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科学技術振興機構報 第281号

平成18年4月20日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話03(5214)8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

細胞内の自己分解が神経変性疾患を防ぐ

(オートファジーによる神経細胞の浄化機構を解明)

 JST(理事長:沖村憲樹)は、オートファジー(自食作用)注1による細胞内の自己分解が神経細胞内における異常タンパク質の蓄積を抑えるのに重要であることを発見しました。
 オートファジーは細胞内の大規模なタンパク質分解機構であり、代表的役割として栄養が不足した時に細胞が自身の一部を分解することで栄養素を自給自足することが知られています。
 今回、研究チームは、神経細胞でオートファジーが単に栄養素供給としてだけではなく、細胞内の絶え間ない新陳代謝に関係し、細胞内環境の品質維持にも機能していることを示しました。神経組織でのみ特異的にオートファジーの能力を欠如するマウスを作製して、解析を行ったところ、このマウスは正常に生まれるものの、徐々に神経細胞内に異常タンパク質が蓄積し、神経細胞の一部に異常を観察しました。これに加え、生後4週目頃からは進行性の運動障害も観察されました。これらの研究結果は、オートファジーが神経細胞内の掃除屋としての機能を果たしていることを示していることから、極めて重要であり、この機能によって神経細胞の異常(変性)を防止していることをはじめて動物実験で示したものです。
 アルツハイマー病やパーキンソン病などに共通する特徴のひとつが細胞内の異常タンパク質の蓄積であることを考えると、今回の成果はこれらの神経変性疾患の発症のメカニズムや治療戦略に新たな視点を与えるものであると考えられます。
 この成果は戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「タイムシグナルと制御」研究領域(研究総括:永井克孝)における研究テーマ「哺乳動物におけるオートファジーの役割とその制御機構」の研究者水島昇((財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所プロジェクトリーダー)らによるもので、英国科学雑誌Natureオンライン版に2006年4月19日(英国時間)に公開されます。

【背景】

 細胞を健全な状態に維持するにはその構成タンパク質を適切に合成するだけではなく、それらを適切に分解し、常に新しいタンパク質に置き換えることが重要です。細胞内には、分解すべきタンパク質を個別に認識して分解する機構(ユビキチン・プロテアソーム系注2など)と、むしろ非選択的に大規模に分解する機構があります。後者の代表が「オートファジー(自食作用)」と呼ばれるものです。オートファジーの仕組みは図1に示すように、巧妙な膜構造の動態を利用しています。まず、細胞質の一部がオートファゴソームという袋状の小器官に取り囲まれ、そこにリソソーム注3が融合することによって、リソソーム内の多種類の分解酵素によって内容物が分解されます。オートファジーは約50年前に発見された細胞内の現象ですが、最近まで、その生理的役割については全く不明でした。現在、最も注目されている生命現象の一つです。

【研究の経緯】

 水島は、2004年にオートファジーがいつ、どこで、どのくらい起こっているかを簡便にモニターできる「GFP-LC3マウス」を開発しました。この遺伝子を改変した成体マウスを用いて、食事量とオートファジーの関係を解析した結果、絶食させると全身でオートファジーが活発になることを見出しました(Molecular Biology of the Cell、15巻1101-11頁、2004年)。さらに出生直後のマウス新生児においてもオートファジーが活発になることを発見しました。これは胎盤からの栄養が突然遮断されたことによる飢餓に対する応答であると考えられます。実際にオートファゴソーム形成に必要なAtg5(エイティージー5)遺伝子を全身で欠損したマウスは、ほぼ正常に生まれますが、生後1日以内に深刻な栄養不良状態に陥り、やがて死に至ることを示しました(Nature 432巻、1032-1036頁、2004年)。これらの研究は、生物にとって、炭水化物や脂肪の蓄えを利用するだけでなく、自身のタンパク質をオートファジーで分解し栄養素としてのアミノ酸を産生する機構も、栄養飢餓を乗り越えるのに極めて重要であることを示しています。
 一方で、オートファジーは低いレベルではありますが、栄養が豊富な時でも常時起きていることをGFP-LC3マウスの解析から明らかにしました。今回、この「基底レベル」のオートファジーにどのような役割があるかを、特に神経組織に焦点をあてて解析しました。

