科学技術振興機構報 第32号
平成16年 2月27日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
電話(048)226-5606(総務部広報室)
URL:http://www.jst.go.jp/

薬物腎排泄に関わる蛋白質の発見

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村 憲樹)は、戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけタイプ)の研究領域「情報と細胞機能」(研究総括:関谷 剛男)における研究テーマ「有機アニオントランスポーター遺伝子群の機能解明と制がん剤デリバリーへの応用(研究者:阿部 高明)」において、腎臓からの薬物排泄に重要な役割を担う遺伝子OATP-Rを発見した。
 OATP-Rの発見により、新たな腎不全治療と腎機能低下が認められる患者並びに薬剤性腎障害を発症した患者の薬物輸送蛋白質発現プロフィールを検討することにより、個々の患者に最適な薬剤選択や投与法を確定するオーダーメイド治療につながる可能性があると考えられる。

 本研究成果は、「米国科学アカデミー紀要 PNAS」(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)での発表に先行して、平成16年3月2日の週(日本時間)にオンライン版にて公開される。
【論文内容および今後期待できる成果】
<米国科学アカデミー紀要掲載に至るまでの背景>
 腎不全と腎透析を受ける患者の数は年々増加の一途を辿っており毎年3万人以上が新たに透析導入されている。また高齢者は腎機能の低下によって薬物の体内蓄積が起こり、投与された薬物の予期せぬ反応や副作用が現れる。特に高血圧、糖尿病、膠原病など多剤併用療法を受けている患者では薬剤に起因する腎障害と蓄積性が急増しており、腎不全などの重篤な合併症を起こすことが多く早急な対策が望まれる。薬物の体内動態(吸収・分布・消失)には肝臓と腎臓が大きく関与しているが、中でも水溶性の薬物や水溶性に化学変化を受けた薬物は腎臓から尿中に排泄される。しかしながら薬剤蓄積性に関わる腎臓側の因子や増悪因子が解明されていなかったため、薬剤選択や投与計画を立てるうえで適切な対応策がないのが現状であった。さらに透析では除去できない尿毒症物質※1の体内への蓄積が問題となっており新たな尿毒症物質の排泄システムの構築が急がれている。
 阿部研究者は新たな抗癌剤開発の過程で、腎臓の薬物排泄において重要な役割を担う遺伝子「OATP-R」(図1)を発見するに至った。
<今回の論文概要>
 今回、発見された遺伝子OATP-Rは腎臓だけに発現しており、そのOATP-Rが作る蛋白質は血液から腎臓に薬物を送り込む輸送蛋白質※2であり、心不全や不整脈の治療に用いられる薬物であるジゴキシンの輸送蛋白質でもあることが明らかになった。
 ジゴキシンは腎臓から主に排泄され、治療量と中毒量が極めて近く、また腎不全時にはその血中濃度のコントロールが容易でない。今日まで腎臓からのジゴキシンの排泄経路は、主に尿管側の多剤耐性遺伝子(MDR1)※3がつかさどるものと考えられていたが、その前段階としてOATP-Rが血液から腎臓へのジゴキシンの取り込みと血中濃度のコントロールに重要な働きを持つことが明らかとなった。(図2)
 また腎不全モデルラットにおいても、多剤耐性遺伝子の発現に変化がないにもかかわらず、OATP-Rの発現は著しく低下することからも、OATP-Rが尿毒症物質や薬物の腎排泄を規定する重要な遺伝子であることが明らかとなった。(図3図4
<今後期待できる成果(まとめ)>
 OATP-Rの発見により腎機能低下が認められる患者並びに薬剤性腎障害を発症した患者の薬物輸送蛋白質の発現プロフィールを検討して、個々の患者に最適な薬剤選択や投与法を確定するオーダーメイド医療※4が可能になると考えられる。また、尿毒症物質を排除する新たな血液浄化システムの開発と、腎臓移行性※5を目標とした創薬のターゲットとしても有用であると期待される。
【論文名】
「Title:Isolation and characterization of a novel digoxin transporter and its rat homologue expressed in the kidney」
  (和訳: ヒト腎臓に特異的に発現している薬物輸送体の単離)
doi :10.1073/pnas.0304987101
【研究領域等】
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「情報と細胞機能」研究領域 (研究総括:関谷 剛男)
研究課題名: 有機アニオントランスポーター遺伝子群の機能解明と制がん剤デリバリーへの応用
研 究 者: 阿部 高明(東北大学 医学部付属病院 腎高血圧内分泌科講師)
研究実施場所: 東北大学 医学部付属病院 腎高血圧内分泌科
研究実施期間: 平成13年12月~平成16年11月
【問い合わせ先】
阿部 高明 (アベ タカアキ)
東北大学 医学部付属病院 腎高血圧内分泌科 講師
独立行政法人科学技術振興機構(JST) さきがけ研究者
〒980-8574 仙台市青葉区星陵町1-1
TEL: 022-717-7163, FAX: 022-717-7168
瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL:048-226-5641,FAX:048-226-2144
【用語説明】
【補足資料説明】 図1 遺伝子OATP-Rの構造
図2 腎臓の模式図
図3 腎不全モデルラットでのOATP-R発現量解析
図4 腎不全モデルラット(5/6腎摘出モデル)でのMDR1発現量解析
■ 戻る ■


This page updated on November 9, 2015

Copyright©2004 Japan Science and Technology Agency.