科学技術振興機構報 第31号
平成16年2月18日
埼玉県川口市本町4−1−8
独立行政法人 科学技術振興機構
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ネコ免疫不全ウイルスの宿主特異性決定機構の解明

―エイズウイルスの起源と進化を探る―

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村憲樹)は、戦略的創造研究推進 事業「生体と制御」研究領域(研究総括:竹田美文 実践女子大学生活科学部 教授)における研究テーマ「ウイルスとの共生:生まれながらにしてもつ自然抵抗性機構の解明(研究者:宮沢孝幸)」において、ネコ免疫不全ウイルス(FIV)がリンパ球に付着するきっかけとなる主受容体を初めて同定した。またこの発見をもとにFIVがなぜヒトのAIDSと同じ症状をネコに引き起こすのかを解明するとともに、HIV関連ウイルスの進化仮説を提唱した。HIV関連ウイルスの感染機構の解明が進めば、将来ヒトに感染する可能性が高い動物由来ウイルスの予測が可能となる。
 本成果はFIVに対する主受容体がCD134という分子であることを初めて明らかにしたものである。CD134は、免疫の司令塔(CD4陽性細胞)が病原体を排除するために活性化・増殖する際に発現する分子で、FIVは免疫から逃れるためにCD4陽性細胞そのものに感染、それを破壊することが分かった。
 本研究の成果は、2004年2月20日付け米国科学雑誌「Science」に論文が掲載される。
【成果の概要】
研究の背景と経緯:
 人類が感染したことのない病原体が、動物から人に感染しそれが広まると、時に甚大な被害を及ぼす。新たな感染症(新興感染症)による悲劇は、人類の歴史の中で幾度か繰り返されている。現在大きな社会問題になっているAIDSは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染により起こるが、これは猿がもともと持っていたウイルスが、100年ほど前に人に感染し人に広まったというのが通説である。ところで、HIVに類似したウイルス(HIV関連ウイルス注1)は、猿以外にも、さまざまな動物(猫、ライオン、ピューマ、馬、牛、羊、山羊など)にも発見されている。そのウイルスはどこから来たのだろうか?また、今後、人に感染する可能性はないのだろうか?この疑問を明らかにするためには、HIV関連ウイルスがどのように動物に感染するのかを知る必要がある。そこで我々は動物がもっているHIV関連ウイルスの中で、人のAIDSに酷似した病気を引き起こすネコ免疫不全ウイルス(FIV)に着目した。
 通常、HIVの感染には、細胞側の2つの分子を必要とする。ウイルスが細胞に付着するときに必要な分子と、付着後に細胞に侵入するときに必要な分子である。前者は主受容体、後者は副受容体と呼ばれる(図1)。HIVはCD4注2(主受容体)という分子と結合し、免疫で司令塔的な役割を果たすCD4陽性リンパ球を破壊し、AIDSを引き起こす。FIVもCD4陽性リンパ球を破壊するが、CD4分子と結合しないことは我々の以前の研究で明らかになっていた。そこで今回我々はFIVに対する主受容体の同定を新たに試みた。

今回の論文の概要:
no1 FIVに結合する分子はCD134注3と呼ばれる膜タンパクであることが判明した。CD134を強制的に発現させることによりFIVに感染しなかった細胞が感染するようになった。このことからFIVの主受容体はCD134であることが明らかとなった。免疫の司令塔ともいえるCD4陽性リンパ球は、ウイルスを排除するためにウイルスが体内に侵入すると活性化し増殖する。CD134はその活性化に伴ってCD4陽性リンパ球上に発現する分子であった。FIVは免疫から逃れるために、ウイルスを排除しようと増殖したCD4陽性リンパ球そのものに感染し、それを破壊するのである(図2)。
no2 FIVは、主受容体としてネコのCD134と結合できたが、ヒトのCD134とは結合できなかった注4。一方FIVは、副受容体としてCXCR4注5という分子を利用するが、FIVはネコ以外にもヒトのCXCR4を利用できた。
no3 FIVには主受容体を介さず副受容体のみを介して感染する変異体が、わずかに存在した。
 これらの事実からHIV関連ウイルスの起源と進化について以下のA.B.2つの可能性が考えられた(図3)。
 A.HIV関連ウイルスの共通の祖先ウイルスがかつて存在し、副受容体のみを介して様々な動物に感染した。
 B.ある動物の体内で生じた主受容体を必要としない変異体が、副受容体を介して遠縁の哺乳動物に感染した。
 A.B.のいずれの場合も、感染後、CD4陽性リンパ球を標的とするため主受容体(ネコではCD134、霊長類ではCD4)を選択した。この仮説が正しければ、主受容体が異なる動物由来HIV関連ウイルスが、将来、副受容体を介してヒトに新たに感染する可能性も考えられる。

今後期待できる成果:
no1 他の動物由来HIV関連ウイルスの感染機構が解明されれば、将来ヒトに感染する可能性が高い動物由来ウイルスが予測可能となり、予防策を講ずることができる。
no2 受容体と結合するウイルス側のエンベロープ蛋白(外被蛋白)はHIVとFIVとで大きく異なる。しかしどちらも活性化CD4陽性リンパ球に感染するので、FIVはヒトのAIDSの感染モデル、ワクチンモデル、病態モデルとして非常に有用であると考えられる。
no3 共通の副受容体を使用するHIVとFIVのエンベロープ蛋白の構造解析を行うことで、HIVが細胞に感染する分子機構をより詳細に明らかにすることができる。

注釈
注1 ここでいう「HIV関連ウイルス」とは、分類学上、レトロウイルス属レンチウイルス科に分類されるウイルスを指す。
注2 CDとはcluster of differentiationの略で、白血球(リンパ球を含む)上に発現する分子に番号がつけられている。
注3 CD134はOX40とも呼ばれる。
注4 これとは逆に、HIVはヒトのCD4と結合できるが、ネコのCD4とは結合できない。
注5 CXCR4はケモカイン受容体の一つである。ケモカインとは細胞遊走活性を示す一群の生理的活性因子である。ケモカインにはおもに好中球を遊走するCXC型ケモカインとおもに単球を遊走するCC型ケモカインが知られている。
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【論文名】
「Science」: Use of CD134 As a Primary Receptor by the Feline Immunodeficiency Virus
(ネコ免疫不全ウイルスのプライマリーレセプターはCD134である)
doi :10.1126/science.1092124
筆頭共著者: 下島昌幸(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻)

【研究領域等】
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「生体と制御」研究領域 (研究総括:竹田 美文)
 研究課題名 :ウイルスとの共生:生まれながらにしてもつ自然抵抗性機構の解明
 研 究 者  :宮沢 孝幸 (帯広畜産大学畜産学部獣医学科獣医公衆衛生学教室)
 研究実施期間:平成14年1月〜平成16年11月

【問い合わせ先】
宮沢 孝幸 (ミヤザワ タカユキ)
 帯広畜産大学畜産学部獣医学科獣医公衆衛生学教室
  〒080-8555 北海道帯広市稲田町西2線11
  TEL: 0155-49-5392, FAX: 0155-49-5394
瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
 独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
 研究推進部研究第二課
  Tel 048-226-5641、Fax 048-226-2144
図1:HIVとその感染メカニズム(模式図)
図2: FIVの標的細胞
図3:HIV関連ウイルス(レンチウイルス)の進化(仮説)

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