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科学技術振興機構報 第336号

平成18年9月7日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

光通信波長帯で夢の「光アイソレータ(光遮断機能)」を実現

(新たなファイバー用増幅器などの応用に期待)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、レーザー材料などに用いられている発光元素を添加した強誘電体を作製し、発光元素からの発光強度を発光の向きによって変化させることに成功しました。これは、光通信において必須となる光遮断機能(光アイソレーター注1の機能)を有する物質を世界に先駆けて実現したものです。
 光アイソレーターは、光情報通信システム中で最も重要な光デバイスの一つですが、従来の光アイソレーターは、多くの光学部品によって構成される必要があるなどの問題がありました。今回の結果は、その解決に繋がりうる画期的な成果と考えられます。
 本研究では、強誘電体注2に磁性を併せ持つ特殊な物質では、発光の進行方向によって発光強度が異なることに着目し、スピンをもつエルビウム注3を、強誘電体であるチタン酸バリウムに少量添加した単結晶を作製しました。この結晶に磁界中でレーザーを照射したところ、エルビウムから放出される光の強度は進行方向に依存して異なることを確認しました。この作製した材料を用いることで、光アイソレーターと光増幅器注4の機能を同時に有する光ファイバーが実現できます。エルビウムは、1550ナノメートルという光通信に最適な波長帯で発光する元素であり、実用に適した特性を有しています。
 今回の成果は、固体中の電気的性質と磁気的性質を最適に設計することで、新たな光学デバイスとしての特性を有する物質を創出したという、大きな意義を有するものです。
 この研究成果は、JST創造科学技術推進事業(ERATO)十倉スピン超構造プロジェクト(総括責任者:十倉好紀 東京大学教授)と東京大学大学院工学系研究科の共同研究によって得たもので、米国物理学会誌「Applied Physics Letters」に2006年9月11日(米国東部時間)に掲載される予定です。

<研究の背景>

 光には、相反性注5と呼ばれる性質があり、前向きに進む光と後ろ向きに進む光は、全く同じ振る舞いをします。このため、進行方向の異なる光を区別し、一方向に制限することは困難ですが、光情報通信システムにとっては、必須の技術となっています。
 このように光の進行方向を一方向に制限する光学デバイスは、光アイソレーターと呼ばれています。現在の光アイソレーターは、ファラデー効果と呼ばれる磁気光学効果を利用したものですが、ファラデー効果を用いた特殊な素子(ファラデー回転素子)に加え、レンズや複屈折結晶などを組み合わせた複雑なシステムが必要となります。
 光とは、電気と磁気の波(電磁波)により作られるため、周囲の電気的性質や磁気的性質によって影響を受けます。電気伝導度や誘電率といった物質の電気的特性によって、反射率や屈折率といった光に対する振る舞いが決定されますし、また、物質の磁気的特性によって、光が影響を受ける典型的な例として、上述のファラデー効果が挙げられます。今後、物質の電気的特性と磁気的特性を最適に設計することが出来れば、物質そのものに光アイソレーター機能やその他の光学的機能を与えることが可能になると期待されます。
 我々は強誘電性と強磁性を同時に併せ持つことが古くから知られているGaFeO3注6単結晶を用いて、光やX線に対する透過率が光の進行方向によって、異なる性質(非相反性)が存在することを実験的に検証してきました。しかし、このような磁石は極めて稀であることや、知られている物質の殆どがそのような性質を液体窒素温度(-195.8℃)以下の低温でしか発現せず、このことが、実用化への大きな妨げとなっていました。

<成果の内容>

 本研究では、強誘電性を有するチタン酸バリウムに不純物として磁性希土類元素であるエルビウムを添加することで強誘電性と磁性を併せ持つ物質を作成することに成功しました(図1)。また、この単結晶を作製することで、結晶の持つ特殊な光学効果(光学的電気磁気効果)について詳細に調べました。具体的には、印加磁界の向きや電気分極の向きを変化させた時に、結晶の発光強度がどのように変化するのかについて測定を行いました。

