JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第332号(資料2)新規採択研究代表者・研究者及び研究課題 > 研究領域:「生命システムの動作原理と基盤技術」
(資料2)

平成18年度 戦略的創造研究推進事業(CRESTタイプ、さきがけタイプ)
新規採択研究代表者・研究者及び研究課題(第2期)


【さきがけタイプ】
1 戦略目標 「生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出」
研究領域 「生命システムの動作原理と基盤技術」
研究総括 中西 重忠(財団法人大阪バイオサイエンス研究所 所長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
池谷 裕二 東京大学大学院薬学系研究科 講師 多ニューロン活動を可視化して脳回路システムに迫る 脳の理解には機能素子であるニューロンの大規模記録が必須です。本研究では、新しいカルシウムイメージング法を用いて、数百のニューロン活動を高空間分解能で一斉に可視化し、かつて例がないほどの大規模なスパイク列データを再構築します。大脳皮質や海馬の多シナプス経路に着目し、入力情報がどのように修飾されながら、あるいはどのように回路に可塑的な痕跡を残しながら伝播するかを探求し、回路作動原理の解明を目指します。
河崎 洋志 東京大学医学部附属病院 特任助教授 視覚情報の分解と統合の生体制御システム 眼球で検出された視覚情報が、脳神経回路でどのように処理されるかという問題は、基礎神経科学的および再生医学的視点から重要な問題です。視覚情報は色、形、運動、位置という異なる情報毎に分割処理されることが明らかにされてきましたが、次の問題点は、分割処理された視覚情報がどのように再統合されるかという点です。本研究では、神経回路の可視化および神経活動の選択的制御技術を用いて、この問題点へと迫ります。
木村 幸太郎 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所構造遺伝学研究センター 助手 脳・神経系における「情報の変換」の解明を目指して 近年になって、私たちの脳に対する様々な知識は飛躍的に蓄積されつつあります。しかし、脳という1つの情報処理装置が、時々刻々と変化する入力(刺激)に対して適切に出力を行うためのルールには不明な点がたくさん残されています。本研究では、線虫C.elegansという神経細胞がたった302個しかない動物の「脳」の情報処理の過程を調べる事によって、脳における情報処理の基本ルールを理解しようとしています。
高坂 智之 株式会社海洋バイオテクノロジー研究所微生物利用領域 研究員 モデル共生系における創発的機能発現メカニズムの解明 嫌気発酵細菌とメタン生成古細菌は、共生関係を構築する事により有機酸をメタンへ変換する事が可能になり、またストレス応答等でも異なった挙動を示すようになります。この共生系は、共生に伴う創発的機能発現の普遍的メカニズムを理解するためのモデルとして適していると考えられます。本研究では、この共生系の代謝ネットワークやシグナルネットワークの融合の動的メカニズムをマイクロアレイ解析等により解明します。
真田 佳門 東京大学大学院理学系研究科 助手 神経前駆細胞の非対称分裂に関与する分子装置の解析 哺乳類の大脳新皮質は記憶・認知といった脳高次機能を司り、新皮質の神経細胞は、胎生期に神経前駆細胞から生み出されます。本研究では、胎児マウス脳の神経前駆細胞への遺伝子導入、変異マウスの作製、さらに脳スライスを用いたイメージング等の技術を用い、「生体内でいかにして神経が生み出されるのか?」という疑問に迫ります。神経幹細胞・神経前駆細胞を用いた神経再生治療への礎となり得る成果が期待されます。
