JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第282号 > 用語の説明

【用語の説明】

(注1) リン酸化酵素:
リン酸を特定のたんぱく質に付加する機能(触媒作用)をもった酵素のこと。リン酸が付加されたたんぱく質の多くは、その機能が変化します。このことから、たんぱく質のリン酸化は、細胞内の多くのたんぱく質の機能調節に関わっていると考えられています。
(注2) SADキナーゼ:
SADキナーゼは、線虫からヒトまで種を超えてほぼ同じ構成部分を持つ、リン酸化酵素となるたんぱく質です。SADキナーゼを発現する遺伝子は、最初に線虫において同定されました。線虫でこの遺伝子が無くなると軸索の成長に異常が起きます。また最近、マウスの遺伝子も同定され、その遺伝子を欠損させると軸索と樹状突起の形成がおかしくなり、正常な神経細胞同士のネットワークが形成されないことが明らかとなりました。
(注3) 神経伝達物質:
シナプスにおいて神経活動を介在する物質です。神経細胞内のシナプス小胞に含まれています。主なものに、アセチルコリン、グルタミン酸、グリシンなどがあります。
(注4) シナプス小胞:
前シナプスに存在する直径40ナノメートルほどの球形の構造体です。内部には神経伝達物質(後述)を含んでいて、シナプス小胞が前シナプスの膜と融合したあと、シナプス小胞から神経伝達物質が放出されます。
(注5) アクティブ・ゾーン:
神経回路網のつなぎ目である前シナプスに存在する特殊な構造体です。アクチンやスペクトリンといった細胞内の骨組みを作るたんぱく質が多数集まり電子密度が高いために、電子顕微鏡で観察すると周囲に比べて黒っぽく観察されます。シナプスにおける情報伝達の場所とタイミングを決める重要な構造体と考えられています。
(注6) RIM1:
アクティブ・ゾーンに豊富に存在するたんぱく質で、アメリカのSudhof博士らによって1997年に発見されました。現在、いくつか見つかっているアクティブ・ゾーンたんぱく質の中で、最も解析が進んでいるたんぱく質です。RIM1の遺伝子を破壊したマウスの研究から、RIM1が学習や記憶の形成、また恐怖などの情動の発現において重要な働きをしていることが明らかになっています。
(注7) 変異体:
変異とは遺伝情報に永久的な変化が生じることを言います。分子のレベルではDNAの塩基配列が変化し、その結果としてたんぱく質を構成するアミノ酸に変化が生じます。本研究においては、SADキナーゼを発現するDNA配列の一部に人工的に変異を入れて、あるアミノ酸を別のアミノ酸に変化をさせました。正常なSADキナーゼはリン酸化酵素としての働きを持っていますが、"変異"を入れたSADキナーゼの変異体はその働きを失っています。
(注8) 情動形成:
情動とは、怒り、悲しみ、喜びなど喜怒哀楽など表情に表れる心的変化で、精神機能の中で極めて重要なものの一つです。生後、動物が成長していく過程で内的・外的要因の影響を受けながら形成されていくと考えられます。人間にとって本質的な機能である情動について、それがどのような分子メカニズムで起きるのか、その発現の過程は良くわかっておりません。一方で、モルヒネ、コカイン、エタノールなどの薬物は喜怒哀楽の情動に影響を及ぼすことから、これらの物質が作用する細胞内外の情報伝達経路が重要な働きをしているのではないかと考えられています。また、海馬や扁桃体と呼ばれる脳内の領域が情動の発現に大きく関わっているとされています。
(注9) 発達障害:
一般的に、乳児期から幼児期にかけて様々な原因が影響し、発達の遅れや機能獲得の困難さが生じる心身の障害を指す概念です。精神発達遅滞や自閉症などが含まれます。これらの発症メカニズムについては良くわかっていませんが、関与が考えられる遺伝子については、その遺伝子を破壊したマウスなどのモデル動物を用いて分子レベルでの解析が進められています。
(注10) 情動障害:
情動の形成や発現に異常が見られる疾患などを指します。代表的なものに、注意欠陥・多動性障害(ADHD)などがあります。