科学技術振興機構報 第29号
平成16年2月6日
埼玉県川口市本町4−1−8
独立行政法人 科学技術振興機構
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試験管内で植物 RNA ウイルスゲノムの複製に成功

 独立行政法人科学技術振興機構(理事長 沖村憲樹)の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「タバコモザイクウイルスの増殖機構」(研究代表者:石川雅之 北海道大学大学院農学研究科 助教授)の研究過程で、これまで困難であった植物 RNA ウイルスゲノムの試験管内複製に、タバコ培養細胞由来の抽出液を用いて成功した。本成果は、植物 RNA ウイルスのみならず、類似の性質をもつC 型肝炎ウイルスや新型肺炎SARS ウイルスを含む多くの病原性RNAウイルスの複製機構の解明やそれらの増殖を阻止する方法開発に道を拓く可能性がある。さらに、本実験系は膜タンパク質など有用タンパク質の試験管内大量合成技術への発展も期待される。本内容は2004年2月9日週の米国科学アカデミー紀要PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)オンライン版に掲載される。

 C 型肝炎ウイルス、新型肺炎SARS ウイルスを含む多くの病原性ウイルスや大多数の植物ウイルスは、ウイルス粒子内にメッセンジャー RNA としても機能する1本鎖 RNA ゲノムをもち、プラス鎖 RNA ウイルスと総称される。これらのウイルスは細胞内膜上に複製複合体を形成することなど、複製機構に関して多くの共通点をもつことが知られている。ウイルスの増殖を人為的にコントロールするためには、これらのウイルスの複製機構を知ることが重要である。ウイルスの複製機構については、精力的な研究が多くの研究者によって行われてきているものの、今なお不明な点が多い。その一因は、ウイルスの複製が試験管内では扱いづらい生体内膜上で起こることにある。
 今回、石川グループは、ウイルスに感染していないタバコ培養細胞由来の抽出液(無細胞タンパク質合成液(1))を用いて、いくつかの植物プラス鎖 RNA ウイルスのゲノムを試験管内で複製させることに成功した。
 元来植物細胞は、核酸やタンパク質を分解する酵素を多量に含む液胞という細胞内小器官をもつため、細胞をそのまま破砕して得た抽出液中ではウイルス RNA はたちまち分解されてしまう。そこで、液胞の密度が小さい(軽い)ことを利用して、密度勾配中で大きな重力場をかけ、細胞壁を酵素処理で除いたタバコ培養細胞を、液胞を含む軽い小胞と細胞質と核を含む重い小胞に引きちぎり分離した。後者(脱液胞化プロトプラスト)を破砕して得た生体膜を含む抽出液は高い翻訳活性を有していた。これを用いて、タバコモザイクウイルス RNA を翻訳すると、複製に必須なウイルスタンパク質が合成され、さらにここに RNA 合成基質を加えると相補鎖 RNA を介してウイルス RNA ゲノムの複製が起こった。複製パターンは、感染細胞で観察されるものと酷似しており、生体内の複製過程が試験管内で再現できたと考えられる。また同様の手順で複数の植物ウイルス RNA を試験管内で複製させることができた。このような実験系の確立は植物ウイルスでは世界で初めてであり、ウイルスの複製研究の流れ自体を変える画期的なものである。本実験系によりタバコモザイクウイルスの複製機構の詳細が明らかになれば、類似の複製機構をもつ動物病原性ウイルスによる疾患の予防法や治療法への応用にもつながるものと期待される。
 また近年のポストゲノム時代においては、タンパク質の構造や機能を解析する上で、目的とするタンパク質を大量に調製する必要がある。特に無細胞タンパク質合成液は試験管内で迅速にタンパク質を合成できるものとして期待されている。本実験系は、従来困難であった膜タンパク質の生合成など生体膜に関与する現象を広く試験管内で解析する手段となる可能性も秘めている。現在、本研究内容については、ライセンシングを行い実用化に向けた研究を進めているところである。
 ウイルスの増殖を人為的にコントロールするには、ウイルスがどのような機構で複製するのかを知らねばならない。今回の成果は、タバコモザイクウイルスの複製機構解明の有効な手段となるであろう。さらに、その知見は広くヒト感染症の原因ウイルスをも含むプラス鎖 RNA ウイルスの増殖機構、そしてそれらの増殖を阻止する方法開発の礎にもなるとともに、ポストゲノム世代の研究の基盤となる有用タンパク質の大量合成の道を拓くものと期待される。

<用語解説>
(1)無細胞タンパク質合成液
 現在、コムギ胚芽、ウサギ網状赤血球、あるいは大腸菌由来の無細胞タンパク質合成液が市販され、タンパク質の構造と機能の研究に広く用いられている。これらの無細胞タンパク質合成液は生体膜を含まず、そのままでは膜の関与する過程の解析はできない。唯一イヌの膵臓由来のミクロソーム膜とウサギ網状赤血球抽出液を組み合わせて膜タンパク質の合成が可能である。胚芽以外の植物組織あるいは細胞に由来するタンパク質合成系は他に例を見ない。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:植物の機能と制御<研究総括:鈴木昭憲、秋田県立大学 学長>
研究期間:平成14年〜平成19年
<図>脱液胞化プロトプラスト細胞質抽出液を用いたウイルスRNA翻訳・複製系

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<本件問い合わせ先>
 石川 雅之(いしかわ まさゆき)
  北海道大学大学院農学研究科
   〒060-8589 札幌市北区北9条西9丁目
   Tel:011-706-3887 Fax:011-706-4932
   
 森本 茂雄(もりもと しげお)
  独立行政法人科学技術振興機構 研究推進部 研究第一課
  〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
  Tel:048-226-5635 Fax:048-226-1164
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