JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第332号(資料2)新規採択研究代表者・研究者及び研究課題 > 研究領域:「RNAと生体機能」
(資料2)

平成18年度 戦略的創造研究推進事業(CRESTタイプ、さきがけタイプ)
新規採択研究代表者・研究者及び研究課題(第2期)


【さきがけタイプ】
2 戦略目標 「医療応用等に資するRNA分子活用技術(RNAテクノロジー)の確立」
研究領域 「RNAと生体機能」
研究総括 野本 明男(東京大学大学院医学系研究科 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
井川 善也 九州大学大学院工学研究院 助教授 「純和製リボザイムDSL」を基盤としたRNA工学の開発 DSLは、世界的にも注目を集める高機能なRNA酵素(リボザイム)です。本研究ではこのDSLリボザイムをさらに発展させ、テクノロジーとして有用な機能性RNAへと進化させることに挑戦します。これまで非常に手間のかかっていたRNAの編集操作をワンステップで行ったり、微量物質を高感度でセンシングするリボザイムの創成を通し、日本生まれ・日本育ちの純和製RNAテクノロジーの創出を目指します。
伊藤 耕一 東京大学医科学研究所 助教授 終止コドンを介したmRNA動態制御機構の解明と応用 現存する生命は、終始コドンに様々な意味を付け加え多様な新機能性を獲得してきましたが、そのメカニズムは未解明です。終始コドンは、核酸であるtRNAではなく、ペプチド鎖解離因子と呼ばれるtRNA擬態タンパク質によって解読されます。本研究では、真核細胞におけるペプチド鎖解離因子の関わる多彩なRNA制御機能を解析し、RNAとタンパク質の世界をつなぐ生命原理の基盤を明らかにし、さらにその応用を目指します。
上野 義仁 岐阜大学工学部 助教授 パイ電子充填型人工核酸の創製と活用 パイ電子に富むベンゼン環の特性を活用した高機能化しRNA検出分子および遺伝子発現抑制分子の開発を行います。すなわち、ベンゼン-リン酸骨格からなる核酸類縁体が安定な二重鎖を形成することに着目し、これをステム部位に導入した高機能化したRNA検出用のモレキュラー・ビーコンおよびベンゼン-リン酸骨格をダングリングエンド部位に導入したヌクレアーゼ耐性の遺伝子発現抑制用のRNA分子を開発します。
影山 裕二 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 助手 ショウジョウバエをモデル系としたmRNA型non-coding RNAの解析 高等生物の細胞内には、これまでに予想をはるかに超える数の機能性RNAが存在することが知られるようになりました。その中でも特に高分子量のmRNA 型non-coding RNAと呼ばれる分子種は、これまでほとんど研究が進んでおらず、その生理機能の解明が急務です。本研究では、多彩な遺伝学的手法を用いることのできるショウジョウバエをモデル系として、mRNA型ncRNAの機能を明らかにします。
田原 浩昭 京都大学大学院医学研究科 科学技術振興助教授 線虫を用いたRNAi反応機構の遺伝生化学的解析 細胞に2本鎖RNAを導入した場合に相同配列を持つ遺伝子の発現制御が生じる反応であるRNAiは、遺伝子発現を制御する手段として有用です。線虫をモデル生物として進めてきたRNAi に関する遺伝学的研究を基盤とし、独自に開発した無細胞系反応系を活用してRNAi関連反応を解析します。特にRNAiにおける下流反応およびシグナルの増幅機構に着目した解析を行い、生物のRNAi反応を増強する条件を探索します。
泊 幸秀 マサチューセッツ州立大学医学部 博士研究員 RNAi複合体形成の生化学的解析 タンパク質をコードしない小さなRNA(small RNA)が、遺伝子発現の制御に大きな役割を演じていることが明らかになったのは、つい最近のことです。小さなRNAの中でも特に、small interfering RNAと micro RNA は、共に特異的なターゲット遺伝子の発現を抑制することで細胞機能の制御を行います。本研究は、この二つの経路がどのような機構で働いているのかを解明することを目的とします。
朝長 啓造 大阪大学微生物病研究所 助教授 リボウイルス創薬:ウイルスに学ぶRNA分子の可能性とその応用 ウイルスの目的は、自らの遺伝情報(ゲノム)である核酸を細胞内で効率よく保存していくことにあります。本研究は、RNAをゲノムにもつボルナウイルス(BDV)のユニークなゲノム保存のメカニズムを利用することにより、これまで困難であったRNA分子を細胞内で長期間、安定に発現させる技術の開発を目指します。BDVの特性を基にした新しい機能性RNA分子の発見など、RNA(リボ)ウイルスを用いた創薬が目標です。
中村 崇裕 名古屋大学遺伝子実験施設 博士研究員 PPR蛋白質ファミリーの解析とRNA調節酵素への応用 PPR(pentatrico-peptide repeat)タンパク質は植物で約500個の大きなファミリーを形成しており、それぞれが異なる配列に結合するRNA結合タンパク質として、RNAの切断、翻訳、編集などの様々なRNAプロセシングに関わっています。結合するRNA配列の決定には、PPRタンパク質を構成する複数個のPPRモチーフの組み合わせが重要な役割を果たします。本研究では、PPRタンパク質の機能解析を通して、任意のRNA配列に結合し、切断するRNA調整酵素を開発することで、新しいRNA分子活用技術の確立を目指します。
中村 貴史 オンコリスバイオファーマ株式会社 主任研究員 RNAゲノムを用いた悪性腫瘍の診断・治療法の開発 癌は日本における死亡原因で最も多い病気であり、特に現行の治療法に対して極めて高い抵抗性を示す難治性悪性腫瘍の早期診断法、および新規治療法の確立が望まれています。本研究では、RNAをゲノムとしてもつ弱毒化麻疹ウイルスの他に類ない特性を応用し、ウイルスに一本鎖抗体を提示させた革新的抗体ディスプレイライブラリーを確立します。その技術を用いて悪性腫瘍特異的抗体を同定し、新規診断薬、および治療薬の開発を目指します。
沼田 倫征 東京工業大学大学院生命理工学研究科 助手 RNAによる生命反応制御機構の構造的基盤の解明 RNA修飾装置と遺伝子発現を制御する機能性RNAに関して、X線結晶構造解析とそれに基づいた機能解析を展開し、RNAが主体となって引き起こす生体反応を明らかにします。また、tRNAへの硫黄導入機構を構造学的な観点から詳細に解明します。tRNA のチオ化修飾の異常は疾患の原因となることから、その反応機構の解明は、医学的な見地からも極めて重要です。これらの基盤情報を基に、医工学・産業分野への応用を図ります。
藤原 俊伸 神戸大学大学院自然科学研究科 助手 細胞周期とリボソーム生合成制御の連携システムの解明 リボソームの安定供給は細胞の維持や増殖、そして発生・分化に必須です。つまり、細胞内あるいは細胞外の環境に応答した積極的なリボソーム生合成制御システムが存在します。しかし、細胞状況を感知する「センサー」の実体は依然不明です。そこで、rRNA生合成制御の機能解明を足掛かりにし、センサー因子の同定、さらには細胞内の環境、すなわち細胞周期に応答した多細胞真核生物のリボソーム生合成システムの解明を目指します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:野本 明男(東京大学大学院医学系研究科 教授)