新矢 恭子 鳥取大学農学部 助教授 RNAポリメラーゼの安定性に関わる宿主因子の探索 毎年冬になると人社会で流行するインフルエンザウイルスは、長年にわたり鴨などの水禽類の体内で寄生生活を行ってきたウイルスを起源とします。インフルエンザウイルスの8本の遺伝子は、水禽類の体内では、あまり遺伝子変異が起こらず、比較的安定に保たれていますが、人で流行している人のインフルエンザウイルスの遺伝子配列には、多くの変異が観察される傾向があります。人のインフルエンザウイルスは、なぜ、遺伝子変異を起こしやすいのか、その謎を探ります。
末次 志郎 東京大学医科学研究所 助手 細胞膜形態決定の動作原理の解明 細胞は機能にあわせた特定の形態を持っているが、細胞の形態を決める基本原理は明らかではありません。細胞の最も外層を構成している細胞膜は、脂質二重膜により構成されています。脂質二重膜はそれ自体では形をとることができず、別のものによって支えられることで形態を保っています。本研究では、細胞の骨組みである細胞骨格と細胞膜をつなぐインターフェイスとなる分子群の同定、機能解析を行うことで、特定の細胞が特定の形態を形成するための分子基盤の解明を目指します。
杉田 誠 広島大学大学院医歯薬学総合研究科 助手 味覚により惹起される行動と情動の神経回路基盤 味を感じると、嗜好性・嫌悪性の行動的反射や、快・不快の情動が惹起されます。本研究では、甘味情報と苦味情報を伝導する脳内神経回路を生きた状態で可視化できるマウスを用い、甘味(快)および苦味(不快)情報を伝導する神経細胞の脳内ネットワーク様式を明らかにします。そして味覚刺激によって対照的な行動・情動がいかに惹起されるか、また学習によって情動がいかに変化するかを、細胞と分子の言葉で解き明かします。
田中 裕人 科学技術振興機構 研究員 分子モーターシステムの制御理論構築とその実験的検証 1分子計測技術の発展により、生体分子モーターは熱ノイズをうまく利用して"揺らぎ"ながら前方向に動いていくことがわかってきました。この分子モーターをシステムとして統合したものが筋肉であり、その機能は時空間的にダイナミックな制御をみごとに発現しています。本研究では、この分子モーターを情報処理素子とし、筋肉をシステムと捉え直し、生命システムのダイナミックな反応機構を実現するアルゴリズムの解明・創出を目指します。
田中 真樹 北海道大学大学院医学研究科 助教授 タイミングの予測に関与する脳ネットワークの検証 次に起こる出来事を予測することは、生活する上でなくてはならない能力です。これに必要となる時間情報の処理機構には、大脳皮質-基底核ループによるものと小脳が関与するものの二つがあると考えられています。本研究では、主に小脳が関与すると期待される、数百ミリ秒間隔の「リズム」の生成に関係した神経機構を調べます。神経活動や行動データをもとに、脳が採用しているタイミングの予測アルゴリズムを理解することを目指します。
中原 潔 東京大学大学院医学系研究科 講師 サルfMRIによる視知覚機構の脳ネットワーク解析 私たちの知覚や記憶といった脳の機能は、様々な脳領域を結ぶ神経活動のネットワークによって実現されています。このネットワークにおける脳領域間の相互作用を研究することは、脳機能の仕組みを知る上で特に重要であると考えられます。本研究は、ファンクショナルMRI、電極記録、および数学モデルによる解析を組み合わせて、視覚知覚におけるサルの脳活動ネットワークの相互作用、特に側頭葉と頭頂葉との相互作用を解明することを目指します。
細川 千絵 産業技術総合研究所セルエンジニアリング研究部門 研究員 レーザー誘起光集合制御による神経細胞内分子動態の時空間ダイナミクスの解明 神経は様々な機能分子の活動に応じて細胞ネットワークをダイナミックに変化させ、機能発現を行う生命システムです。本研究では、神経シナプスの局所領域に集光レーザービームの光集合を誘起し、単一シナプス動態を制御することにより、分子動態から細胞ネットワークに至る時空間ダイナミクスを解析します。これにより、生命システムにおける階層間相互作用を実験と理論・計算機科学の両面から明らかにし、神経情報処理モデルの構築を目指します。
