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科学技術振興機構報 第320号

平成18年8月11日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

皮膚細胞から万能幹細胞の誘導に成功

 JST(理事長 沖村憲樹)は、卵子や受精卵を用いることなく、マウス皮膚細胞から胚性幹(ES)細胞に類似した万能幹細胞(多能性幹細胞)を誘導することに成功しました。
 本研究チームは、ES細胞に含まれる4つの因子を組み合わせてマウスの成体や胎児に由来する線維芽細胞に導入することにより、ES細胞と同様に高い増殖能と様々な細胞へと分化できる万能性(分化多能性)をもつ万能幹細胞を樹立することに成功しました。同チームはこの細胞を誘導多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell, iPS 細胞)と命名しました。
 ヒトES細胞は再生医学における資源として期待されていますが、倫理的観点から慎重な運用が求められています。今回の成果により、ヒト皮膚細胞からもiPS細胞が樹立できるようになれば、倫理的問題を克服することができ、脊髄損傷、若年型糖尿病など多くの疾患に対する細胞移植療法につながることが期待されます。また患者自身の体細胞からiPS細胞を誘導すると、移植後の免疫拒絶反応も克服できると期待されます。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域(研究総括:山西弘一(独立行政法人医薬基盤研究所 理事長))の研究テーマ「真に臨床応用できる多能性幹細胞の樹立」の研究代表者・山中伸弥(京都大学再生医科学研究所 教授)と高橋和利(同 特任助手)らによって得られたもので、米国科学雑誌「Cell」オンライン版に2006年8月10日(米国東部時間)に公開されます。

<研究の背景>

 受精後まもないヒト胚注1から樹立される胚性幹(ES)細胞注2は、万能性(分化多能性)注3を維持したまま長期培養が可能であり、細胞移植療法の資源として期待されています。さらに核移植注4技術と組み合わせることにより拒絶反応の無い患者専用のES細胞を樹立できる可能性があります(図1)。しかし、ヒト胚利用に対する倫理的観点からの反対意見も根強く、慎重な運用が求められています。ヒト胚を用いることなく、分化細胞注5からES細胞に類似した万能幹細胞(多能性幹細胞)を直接に樹立することができたなら、倫理的問題や移植後の拒絶反応を回避することができます。 そのためには、分化細胞を初期化注6する因子の同定が重要です。ES細胞と体細胞を融合させると分化細胞ゲノムが初期化されることから、ES細胞に初期化因子が存在していることは明らかです。しかしその同定には誰も成功していませんでした。

<本研究の成果>

 本研究チームは、ES細胞に含まれる初期化因子は、ES細胞の万能性や高い増殖能を維持する因子と同一であるという仮説のもと、初期化因子の候補として24因子を選定しました。それぞれの因子が体細胞を初期化できるかを検討しましたが、単独因子では不可能でした。しかし24因子の中の特定の4因子を組み合わせると、マウスの成体皮膚や胎児に由来する線維芽細胞注7から、万能幹細胞が誘導されました。同チームは、この細胞を誘導多能性幹(iPS)細胞と命名しました。iPS細胞はES細胞に類似した形態、増殖能、および遺伝子発現を示します。またマウス皮下に移植すると様々な分化細胞や組織から形成される奇形腫が形成されること(図2)、および、マウス初期胚に移植するとその後の胎児発生に寄与することから、iPS細胞は万能性を有していることがわかりました。

<今後の展開>

 今回の成果により、比較的少数の因子により、マウス体細胞をiPS細胞に誘導することが可能であることがわかりました。今回の成果を発展させることで、将来、ヒト体細胞からのiPS細胞誘導につながることが期待できます。そうなれば、脊髄損傷や心不全などの患者体細胞から、iPS 細胞を誘導し、さらに神経細胞や心筋細胞を分化させることにより、倫理的問題や拒絶反応のない細胞移植療法の実現が期待されます。またこれらの細胞は、疾患の原因の解明や、新治療薬の開発に大きく寄与するものです。


<用語説明>
図1 体細胞から万能幹細胞(多能性幹細胞)を誘導する方法
図2 iPS細胞の万能性(分化多能性)

<論文名>

“Induction of Pluripotent Stem Cells from Mouse Embryonic and Adult Fibroblast Cultures by Defined Factors”
(マウス胎児および成体線維芽細胞培養から特定因子による多能性幹細胞の誘導)
doi :10.1016/j.cell.2006.07.024


<研究領域等>

 この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「免疫難病・感染症等の先進医療技術」
(研究総括:山西 弘一 独立行政法人医薬基盤研究所 理事長)
研究課題名:「真に臨床応用できる多能性幹細胞の樹立」
研究代表者:山中 伸弥 京都大学再生医科学研究所 教授
研究期間:平成15年~平成20年

<お問い合わせ先>

山中 伸弥(やまなか しんや)
  京都大学 再生医科学研究所 再生誘導研究分野
  〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町53
  TEL: 075-751-3839, FAX: 075-381-4632
  E-mail:

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
  独立行政法人科学技術振興機構
  戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
  〒332-0012 埼玉県川口市本町4丁目1番8号
  TEL: 048-226-5635, FAX: 048-226-1164
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