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科学技術振興機構報312号

平成18年7月14日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

固体中の電子の結晶化によって起こる特異な伝導現象を発見
(ミクロな世界の電子相関を検出)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、電子が一軸方向だけに動ける"量子細線"注1を平行に並べた構造を用い、電子のウィグナー結晶化(強いクーロン相互作用注2で結ばれた結晶格子状態)を裏付ける特異な伝導現象を発見しました。
 クーロン相互作用が非常に強い場合、電子が結晶(ウィグナー結晶)を組むことは以前から予測されていましたが、固体中でこれを検証することは最も困難な実験のひとつとされてきました。本研究では、平行に並べた2本の量子細線の間における電気的振る舞いが、電子が自由に動ける場合と、ウィグナー結晶を形成した場合に異なる事を利用して、結晶形成の有無を検出することに成功しました。さらに、絶対温度100mK(0.1K)以下の低温中の電子系で、電圧や磁場の制御によってウィグナー結晶を自在に形成、解消できることを確認しました。
 今回の実験の鍵は、ウィグナー結晶ができると電気伝導の向きが反転するという点です。自由電子の場合、一方の細線の電子を右へ流すと、他方の細線の電子は"同じ向き"に引っ張られます。しかし、この他方の細線がウィグナー結晶状態にあるときには電子は"逆向き"に引っ張られます。
 本成果は、電子間に非常に強い相互作用を有する系の物理とそれによって支配される電気的性質を捉えたもので、これによって、このような系についての理解が進展するものと期待されます。また、将来実現が期待されている単電子素子や量子計算機の基礎を確立するために重要なものです。
 さらに、本研究で見られた電気伝導の向きが反転する現象は、非常に微細な整流素子や、従来の半導体素子に比べ非常に高速なデバイスに発展することが期待されます。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業、総括実施型研究ICORPタイプ「量子スピン情報プロジェクト」 (研究総括:樽茶清悟 東京大学大学院工学系研究科 教授)、戦略的創造研究推進事業、総括実施型研究SORST「キャリア相関を利用した量子コヒーレンス」(研究総括:平山祥郎 NTT物性科学基礎研究所 量子電子物性研究部長 (現 東北大学大学院理学研究科 教授))、東京大学、およびNTT基礎研究所との共同研究によって達成されたものであり、米国科学雑誌「Science(サイエンス)」に平成18年7月14日(米国東部時間)に掲載されます。

研究の経緯及び背景

 電子系において、クーロン相互作用の強い極限で電子が結晶化することは、1934年にウィグナーによって理論的に提唱され、ウィグナー結晶として古くから知られていました。1979年に液体ヘリウム表面の二次元電子がウィグナー結晶を組むことが発見され、その後、固体中での検証実験が活発に行われてきましたが、ウィグナー結晶のミクロな性質(電子が格子状に束縛されている様子)が直接捉えられることはありませんでした。
 電子がウィグナー結晶を組むためには、電子間相互作用のエネルギーが運動エネルギーや温度、ゆらぎに対して充分に大きくなることが必要です。ところが、固体中の電子は通常、たくさんの自由に動ける電子(自由電子)に囲まれているため、電子間の相互作用が自由電子の動きによって遮られてしまいます(静電遮蔽)。このため、固体中でのウィグナー結晶の実現は、それ自体困難であるばかりか、例え実現できたとしても検証することが難しい課題として長い間多くの研究者の挑戦を跳ね返してきました。本研究では、電子間の相互作用が強く働く量子細線(=一次元電子系)を用い、「ウィグナー結晶中の電子は外部の電界に対してミクロに配置を変えることができない」という最も基本的且つ重要な性質(図1)に着目して、電気抵抗の大きさではなく、電気伝導の向きの違いという明らかな特徴を捉えることによって結晶状態の検出に成功しました。

実験および成果の内容

 我々は、半導体中に電子密度を電気的に制御できる量子細線を並べた構造を用意しました。図2のように、一方の細線(A)にもう一方の細線(B)が、極めて近接して、平行に並んでいます。
 ウィグナー結晶が形成されていない場合(図3左側)、互いの細線間の電子は、クーロン反発力を介して運動量を交換し、運動量の保存則のため、細線Aの電子の運動と同じ方向に細線Bの電子が引きずられることになります。

 一方、細線B中のみにウィグナー結晶が形成されていて、細線Aは電子密度が低く、電子が個別の粒子として振舞うという場合を考えてみます(図3右側)。
 細線Aに左側から電子を注入すると、細線B側にある電子は、細線Aの電子との静電的な相互作用によって電子配置を変えようとします。量子細線Bの外側にある電極の電子は自由に動き、図3右側と同様にクーロン反発力を介して電子密度の低い領域(相対的に正に帯電した領域=相関ホール)を作り出します。ところが、細線A中の電子が細線B(ウィグナー結晶)の入り口近くに達した瞬間に、この単純な描像が破れます。ウィグナー結晶中の電子は、ミクロに配置を変えて応答することができないため、細線内部には相関ホールを作り出すことができず入り口に留まります。よって、ウィグナー結晶全体が集団として電極側に残った相関ホールに引き寄せられ、電極側(左側)へと移動します(図3)。この結果、細線Aの電子の運動方向と、細線Bの電子の運動方向は逆になります。