本研究で得られた結果を以下に示します。

(1)従来、希土類元素を含む強誘電性を持つチタン酸バリウムBaTiO3単結晶の作製は困難でしたが、ストロンチウムを少量添加し、さらに浮遊帯域移動法注7という結晶作成方法を用いることで、エルビウム添加チタン酸バリウム(Ba,Sr)TiO3:Er単結晶の育成に成功しました(図1)。
(2)結晶が室温において、純粋なBaTiO3に比べて遜色のない特性を有する強誘電体としての性質を持ち、かつエルビウムを添加したことによる磁気的性質(常磁性体)でもあることを確認しました(図2)。
(3)(Ba,Sr)TiO3:Erを波長980ナノメートルの半導体レーザーで励起すると、エルビウムの発光が1550ナノメートル付近の波長で観測されました。結晶に予め強い電界を印加し、電気分極の向きを結晶全体に渡って揃えてから、結晶に加える3000ガウスの磁界の向きを反転すると、室温で発光強度が最大で約0.5パーセント変化しました(図3)。この強度差は、本結晶を長さ1mのファイバーにすると50%の戻り光をカットできることに相当します。
(4)結晶に、逆向きの電界を印加して、電気分極の向きを反転して同様の測定を行うと、発光強度の差の符号が反転することが分かりました。このことから、発光強度の変化は、従来の磁気光学効果によるものではなく、強誘電性を持つ磁石のみが有する特殊な光学効果である光学的電気磁気効果に由来しているものだと結論付けられます(図4)。
(5)温度を変化させながら同様の測定を行うと、強誘電性の消失する摂氏130度では発光強度の差が見られず、温度を室温から下げたときに、電気分極の方向が変化するのに合わせて発光強度の差も変化したことから、光学的電気磁気効果の起源が結晶の強誘電性に密接に関わっていることを示しました。また、上述の光学効果が、常温付近の実用的な温度範囲で見られることも示しました。

このように、磁性をもつ希土類元素を添加した強誘電体が光の進行方向によって強度が異なるという性質(非相反性)を持ち、加える磁界の向きと予め印加する電界の向きを変化させることで、この発光強度の差を制御できると世界で初めて示されました。

<今後の展開>

 本研究によって、希土類元素を添加した強誘電体における希土類元素の発光が、進行方向によって強度が異なるという性質(非相反性)を持っていることが明らかになりました。今までは、透過光など一部でその効果が知られていましたが、電気分極特性をもつ結晶中では、磁性をもつ不純物元素からの発光は、非相反性をもつことを初めて実証しました。
 とくに、光増幅器ではエルビウム元素添加光ファイバーがしばしば用いられるため、エルビウム元素添加チタン酸バリウムを材料とした光ファイバーは、光増幅機能と非相反性を同時に持つ高機能光ファイバー素子として用いることができると期待されます。
 今後は、今回の成果を広く応用に繋げていくことも踏まえて、本研究によって得られた新規物質開拓の知見に基づき、より大きな非相反性を発現する極性磁性体の開発を目指します。また、バルク単結晶において得られた非相反性を効果的に増幅する光学系の開発を目指します。


<用語解説>
図1:本研究で作製したエルビウム添加チタン酸バリウムの単結晶
図2:作製した結晶の強誘電性と常磁性
図3:作製した結晶の発光スペクトルと裏表の発光強度差スペクトル
図4:強誘電性と磁性を併せ持つ特殊な磁石が示す非相反性
図5:サンプルに入射する光の向き(図中の黒矢印)によって透過光の強度が異なることの説明

<論文名>

"Magnetoelectric emission in a magnetic ferroelectric Er-doped (Ba,Sr)TiO3"
(磁性強誘電性エルビウム添加(Ba,Sr)TiO3における電気磁気発光)
doi :10.1063/1.2347700


<研究領域>

研究領域:創造科学技術推進事業「十倉スピン超構造プロジェクト」
(研究期間 平成13年10月~平成18年9月)

<お問い合わせ先>

金子 良夫(かねこ よしお)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 ERATO十倉スピン超構造プロジェクト技術参事
 産業技術総合研究所 つくば中央第四事業所内
 〒305-8562 茨城県つくば市中央第四事業所内
 TEL:029-861-2593  FAX:029-858-8344
 E-mail:

星 潤一(ほし じゅんいち)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室 調査役
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703
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