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科学技術振興機構報 第295号

平成18年5月25日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話03(5214)8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

磁場による電気分極の反転に初めて成功

 JST(理事長 沖村憲樹)は、磁場によって強誘電体の電気分極が反転する現象を世界で初めて観測しました。
 本研究ではコバルトとクロムの複合酸化物であるCoCr2O4注1の中で、原子一つ一つの持つ小さな磁石(スピン)が特殊な並び方をすることに注目しました。そこでまず、長さ数センチ程度の大きな単結晶を作成し、その結晶の性質を調べたところ、この物質は強磁性注2という磁気的性質と、強誘電性注3という電気的性質を併せ持つマルチフェロイク物質であることがわかりました。さらに本研究では、この物質に外部から磁場をかけることで、表面の電荷を制御できることも明らかにしました。このように磁場で向きを制御した表面電荷は、磁場を切った後も効果が残るという性質を持ちます。
 FeRAM注4(強誘電体メモリ)などの半導体記憶素子のように、従来の記録の書き換えは電気信号によってのみ行われています。今回の成果は、磁場によってもこの記録の書き換えが可能であることを初めて示したもので、新しい記録デバイスの創成につながるものと期待されます。また、逆に、電場によって磁石の強さを制御することにより、低消費電力の制御素子や新しい高速大容量記録素子などの実現が期待されます。さらにスピン偏極した電子スピンの注入に用いることで、量子情報デバイスなどへの展開も期待されます。
 この研究成果は、JST創造科学技術推進事業(ERATO)十倉スピン超構造プロジェクト(総括責任者:十倉好紀 東京大学教授)と、東京大学 工学系研究科との共同研究によって得たものです。米国物理学会の学術誌「Physical Review Letters」本誌およびオンライン版に2006年5月26日(米国東部時間)に掲載されます。

<背景>

 磁石(強磁性体)のN極とS極の方向は、外部から強い磁場を働かせることで変化させることができます。これは、ハードディスクや磁気カードに代表される記録材料として広く応用されています。一方、強誘電体と呼ばれる物質では、内部にあるプラスマイナスのイオンがずれることによって、外から電場を加えなくてもある表面に自発的に正の電荷(電気)が生じ、反対の表面に負の電荷が生じます(電気分極)。この正負の符号は、外部から強い電場を与えることで反転させることができます。この性質も記録材料に応用することが可能です。
 強磁性と強誘電性を同時に併せ持つ物質は、マルチフェロイク物質(多重強的秩序物質)と呼ばれており、電場によって磁石の強さを変化させたり、磁場によって電気分極を変化させたりすることが可能と考えられています。

 強磁性と強誘電性のそれぞれの性質を独立にもつ物質は多く知られていますが、マルチフェロイク物質はこれまでわずかしか発見されていませんでした。また、磁場による電気分極の変化といった効果も大変弱く、これまで技術的・工業的に応用された例はありません。

<成果の内容>

 本研究では、コバルトとクロムの複合酸化物の一種であるCoCr2O4図1)の中で、コバルト原子とクロムイオンのもつ小さな磁石(スピン)が特殊なパターンで並ぶことに注目し、磁石としての性質と表面電荷が同時に現れるような新しいマルチフェロイク物質の開発を目指しました。CoCr2O4はおよそ摂氏マイナス180度以下で磁石としての性質を持つようになりますが、マイナス248度以下ではクロムの持つ磁石(スピン)のパターンがさらに変化して、円錐状に回転するようになります(図3)。このようなスピンの配列のもとでは、この物質のN極とS極を結ぶ方向と垂直方向にプラスマイナスの電荷が発生するのではないかと予想しました。
 本研究で得られた結果を以下に示します。

(1) これまで CoCr2O4は従来の物質合成法では1ミリを超えるようなサイズの単結晶の作成は困難でしたが、本研究では、浮遊帯域移動法(FZ法)によって、長さ数センチの大きな結晶の合成に成功しました(図1)。
(2) 作成したCoCr2O4の磁気的・電気的な性質を測定したところ、マイナス248度でのスピンの配列パターンの変化に伴って、N極S極と垂直な方向に表面電荷が発生することを発見しました。
(3)  さらに、マイナス248度以下で表面電荷を発生させたのちに、外部磁場によって物質のN極S極を反転させたところ、表面電荷の符号も反転することを発見しました(図4)。この表面電荷の反転現象はおよそ市販のシールタイプ磁気肩こり治療器と同程度の100ミリテスラ(1000ガウス)の磁場で実現しています。このような磁場の方向に応じたN極S極の反転に伴って表面電荷までも反転してしまうという現象は、従来観察されたことはなくCoCr2O4で初めて観察された現象です。また、この表面電荷は外部磁場を切っても残るという記録効果を併せ持ちます。
CoCr2O4の電気分極は常に磁化の方向とは垂直な方向に出現しています。この結果は、外部磁場によって電気分極を制御できるだけでなく、外部電場によって、磁化(N極S極という磁石の性質)を制御出来ることも示唆しています。

本研究により、マルチフェロイクの物質開発の方向性が示されました。今後の課題として、室温以上で大きな磁気応答を示すマルチフェロイク物質の開発や、まだ観察されていない外部電場による磁化の反転現象の実現が挙げられます。

<今後の展開>(図5

 FeRAMのような従来の半導体記憶素子においては、記録の書き換えは電気信号によってのみ行われています。今回の成果は、磁場によってもこの記録の書き換えが可能であることを初めて示したものであることから、新しい記録デバイスの創成につながるものと期待されます。例えば、磁場は非接触的に働くため、体内に埋め込む医療用デバイスへの応用などが期待できます。
 また、従来電気を磁気に変換するためにはコイルを用いますが、ジュール熱によるエネルギーの損失が避けられません。しかしながら、マルチフェロイク物質では、電場によって磁石の強さを変化させることも可能であることから、電気エネルギーをほとんどそのまま磁気的な制御に用いることも期待されます。これによって、低消費電力の制御素子、高速動作の新しい記録素子などの実現が期待されます。さらにスピン偏極した電子スピンの注入に用いることで、量子情報デバイスなどへの展開も期待されます。

<用語の説明>
図1図1:FZ法にて作成したCoCr2O4の単結晶
図2:CoCr2O4の結晶構造
図3:コニカル磁性体の磁気構造。
図4 : 磁場反転に伴う電気分極の反転と、磁化と電気分極のドメイン壁
図5:強磁性体および強誘電体とマルチフェロイク物質の比較

<論文名>

"Magnetic Reversal of the Ferroelectric Polarization in a Multiferroic Spinel Oxide"(スピネル型酸化物における磁場による分極の反転)
doi :10.1103/PhysRevLett.96.207204

<研究領域>

研究領域:創造科学技術推進事業「十倉スピン超構造プロジェクト」
(研究期間 平成13年10月~平成18年9月)

<お問い合わせ先>

金子 良夫(かねこ よしお)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 ERATO十倉スピン超構造プロジェクト技術参事
 産業技術総合研究所 つくば中央第四事業所内
 〒305-8562 つくば市中央第四事業所内
 TEL:029-861-2593 FAX:029-858-8344
 E-mail:

星 潤一(ほし じゅんいち)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室 調査役
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703
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