【今回の論文の概要】

 基底レベルを示すオートファジーの意義を調べるため、全身でオートファジーが起こらないAtg5ノックアウトマウス新生児を用いて、傷害を受けた異常タンパク質(ユビキチン化されたタンパク質)の蓄積を調べました(図2参照)。その結果、神経細胞と肝細胞で著しい異常タンパク質の蓄積が観察されました。従って、オートファジーによる細胞内の一部を分解する浄化作用は神経細胞と肝細胞で特に重要であると考えられます。
 全身性のAtg5ノックアウトマウスは生後1日以内に死亡してしまうため、次に神経系でのみオートファジーが起こらないマウス(神経特異的Atg5ノックアウトマウス)を作製し、解析しました。このマウスは生後も生育しますが、生後1ヶ月という早い時期から歩行障害や異常反射などの運動障害を呈するようになりました。組織観察からは、一部の小脳プルキンエ細胞注4や大脳皮質の錐体細胞注5の脱落、多くの領域での神経軸索が腫れるなどの異常が観察されました。さらにユビキチン化されたタンパク質の蓄積を調べたところ、脳のほぼすべての領域で細胞全体に徐々に蓄積し、さらに一部ではそれら異常タンパク質が凝集していることが明らかとなりました。 これらのことより、オートファジーによる分解は、日常的な(原則として非選択的な注6)細胞内全体のタンパク質の新陳代謝を担っており、これが阻害されると細胞内に異常タンパク質が蓄積し、さらには凝集塊の形成が引き起こされると考えられます(図2)。従来このような細胞内の品質管理はユビキチン・プロテアソーム系によって行われると考えられてきましたが、オートファジーによる協調的作用も重要であることが、今回明らかになりました。

【今後期待できる成果】

 アルツハイマー病やパーキンソン病、ハンチントン病注7などでは細胞内に異常タンパク質が蓄積することが病因のひとつと考えられていますが、オートファジーはこのような病気の予防にも非常に重要であると予想されます。今回の成果はこれらの神経変性疾患の発症のメカニズムに重要な情報をもたらすものであり、今後オートファジーの制御機構の解明などを通じてこれらの神経変性疾患の新しい治療ターゲットを提供できる可能性があることを示しています。
 さらに、細胞内新陳代謝は細胞の老化とも関連するため、オートファジー研究は抗加齢医学とも関連をもつものと考えられます。

【用語解説】
図1.オートファジーとユビキチン・プロテアソーム系の模式図
図2.今回の研究成果

【論文名】

Suppression of basal autophagy in neural cells causes neurodegenerative disease in mice
(神経細胞でオートファジーを抑制したマウスは神経変性疾患をおこす)
doi :10.1038/nature04724

【研究領域等】

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「タイムシグナルと制御」研究領域 (研究総括:永井克孝)
研究課題名: 哺乳動物におけるオートファジーの役割とその制御機構
研究者: 水島 昇((財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所 プロジェクトリーダー、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科細胞生理学分野 特任教授)
研究実施場所: 東京都臨床医学総合研究所
研究実施期間: 平成14年11月から平成18年3月

【研究者プロフィール(水島昇)】

1991年東京医科歯科大学医学部医学科卒業
1996年東京医科歯科大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)
1996年日本学術振興会特別研究員
1998年岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所 非常勤研究員
1999年科学技術振興事業団さきがけ21「素過程と連携」研究領域専任研究員
2002年岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所 助手
2004年(財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所 プロジェクトリーダー
2006年4月〜東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科細胞生理学分野 特任教授(兼任)

【お問い合わせ先】

水島 昇 (ミズシマ ノボル)
(財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所プロジェクトリーダー
〒113-8613 東京都文京区本駒込3-18-22
TEL: 03-3823-2105 内線5400 FAX: 03-3823-2182
E-mail:

白木澤 佳子 (シロキザワ ヨシコ)
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戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
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