 ポストゲノム時代における生命科学研究において、RNA研究はプロテオームと並ぶ最重要課題として位置付けられています。まだまだ重要な未知のRNA機能が数多く存在すると思われ、その探索研究は生命現象を理解するために非常に重要です。またRNA研究の原点はRNAゲノムにあると考えられますので、この方面の研究も大いに活性化するべきと考えています。一方、既知の機能性RNAは、生命体における本来の機能の理解が未だ不十分ながら、既知機能のみを抽出して利用する方向に急速に進展し始め、非常に有望な医療応用等に資する技術となる可能性を示しています。本研究領域では、生命活動におけるRNAの新たな機能を探索する研究、および機能が明らかとなっているRNAを活用し医療応用等を含めたRNAテクノロジーに関する研究を対象としました。
 RNAを取り巻く研究に限定した本研究領域ですが、計116件と多数の応募があり、RNA研究に対する関心の高さが示されました。これらの研究提案を11名の領域アドバイザーとともに書類選考を行い、とくに内容の優れた研究提案24件を面接対象として選考しました。面接選考においては、申請者の研究の主体性、研究のねらい、研究計画の妥当性、将来性等を中心に審査しました。研究構想が本研究領域の趣旨に合っていること、高い独創性と新規性に富むことを重視したのは言うまでもありません。選考の結果、本年度の採択課題数は、11件となりました。長い歴史を持つRNA研究の新展開には、これまでの伝統的研究を大切に生かしつつ、新しい視点を大胆に取り込むことが必要です。我国発の新たな研究領域の開拓を目指す基礎研究および独創的な発想に基づく技術展開という視点からみて、面接選考の対象とならなかった研究提案の中にも、優れたものが多数ありました。
 来年度も、世界で急速に展開しているRNA研究領域において、将来を担う研究者の方々が、十分に練り上げた研究構想を持って挑戦してくれることを願っています。