堀川 一樹 東京大学大学院理学系研究科 助手 相互作用に支配される細胞集団の協調的振る舞い 私たちのからだ作りの過程ではたくさんの細胞が勝手に行動することはなく、相互に情報交換することで全体は協調的に振る舞います。面白いことに、こうした「集合体」はほとんどの場合リーダーを必要としません。ごく限られた隣との関係の積み重ねだけで、あたかも全体が一つの意志を持っているかのように振る舞うことができます。本研究では、特に細胞の集団振動と集団移動に注目し、その背景にあるメカニズムや意義の解明を目指します。
守屋 央朗 科学技術振興機構 研究員 真核細胞の in vivo ロバストネス解析 ロバストネスは生命現象に普遍的に見られるシステムとしての基本特性です。本研究では、出芽酵母を主要なモデル系として、独自に開発したgTOW法を用いて、細胞のロバストネス発揮の基本原理の解明、ならびに高性能な細胞周期コンピューターモデルの開発を目指します。さらに、細胞種など個別のシステムの持つ脆弱点を明らかにするための一般的な研究の枠組みを確立し、長期的には癌などの疾患の新たな治療手段の開発を目指します。
山本 希美子 東京大学大学院医学系研究科 講師 細胞の動的情報感知機構とナノバイオメカニクス 血管内面を覆う内皮細胞には血流に起因する剪断応力が作用しています。血流が増加すると血管径の増大や組織での毛細血管数の増加等のリモデリングが起こりますが、内皮細胞が血流刺激をどの様に感知し応答するのか、その分子機構は明らかではありません。本研究は、この問題を解明する為、血管で生じる力学現象をナノスケールで解析し、流体力学的に設計した装置を用いて定量的な剪断応力を作用させた血管細胞を最新の画像化技術を駆使して解析するものです。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:中西 重忠(財団法人大阪バイオサイエンス研究所 所長)

 地球上に生物が誕生した約40億年前から多種多様な生物が進化を遂げてきました。その中で、私達は、生物が種、属を超え、「生命システムの動作原理」を、したたかに保存していることを学んできました。
 本研究領域では、この「生命システムの動作原理」の解明を目指して、新しい視点に立った解析基盤技術を創出し、生体の多様な機能分子の相互作用と作用機序を統合的に解析して、動的な生体情報の発現における基本原理の理解を目指す研究を取り上げる事にしました。近年の飛躍的に解析が進んだ遺伝情報や機能分子の集合体の理解をもとに、細胞内、細胞間、個体レベルの情報ネットワークの機能発現の機構解明、さらには、生体情報の発現の数理モデル化や新しい解析技術の開発などの基盤技術の創成など、生命システムの統合的な理解をはかる上で重要な研究を対象とし、公募を致しました。
 本研究の推進は、わが国の生命科学研究に、新しい視点から取り組むもので、極めて緊急かつ重要な課題と認識しています。当然、産業面からも新しい基本原理や基盤技術を創薬開発やバイオエンジニアリングに繋げることが期待されています。
 本年度、本領域の公募に対し、個人型研究(さきがけ)では303件、チーム型研究(CREST)では159件、総数462件と予想を大きく超える研究者からの応募がありました。多くの研究者が本領域を次世代の重要な研究領域として注目している証であると考えています。
 応募課題は、いずれも、第一線で活躍されている優秀な研究者の提案で、生体をシステムとして捉え、その動作原理を解明しようとする意欲的な内容が多く、又、基盤技術においても独創性の高いものが、数多くありました。これらの研究提案を10名の領域アドバイザーの協力を得て、厳正に書類選考を行い、個人型研究(さきがけ)では、特に優れた研究提案29件に対して面接選考を行いました。最終的には、15件(内女性研究者3名)を採択致しました。審査に当たっては、応募課題の利害関係者の審査への関与や、他制度の助成金等との関係も留意し、公平・厳正に行いました。
 書類及び面接選考に際しては、研究の構想、計画性、課題への取り組みなどの観点のほか、国際的な視野やオリジナリティーを重視致しました。特に個人型研究(さきがけ)では、若手の研究者の育成を図る意味において、新分野を切り開く独創性とチャレンジ性を重視しました。 来年度も、本領域を開拓する多くの研究者の応募を期待します。