば、5nmサイズのピン止め点が20〜30 nmの間隔で分散していることが確認されている(図4)

 得られた薄膜の臨界電流密度を種々の条件下で測定したところ、図5に示すように、液体窒素温度、5テスラ(注8)の磁場中において20万アンペア/cm2という世界最高の臨界電流密度を得ることに成功した。これはイットリウム系超伝導体で得られていた磁場中臨界電流密度の3倍から20倍に達する値である。またこの値は液体ヘリウム温度、5テスラにおける実用二オブチタン超伝導線材の臨界電流密度(30万アンペア/cm2)に匹敵し、世界で初めて実用レベルの値が達成されたことになる。

 本成果は希土類系高温超伝導体の開発とナノテクノロジーによる磁束量子のピン止め点導入によるものである。本研究代表者らは、次元性を制御した結晶欠陥をナノテクノロジーを駆使して高温超伝導薄膜中に人工的に導入する技術を、開発中である。この技術を人工ピンニング(APC: Artificial Pinning Center)と呼んでいる。今回の成果はこの手法の一部によるもので、これ以外にも、すでに本研究代表者らは人工ピンニングの基礎研究の中から興味深い結果を得つつある。
<今後の展開>
 今回開発した手法はナノテクノロジーと薄膜技術によって高温超伝導体の臨界電流密度を飛躍的に向上させようというもので、現在、日米欧や中国、韓国で盛んに研究開発が進んでいるイットリウム系高温超伝導線材の作製プロセスにも十分適用可能なものである。今回の成果は2010年前後から活発化すると予想される高温超伝導体の電力・産業応用への展開に少なからず資するものと期待される。

 電気抵抗ゼロの高温超伝導体の応用は多岐に渡る。超伝導技術で生み出した強磁場を応用した機器としては、従来のリニアモーターカーや医療用・分析機器にとどまらず、電力エネルギー貯蔵装置、高効率モーターや環境保全の磁気分離システム、あるいは生命科学と磁場との関わりなど新たな展開が進んでいる。これ以外にも,エネルギー損失がなく環境にやさしい超伝導技術は21世紀型のエネルギーネットワーク社会構築において活躍するものと期待される。

 本研究は、ナノテクノロジーによって、将来、エネルギーや産業技術を支えるであろう高温超伝導体に飛躍的な特性向上をもたらすもので、この技術を通じて新しい21世紀型社会の構築に貢献するものである。
 
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: 「エネルギーの高度利用に向けたナノ構造材料・システムの創製」
(研究総括:藤嶋 昭 (財)神奈川科学技術アカデミー理事長、東京大学名誉教授)
研究期間: 平成14年度〜平成19年度
 
また研究テーマ,研究代表者,共同研究者は以下の通りである。
研究テーマ: 「ナノ組織制御による高臨界電流超伝導材料の開発」
研究代表者: 松本 要 京都大学大学院工学研究科助教授
共同研究者: 吉田 隆 名古屋大学大学院工学研究科助教授
堀井 滋 東京大学大学院工学研究科助手
向田昌志 山形大学工学部助教授
一瀬 中 (財)電力中央研究所主任研究員
【用語説明】
図1.超伝導体の磁場応用
図2.磁束量子のピン止め機構
図3.高温超伝導体の構造と電流-磁場方向
図4.ナノ組織制御による3次元APC(粒状ピン)の導入
図5.希土類とナノテクで世界最高の臨界電流密度達成
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 本件問い合わせ先
松本 要(まつもと かなめ)
京都大学大学院工学研究科 材料工学専攻 助教授
 〒606-8501 京都市左京区吉田本町
 TEL: 075-753-5440
 FAX: 075-753-5486  
甲田 彰(こうだ あきら)
独立行政法人科学技術振興機構 特別プロジェクト推進室
〒332-0012 川口市本町4−1−8
 TEL: 048-226-5623
 FAX: 048-226-5703
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