 上の二つの結果を比べると、ウィグナー結晶の形成の有無によって、細線Bの電子の伝導方向が逆向きになることがわかります。一般的に、二つの細線間の電子が同じ方向に伝導する場合を正のドラッグ、逆向きに伝導する場合を負のドラッグと呼びます。本研究で、我々はガリウム・ヒ素という半導体中に、電子密度をゲート電圧Vgによって制御できるような量子細線を並べ、上記のようなドラッグ効果を詳細に調べました。その結果、低温、高垂直磁場、低電子密度の場合に限って負のドラッグが観測されました。これは、ドラッグ測定によるウィグナー結晶の検出に成功した重要な結果です。図4には、典型的な負のドラッグの観測例を示しておきました。
 低温、高垂直磁場、低電子密度といった条件は、ウィグナー結晶が形成されるためには重要です。ウィグナー結晶が形成されるためには、運動エネルギーに対してクーロン相互作用のエネルギーが大きい必要があり、上記の3つの条件は、いずれも運動エネルギーを下げ、実効的なクーロン相互作用を増大させる効果があります。この負のクーロンドラッグの観測により、温度、磁場、電子密度を変調可能なパラメータとしてウィグナー結晶の形成条件を決定し、ウィグナー結晶を自在に形成したり解消したりすることに成功しました。

今後の展開

 今回の成果は、今まで検出が困難だったウィグナー結晶の検出方法を提示し、実際に固体中でのウィグナー結晶の実現、実証および制御に成功したというものです。この成果を元に、電子間に非常に強い相互作用を有する系についての理解が進展するものと期待されます。今後は量子細線(一次元電子系)だけではなく、二次元電子系でのウィグナー結晶の検出も期待されます。一次元電子系と同様に強い電子相関によって、二次元電子系では金属-絶縁体転移といった様々な特異な物性が発現します。本成果を二次元電子系適用することで、これらの物性についての有用な知見が得られることが期待されます。
 ウィグナー結晶のような強い相互作用を有する電子の特徴は、外部から与えられたわずかな変化に引きずられて、数多くの電子に影響が及ぶというものです。実際、本実験でも、一方の細線中の電子によって与えられた電荷の偏りは1電子の100分の1以下に過ぎませんが、これによって数ミクロンも先にある電子まで引きずられ、まとめて動くことが観測されています。このような特徴はこれまでのデバイスの概念からは考えられなかったものであり、微細な電荷の変化を検出するセンサーや、電荷の情報を遠くに転送するような新たな電子デバイス等の創出につながるものと期待されます。
 また、本研究は、電子間の相互作用の強い系と相互作用の弱い系との接続面で起こる現象を実験的に示した最初の研究としても位置づけられます。将来実現が期待されている単電子デバイスや量子計算機では、電子相関の強い系と弱い系との接続が必要であり、その接合部分で起こる伝導現象を研究することはデバイス開発に向けて重要です。本成果はこれらの基礎を確立するために重要なものです。
 本研究の直接的な応用として、クーロンドラッグの向きの制御を用いた非常に微細な整流素子や、従来の電界効果トランジスタに取って代わるような新しい高速デバイスが期待されます。実際、ごく最近、結合量子細線の構造を調整することによって、一方の細線の電流方向に関わらず、もう一方の細線の電流方向が常に同じになるという整流的な効果を観測することにも成功しています。現行の半導体素子に用いられている電界効果トランジスタでは、動作するためにはゲート電極に一定量の電荷を蓄積する必要があり、これが高速化の限界をあたえています。しかしながら、本研究に基づくデバイスはわずかな電荷の偏りによって、素子中の電気的特性を制御できるため、より高速で動作する論理素子を実現することが期待されます。


<用語解説> 図1 図2 図3 図4

<掲載論文名>

 "Negative Coulomb Drag in a One-Dimensional Wire"
 (一次元ワイヤーにおける負のクーロンドラッグ)
doi :10.1126/science.1126601

<研究領域等>

 研究領域:戦略的創造科学推進事業 総括実施型研究(ICORPタイプ)
 「量子スピン情報プロジェクト」(研究期間 平成17年3月〜平成22年3月)

<お問い合わせ先>

東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻
教授 樽茶 清悟
TEL:03-5841-6835 FAX:03-5841-8733

独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
調査役 黒木 敏高
TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703