フッ素性溶媒は、水とも混ざり合わず、また一般的な有機溶媒とも混ざり合わない独自の性質を持っており、この性質を活かして、反応や分離・精製、触媒の固定化など様々な用途が開発されてきましたが、溶媒である以上、溶かす物質に対して大量に使わなければならない宿命がありました。このフッ素性溶媒をナノサイズのカプセルの中に閉じ込めてしまえば、カプセル内では究極的に少量のフッ素化合物で大きな効果を生み出せます。
本研究の特徴は、球状殻構造(カプセル)化合物の構築に、生体構造の形成に見られる「自己組織化注2」という優れた仕組みを化学的に利用したことです。すなわち、構成成分として用いた有機分子と金属イオンは、安定な状態を求めて結合と解離を繰り返します。その結果として、やがてカプセルが自然に組み上がる(自己組織化する)ように成分同士の相互作用があらかじめうまく設計されています。さらに、カプセルの内側にはフッ素性溶媒となるフッ素化合物を直接結合させることで、内部にナノサイズのフッ素性溶媒環境を作り出すことに成功しました。この有機合成の手法により、大きさや構造にばらつきが全くない、原子単位で構造を制御した液滴内包カプセル(生卵分子)を構築することができました。この生卵分子を通常の有機溶媒に溶かし、ここにフッ素化合物を入れてかき混ぜると、それぞれの生卵分子の内部に数分子のフッ素化合物が溶け込み、中心部で生卵の「黄身」に相当するコアが形成されます。
今回開発したフッ素性の「ナノ溶媒」は、精密設計を必要とする医農薬の分野で、特殊な反応溶媒や工業触媒への利用などが期待され、既に民間との共同研究も進行しています。
本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「医療に向けた自己組織化等の分子配列制御による機能性材料・システムの創製」(研究総括:茅幸二)における研究テーマ「自己組織化分子システムの創出と生体機能の化学翻訳」において、東京大学大学院工学系研究科教授藤田誠(研究代表者)らによって得られたものであります。米国科学誌「サイエンス」に、2006年9月1日(米国東部時間)に掲載されます。
【研究の背景】
お互いに混ざり合わない水と油、すなわち水相と有機相以外に、第三の相として全フッ素置換炭化水素化合物が作り出すフルオラス相(フッ素性液相)が知られています。このフルオラス相は、水相とも有機相とも混じり合わないという独特の性質を持ち、反応や分離・精製、触媒の固定化など多くの応用例があります。フルオラス相をナノメートルサイズのカプセルの中に閉じこめ、水相や有機相の中でフルオラス相独特の性質を使おうとする試みとして、従来よりミセルや樹木状高分子を用いる方法がありましたが、カプセルの構造や大きさを制御することが難しく、サイズや性質がばらつく、構造的に弱い、合成が煩雑である等、さまざまな問題がありました。また、特定の機能の発現を狙って自在に設計することも困難でした。
【研究の経緯】
生体内では、複数のタンパク質が自己組織化することで、ナノメートルサイズの構造体を形成しています。東京大学の藤田らは、その基本原理のみを活用して、合理的に設計した有機分子と金属イオンの組み合わせでさまざまな高次構造を自己組織化構築してきました。最近では、この手法を応用して、様々な大きさや形状のカプセル状化合物が自在に作れるようになりました。これらのカプセル状化合物の内部には、生体系と同様のナノサイズのポケットが存在します。そこで本研究では、内面にフッ素置換炭化水素鎖(フルオラス鎖)を結合し、カプセルの内部をフルオラス鎖で満たしました。このフルオラス鎖はカプセル内で大きな自由度を持ち液体のように振る舞います。このような手法によって、堅いカプセルの殻の中に、液体のように柔らかいフッ素性の溶媒を閉じこめることに成功しました。このカプセルの基本構造は有機合成の手法によって精密に作っており、5ナノメートル径の大きさを持ちながら、原子単位で構造が厳密に決まっており、自在に構造を設計することができます。
【研究の内容】








【掲載論文名】
"Fluorous Nanodroplets Structurally Confined in an Organopalladium Sphere"
(球状有機パラジウム錯体の内部で精密に構築した、フッ素性ナノ液滴)
doi :10.1126/science.1129830
【研究領域】
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) | |
研究領域: | 「医療に向けた自己組織化等の分子配列制御による機能性材料・システムの創製」(研究総括:茅 幸二) |
研究課題名: | 自己組織化分子システムの創出と生体機能の化学翻訳 |
研究代表者: | 藤田 誠 (東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 教授) |
研究実施場所: | 東京大学工学部5号館 |
研究実施期間: | 平成14年度~平成19年度 |
【お問い合わせ先】
藤田 誠 (フジタ マコト)
東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻
〒113-8565 東京都文京区本郷7-3-1
TEL: 03-5841-7259 FAX: 03-5841-7257
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